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「そういった訳ですので、皆様の奮闘、期待しております」
ペコリとキャロリアは頭を下げる。
いやー、その言葉だけで俺達に振られる仕事のキツさが伝わってくるようだわ。
だからこそ聞いておかなきゃなるまい。一体、俺達に何をさせようってんだ?
そう問いかけると、キャロリアにしては珍しく顎に指を当てて首を傾げる。
なんだかその仕草が子供の様で微笑ましく、つい笑ってしまいそうになった。
「イレギュラーな存在が幾つかありまして、それらが戦いの際に逆恨みで絡んで来るかもしれないのです。ですから、皆様にはその排除を主に担当していただきたいと思っています」
ほぅ……キャロリア達を逆恨みしそうな人物……つまり、ナルビークや彼に似たような立場の連中が乱入してくるかもしれないと言うことか。
なるほど、国の守護者としての側面と立場がある英雄では、自国のお偉いさんが絡んで来た場合に動きづらいとか、面倒になるかもしれないからな……。
よし、いいだろう!
その時は、世紀末のモヒカンもびっくりするくらいヒャッハーっぷりを見せてやる!
英雄を相手にするよりは楽そうだしね。
しかし、そんな英雄が集まってドンパチやってる所に乱入してくる命知らずはいるんだろうか……?
さて、そうして伝えることを伝え、「皆様、ごきげんよう……」と帰ろうとする王族達の中、俺は族長さんとユーグルを呼び止める。
アンチェロン以外では、それなりに深く関わった国の事だから、その後の状況が気になっていたんだ。
それに……ちょっと照れ臭いが、ユーグルには種族を越えた友情みたいな物も感じている。だから、彼の近況も聞いてみたい。
さらに、面倒だから泊まっていきなさいというマーシリーケさんの誘いもあり、キャロリアとヴィトレは城に戻り、族長さんとユーグルはここに宿泊する流れになった。
「いやー、久しぶりにグラシオから出たので緊張しました」
俺達だけになると、族長さんはグッと伸びをしてコロリと雰囲気が変わる。
一国の指導者としては他所の国で緩い態度を取るわけにも行きませんからねー、などと大変そうに語ってはいるが、他の王女と共にいきなり飯を求めるくらいには打ち解けてましたよね……。
まぁ、その辺は俺達では計り知れない駆け引きみたいな所も有るんだろうし、深くはツッコむまい。
「ところで……」
聞きたい事を聞こうとして、思わず言葉に詰まる。
よくよく考えてみれば、俺の問いは二人のプライベート……というより、トラウマレベルの地雷でもあったからだ。
しかし、二人はかまわないと言わんばかりに向こうから話をきり出した。
「多分、カズナリが聞きたいのはグラシオの現状とフィラーハの処遇についてだろう?」
まさにその通り。
族長さん達の察しがいいのか、俺が解りやすいのかはさておき、二人の話に耳を傾ける。
まずはグラシオの現状。
キャロリアの提唱する「六国の統一、ならびに島外への探査隊派遣案」は意外にもすんなり受け入れたらしい。
元々、族長さんの政権になってからは、グラシオに引きこもるよりも変革を求めて広く国を開放する事を推進していたこともあり、キャロリアの申し出は渡りに舟だったそうだ。
そして、ユーグルの妹であり、今は『六杖』の英雄の一人であるフィラーハへの対応だが……これが思っていたよりも緩かった。
もしも、フィラーハ本人が改心して罪を償うのであれば、それ以上は不問にするとの事。
族長さんの弟であり、グラシオでの事件に深く関わっていたアルツィはその場で処罰され命を落としたのに比べれば、随分と寛大な処置に思える。
とは言え、立場的には一般人のフィラーハと、国の英雄であり『四弓』の筆頭だったアルツィでは、同じ裏切り行為でも同一には語れないか……。
まぁ、族長さんの怪我も癒えたし、神獣である森林樹竜も世代交代しただけとも言えるからとの判断で大目にみるという事らしい。
もっとも、本音では英雄となっているフィラーハが耳長族に回帰するなら、統一後もそれなりの発言権を振るえるだろうという打算もあるみたいだが。
大人の世界は一筋縄じゃいかないもんだな……。
「さて、それではこちらも色々と聞きたい事があります」
緩んでいた空気が一転、仕事モードの顔になった族長さんが、リョウライをキッと見据える。
「そちらの仮面の方……貴方はグラシオを襲撃した英雄の一人ですね?」
ギクリとリョウライが怯む。
「だ、誰かと勘違いしているようだが、私の名前は……『マスクド・カコウトン』。決してそのような者では……」
「いえ、そういうのはいいんで!」
なんとか誤魔化そうとするリョウライの言い訳を、族長さんはあっさり切り捨てる。
「貴方がカズナリ達預りになった事はキャロリア様から聞いています。今さらどうこう責めるつもりはありません」
そうなの? ならいいんだけど……。
「私達が聞きたいのは『五爪』と『七槍』の情報。これから戦う相手の詳細が知りたいのです」
なるほど、そういうことか。
かつて五爪に所属していたリョウライなら、他のメンバーについても色々と知っているだろうし、レイもメンバーの人となりは知らなくても七槍の能力ならわかるはずだ。
でも、そんな作戦会議じみた事をやるなら、さっきキャロリア達がいる時でも良かったろうに。
「彼女達はまだやるべき公務が残っていましたからね。ここで私とカズナリ達が持つ情報を共有化して、明日にキャロリア様達との会議で伝えれば手間が省けるでしょう」
ふむう……言われてみればそっちの方が合理的か。
ならば、ちゃっちゃと情報交換をしてしまおう。
俺達からはリョウライの知る五爪と、レイの知る七槍の情報。
族長さん達からは念のためと、五剣ならびに六斧の情報を。
こうしておけば、万が一の場合にも対応できるからな。
こうして早々と仕事の話は終えて、あとは適当な駄弁りモードになる。
ラービが残った食材で軽い物を作り、それをつまみに大人組がまた酒盛りを始めようとしていた。が、台所を仕切るラービにより、酒は瓶で三本までと釘を刺されていたから、今度はあんな醜態は晒さないだろう。
そんなこんなで割りと落ち着いた時間が流れ、やがて朝が訪れる。
族長さんとユーグルは一旦、城に戻ってから先程得た情報を共有化して戦場へ向かうそうだ。
この世界で最小限の人数で行われる最大限の戦いまで、あと二日か……って、待て!
戦場ってアンチェロンとディドゥスの国境だったよな?
よく考えたら、移動の日にちを計算すると時間無くない?
それとも、何か移動手段があるのか?
疑問符だらけの頭でユーグルにちょっと尋ねると、ここに残っている英雄を除けば、すでに皆、岩砕城壁に到着して待機中との事。
彼等もすでに準備を済ませており、昼前の最後の打ち合わせが終了したら岩砕城壁へと移動するらしい。徒歩で。……徒歩かぁ。
……何て言うか、さすがは最大限だが最小限の戦い。スケールが大きいんだか、小さいんだか……。