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……何て言うか、目の前で繰り広げられている戦いを前にして、呆然としてしまう。
なんで、三十人にも満たない人数での戦いなのに地形がボコボコ変わるような光景が広がるの?
もうね、馬鹿じゃないのとしか言いようがない。火薬制限のない昭和の特撮かよって感じだ。
いやー、改めて神器と英雄のヤバさを思いしった気持ちですわ。
一対一なら割りと勝てるつもりでいたけれど、こと集団戦においては勝てるかどうかわかりませんな、これは。
「うう……御主人様と私があの中に居たなら、殆どの英雄と神器をねじ伏せていたものを……」
大乱闘の中で他の神器と覇を競いたいのか、もどかしそうなレイの呟きが聞こえてくる。
うーん、悪いけど無双して蹴散らすような真似は無理っぽいですよ?
爆発音を響かせ、再び地形を変えるような馬鹿火力を見て心からそう思う。
「……戦況は今、どちらが有利なのでしょうか」
うん? キャロリアがそんなのを気にするなんて珍しいな……。
いや、天下分け目の決戦だ、気にもなるか。
彼女の問いに答えるべく、戦場を眺めてみる。
右翼、中央、左翼の三ヶ所にバラけて戦っているが、パッと見た所ではどこも一進一退だ。
ふむう……打撃力はこちらが上だが、機動力は向こうが上といった所か。
……なんて、軍師を気取って脳内で適当な采配を振るっていると、ふと気になる物が視界に飛び込んできた。
それは、戦場を挟んだ向こう側。相手サイドの王族が並んでいる、その背後。
そこにゆらりと佇む影があった。
なんだ、あれ……?
「ん……?」
俺以外にもその影に気付いたようで、イスコットさん達が訝しげな声を漏らす。
すると、向こうの影がスッと片手を上げた。
一瞬、こちらに挨拶でもしたのかと思ったが次の瞬間、その手はあっさりと振り下ろされ、あちらの王族達の首を斬り飛ばす!
「なっ!」
驚きの声を上げると同時に、背中にゾクリと悪寒が走る!
だから俺はろくに確認もしないまま、背後に座っているキャロリア達目掛けて飛び出した!
彼女らの頭を飛び越え、背後に迫っていた人影に飛び蹴りを食らわせる!
「ぐっ……」
小さく呻いて人影はよろめく。
思いっきり顔面に蹴りを叩き込んだのに、頑丈な野郎だ。
「何者だ、お前らは?」
族長さんとヴィトレの背後にいた襲撃者も、イスコットさんとマーシリーケさんにその腕を押さえられ、締め上げられている。
万力に挟まれているようなもんだから、そうそう身動きはとれまい。
それにしても、並の護衛しか付いていなかった向こうをこれ見よがしに襲い、その隙を突いてこちらの王族も襲おうとは敵ながら中々やってくれる。
もう少しビックリして向こうに注意を引かれてたら、キャロリア達の首も落ちてる所だったぜ。
「おうおう! テメェら何者だ、バカヤロウ、コノヤロウ!」
ラービ達がキャロリア達のガードに付いたのを確認し、俺は精一杯ドスを効かせたつもりで襲撃者を威嚇してみた。
……まぁ、ガラじゃないのはわかっているから、後ろで笑いを堪えるのはやめてくれ。
「……何者だとは、水くさいな」
ん? なんかこの声、聞き覚えがあるような……。
言いながら、襲撃者達は目深に被ったフードを脱ぎ捨てる。
その下から現れた顔は……。
『ナルビーク!』
「カルマッタ!」
「リトウェイ!」
……ナルビーク!って叫んだの俺達だけど、他の二人は族長さんとヴィトレの叫んだ声だ。……うん、誰?
