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ユーグルとウォーリが走り去り、その場に残ったティーウォンドとコルリアナは警戒を強める。
目の前の岩壁を越えてくるであろう敵に備えて上方に注意を割いていたが、変化は壁の方に現れた!
ビシッと亀裂が入ったと思ったと同時に、壁の向こうから姿を現した巨大な触手のような物が伸びてくる。
それは次々と増えていき、ついには岩壁を砕きながら、まるで大きなうねりのように波打ちながらティーウォンド達に迫ってきた!
「ちっ!」
咄嗟に新たな氷壁や岩壁を産み出して防御するも、ろくに魔力も込められなかった為に数秒ともたずに破壊される。
「なんだよ、こりゃ……植物?」
防御を諦めて迫るうねりを切り伏せながら、コルリアナは足元に転がった樹の根らしき物体に驚きの声を上げた。
信じられない事に、巨大な樹の根が馬鹿げた速度で成長しながら彼女らに襲い掛かってきているのだ。
「英雄ともなれば極上の肥料となるだろう……大地を肥やす為にもここで朽ち果てるがいい」
樹根の波に乗るようにして姿を現したのは、緑色の全身鎧に身を包んだ英雄。
『七槍・緑の槍』のランガル。
「くっ……マズイな……」
ティーウォンドが、思わず小さな声を漏らす。
ここにいるコルリアナは、大地の力を利用するが地に根を張る植物系とは相性が悪い。
自身の轟氷剣にしても、これほどの成長(?)を見せる樹木を一気に凍結させるには、かなりの魔力とタメを必要とする。だが、そのスキを敵の英雄が見過ごしてくれるハズがない。
しかし!
防戦一方で後退する二人の間を、ふわりと人影がすり抜けた!
ティーウォンド達に代わるように最前線に立ったのは、『五剣・斬然剣』のラブゼル・ロクシロ!
「これは私に任せて、貴方達は他の敵を」
迫る樹木の波を前に、普段と変わらない様子で命令を出した五剣筆頭の彼女は、静かに腰を落として構えを取った。
(ふむ……五剣筆頭と名高いラブゼルか……どんな悪あがきをするつもりか)
迫る大樹の奔流の前に立つ彼女の姿に、ランガルは興味をそそられる。
たが、高みの見物といった気分で眺めていた彼の目に、ふと煌めく光の筋が走ったように見えた!
それと同時に、突然足元の感覚が無くなり、バランスを崩した彼は慌てて地上に飛び降りる。
「一体、何が……」
言いかけてランガルは絶句した。
彼が今まで立っていた巨大な樹木の根。それがバラバラに切断され、無数の木片となって散乱している。
「ば……かな……」
炎で焼かれても、冷気で凍らされても一部がダメージを受けている間に、他の根が進行していただろう。
だが、一瞬で全ての根を切断されてはどうしようもない。
恐るべき切れ味。恐るべき技量。
(これが……五剣筆頭の実力か……)
英雄の中でも、特に突出した力を持つ化け物……ランガルが知る限り、二人目の化け物を眼前にして、彼は体が震えるのを止めることができなかった。
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「アッハハハ! 遅い、遅ーい!」
目にも止まらぬ速度の風が六斧の女達の間を駆け抜ける。
それと同時に、彼女達の肌に赤い爪の傷跡が刻まれていった。
「今まで殺りあう機会が無かったけどさぁ……」
風が足を止め、振り返る。
ピンと立った猫のような耳と、機嫌の良さを現すような動きの尻尾。それは、耳尾族の特徴。
見た目こそは年端もいかない少女の姿をしていながらも、彼女の腕に装備しているのは明らかに神器。子供に見えて、彼女もまた英雄だった。
『五爪・鷲爪』のアニャール・ヌラウス。それが彼女の名前だ。
「六斧って、アタシとおんなじ女ばっかだって聞いて楽しみにしてたんだ! だからさー、もっとアタシを楽しませてよ!」
年相応の無邪気な笑みを見せながらも、手甲から伸びる鷲の爪に付着した血を舐める。
彼女の神器は、装着者に猛禽類並の動きをさせる能力を持つ。
ナメた言動ではあるが、人の身では自分に触れる事すら叶わない事を知っているが故の自信なのだろう。
「ウフフ……」
にも拘らず、集結した六斧の一人が妖艶に笑った。
そこに小馬鹿にしているニュアンスが含まれている事に気付いて、アニャールの表情が歪む。
「……余裕じゃなくて、ビビった顔がみたかったんだけどなー」
再び高速移動する体勢に移行したアニャールがこれ見よがしに爪をチラつかせる。
しかし、文字通り子供じみた威嚇をする彼女に、先程笑った六斧の英雄が前に歩み出てきて、ますます面白そうに微笑む。
「可愛いものね。でも、掠り傷程度の傷じゃ、いくら付けても脅しにならないわよ」
確かに、アニャールが彼女達に付けた傷は浅いものばかりだ。
故に鎧の部分で防げれば致命傷どころかダメージにもならないと判断したのだろう。
しかし、アニャールを挑発してくる六斧の英雄は場合が違っている。
スタイルの良い肢体を惜しげもなく晒し、装甲や布地よりも肌が露出している部分の方が多い。
「一応、自己紹介ね。私の名前はネマル・ルジャン」
よろしくねと友好的ともとれる態度で挨拶をする。
その、敵を敵ともみなさない態度が、アニャールを更に苛立たせた。
「ふーん……よろしく」
素っ気なくアニャールは答える。
「じゃーさー、握手代わりにそのクソみたいにアピールしてる生肌の所を全部血染めにしてやる、よっと!」
言うが早いか、またも疾風と化したアニャールが突っ込んで行く!
宣言通り、彼女の全身の皮膚をズタズタに切り裂く為か、足元から狙うような動きだった。
(……なんてねっ♪)
ネマルのふくらはぎを狙うと見せかけたアニャールの体が突然跳ね上がる!
元より彼女は全身を切り裂くような面倒な真似は考えていなかった。
真に効率よく相手を仕留めるなら、顔面……特に目を潰してやればいい!
「シャアッ!」
下から掬い上げるようなアニャールの爪がネマルの顔面を撫で切り裂いた!
その軌道上には、確かに目があったハズである。だが!
その場に響いたのは、肉を裂き血飛沫が舞う音ではなく、金属同士がぶつかり合う硬質的な音だった。
「は?」
一瞬、呆気に取られたアニャールの細腕を、ネマルが掴み締め上げる。
「ぐっ……」
手甲型神器のお陰で握り潰される事は無かったが、アニャールの力ではその拘束から抜けることは難しい。
「ほんとに可愛いわ……お約束通りに顔面を狙ってくる辺りもね」
捕獲したアニャールの焦る姿を楽しそうに眺めながら、ネマルは自身の神器を彼女に見せつける。
それは片刃の大きなバトルアクスの形をしていた。
「この神器は『六斧・金剛斧』。能力は持ち主の表面を硬質化させること……」
その言葉で、アニャールは先程の金属音の正体を知る。
「見た目に変化は無いけれど、私の皮膚は神器並の硬度を得ているの。もちろん、目もね」
さらりと言ったが、それはとんでもない防御力を誇ると言っても過言ではない。
「さーて、他の仲間が助けに来るまで貴女は耐えられるかしら……?」
がむしゃらに爪を振るうアニャールの足掻きを物ともせずに、ネマルは微笑みを浮かべたまま空いている拳を振り上げた……。