「カルマッタは耳長族の重鎮の一人。国の留守を任せて来たはずなのに……」
「リトウェイもメアルダッハの貴族じゃ。確かに妾とはウマが合わなんだが……」
それにしたって襲われたのは予想外……いや、襲撃者がこいつらって事が予想外なのか。
わざわざ身分のある連中が手を汚しに来たんだからな。
「カルマッタ、どういうつもりです!」
族長さんの叩きつけるような気迫を物ともせずに、カルマッタと呼ばれた耳長族の男は蔑んだ目を向ける。
「黙って飾りになっていれば良いものを……やはり元・英雄のような野蛮人が政を行うのは相応しくないということですよ」
カルマッタの言葉に、族長さんの驚きが戦意へと研ぎ澄まされていく。
そして……。
「お主もどういうつもりじゃ、リトウェイ。妾の方針はすでに本国から合意を得ておるぞ」
その言葉を、リトウェイは鼻で笑う。
「私は賛成した覚えはありませんわ。貴族がその地位を投げ捨て、愚にもつかない計画に荷担するなど……」
「先の見えぬアホウめ……」
リトウェイの発言に、ヴィトレは心底呆れたようにため息を吐いた。
「戦況がある程度の硬直状態になれば刺客が出てくるとは思っていましたが……お兄様自身がお出でになるとは、少し予想外でしたわ」
「お前の読みが万能ではないという証拠だな。もっとも、神獣殺しを護衛置いておく用心深さは流石だがな」
俺に蹴られた時に切れたのか、口許の血を拭いながらナルビークが笑う。
そんな兄を見ながらも、キャロリアはチラリとディドゥス側の討ち取られた王族に目を向けた。
「……どうやら、あちらの反乱分子とも手を組んだようですわね」
「反乱分子とは人聞きの悪い。彼らもれっきとした王族や貴族だぞ」
……なるほど、今回のキャロリアに王位を取られたナルビークみたいに、各国の日陰に追いやられた連中が手を組んだってことか。
でもなぁ……今、こんな場所で仕掛けて来ても権力の簒奪なんか出来やしないだろうに。
「私達を暗殺したところで、英雄達は従いはしませんよ?」
まぁ、そうだよね。これっていわゆるクーデターなんだろうけど大義名分が無いし。
英雄達が現政権に忠義を尽くしているなら、尚更ナルビーク達が権力の座に着く事は難しくなるだろう。
「ああ、それなら問題はない……」
静かに告げながら、ナルビークが笑った。
その口元を耳の辺りまで裂けさせながら!
「!!」
一瞬だけ、彼の異形の笑みに注意を奪われる!
その僅かな隙に、自分達を拘束しているイスコットさん達の腕を殴り付け、ほんの少し緩んだ彼等の手からカルマッタとリトウェイは腕を抜き取った!
なんちゅう早業!
いくら二人に油断があったとしても、英雄並の反射神経とスピードが無いと不可能だろ、あんなの。
「もはやこの地に、英雄も神器も、そして神獣すらも必要ない……」
「我々の支配を邪魔する物は、全て殺す……」
ナルビークと同じように、裂けた大口で笑みを浮かべながら、奴等は囁く。
怖っ! マジで怖っ!
「私達はそれだけの力を得た……そう、神の力をな!」
言っちゃなんだが、安っぽいラスボス的な台詞を高らかに笑いながらナルビークが口にする。
ううん、盛り上がってるところ悪いけど、まるっきりやられ役の台詞ですよ、それは。
流石に空気を読んで口には出さなかったが、絶好調の奴等は元気良く笑い続けていた。
くっそう……それにしても、奴等を見てるとゾワゾワと肌が粟立つ感じが止まらない。
いや、口裂け女みたいな形相やお寒い言動に居たたまれないという訳ではなくてね。
この本能が警戒を促すような感覚は、前にも感じた事がある気がするな……。
そんな事を考えていた次の瞬間!
ナルビーク達は俺達の頭を一足飛びで越えると、英雄達が戦っている戦場近くに降り立った。
見れば、向こうの襲撃者達もナルビーク達の対面に陣取り、英雄達を挟むようにして立っている。
どったんばったん大騒ぎしていた英雄達も、突然この場に舞い降りた異様な雰囲気を放つ彼等に気付いて戦闘の手を止めた。
自分達が注目を集める現状に気を良くしたのか、いつのまにか元通りになった顔に笑みを浮かべ、満足そうに頷きながらナルビークが大声で言い放つ!
「聞け、この場に居合わせた哀れな英雄達よ!」
突発的に始まった彼の演説に、名指しされた英雄達が耳を傾ける。
「貴様らが忠誠を誓う頭の内、ディドゥス連合側の現王達は死んだ!」
向こう側にいた襲撃者達が、刈り取った王達の首を放り投げて見せた。
その行為に、さすがの英雄達の間にもざわめきが起こる。
「そして、アンチェロン連合側の現王達は、これから殺す!」
一応、護衛に着いている俺達を歯牙にもかけずにナルビークは宣言しやがった。
ちょっと舐めすぎじゃねぇかな……少し、イラっとしちゃったよ?
だが、そんな俺達などアウト・オブ・眼中な態度で奴の演説は続く。
「貴様ら英雄はすでに主を失った野良犬も同然である! そんなお前らにも、選択肢をくれてやろう!」
酷い物言いではあるが、一応は王族なので英雄達も黙って続く言葉を待っていた。
「一つはここにいる我々に絶対の忠誠を捧げ、いかなる命令にも従う下僕となることを誓う道。そしてもう一つは……」
そこでナルビークは少し溜めて……喉を掻き切るようなジェスチャーをして見せる!
「死だ!我々に 逆らうならば殺してやろう!」
完全に上から目線で煽りまくるナルビーク達。
当たり前だが、奴等に英雄達が向ける視線は敵意に満ちていた。