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インセクト・ブレイン  作者: 善信
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さて、帰還への前祝いを済ませた俺達は、来るべき決戦に備えて牙を研ぐ。

マーシリーケさんやリョウライと実戦形式で組手を行い、イスコットさんに装備を補修、改良してもらう。

そうして、夜にはラービやレイと脳内組手で鍛えていく。

蟲脳のおかげで経験や反復運動の効果が肉体に反映されるのが早く、どんどん技が磨かれ体が鍛えられていくのが自覚できた。

こうなると鍛練するのが楽しくなっていくという、ボディビルダーの言葉がちょっと理解できるな。


そんな訓練の日々の最中、街ではアンチェロン新王の戴冠式が行われていた。

ネタバレ的に次の王がキャロリアだと知っていた俺達は特に見物にも行かなかったが、国民にビッグサプライズだったみたいで、「街中その話で持ちきりじゃったよ」と買い物に行ったラービは語る。

もっとも、一番話題になっていたのはキャロリア即位の際に発表された「アンチェロン、グラシオ、メアルダッハの同盟締結」の件についてだったらしい。


まぁ、そりゃそうだよな。

今まで四面楚歌だったような状況から一転して、横並びで正面の敵だけに集中できる布陣は軍事的にも守りが容易になるし、隣国と貿易が活発になれば経済的にも良いことだ。

明るい未来が見えるような絵図を描いて見せたキャロリア新女王の人気は高い。

この流れで六国統一が出来れば、マジで永世女王として歴史に名を残すだろうなぁ……。

まぁ、王位を横から持っていかれた形のナルビークはちょっと気の毒だけど。


とはいえ、基本的に裏方な俺達はそんな盛り上がる国内事情にはあまり興味がない。

それよりも、キャロリアが言っていた総力戦の方が本当に起こるのかどうか……。

考えてみれば、戦力が拮抗した状態でわざわざ激突するよりも、相手が弱るまで共栄の道を選びそうなもんだよな。

よっぽどの事態にならないと、けしかけても乗ってこないと思うんだが……。

そんなモヤモヤを抱えつつ、さらに数日が経ったある日の夕方頃。

俺達に取引を持ち込んだあの日から十二日目に、再びキャロリアとヴィトレ、それにグラシオの族長さんが、お供の英雄達を連れ添って屋敷を訪ねてきた。

久しぶりに会った族長さんは火傷の痕もきれいさっぱり無くなっていたが、髪までは再生できなかったらしく髪形はベリーショートになっている。

そんな族長さんは、グラシオで関わった俺達の姿を見つけると、ペコリと頭を下げた。


しかしまた急な来訪に、なんだなんだと戸惑っていると、

「ご無沙汰です、皆様。今日の献立はなんでしょうか?」

「また来たぞ。まさか夕飯は済ませておるまいな?」

「久しぶりね、カズナリ。ところで、ここは料理が美味しいと聞いたのだけれど?」

開口一番、飯の話をしてきやがった。

おい、王族……。

ていうか、用件を伝える前に飯の話って、お前らどんだけ腹ペコキャラなんだよ!


はっきり顔に出るほど呆れていると、お供についていた四弓の英雄であり顔見知りのユーグルが、主を庇うように口を挟んできた。

「久しぶりだな……いや、お前達の言いたいことも解る。だが、あえて言わせてもらえば、お三方は忙しさのあまり、朝からロクに食事もしていないんだ……察してやってくれ」

ふむう……そういう事情があるならまぁ……。

ただ、アポは取って欲しかった。

この流れじゃ、また俺達の夕飯用の食材を全部使われてしまいそうじゃないか……。


とにかく、何か食べるまで話は進めないと確固たる意思を見せる王族どもの望みを叶えてやらないとにっちもさっちもも行かない。

よぅし!存分に腕を振るいたまえ、ラービくん!

不承不承、彼女がキッチンの奥に籠り調理を開始すると、やがて鼻孔をくすぐる良い香りが漂い始めてきた。

そして再び俺とレイは料理を運ぶマシーンと化し、怒濤の消費をしていくキャロリア達に次々と料理を提供していく。


ちなみに、今回の料理はピザっぽいのとか、ミネストローネ風のスープにパスタ的な物まで見えて、なんだかイタリア料理ちっくなメニューが多い。

それっぽい食材が手に入ったからチャレンジしてみたらしく、新しい料理法に着手していく彼女の姿勢は素晴らしいね。

俺達の口に入る前にキャロリア達に食べ尽くされてしまったのは少し悲しいけど……。


そうして食事を終えると、満足そうに一息吐く王族(と英雄達)に茶を配る。

今回もご期待に沿えたようで、何人かはラービにレシピなんかを聞いていた。


……さて、ここからが話の本番だ。

話題の三国同盟の盟主達がこぞって訪ねてきたんだから、その理由はおのずと絞られる。

「……六国の命運を賭けた決戦の日取りが決まりました」

やっぱりそれか!

って言うか、いつの間にか六国で会談なんかやってたんだな。

「やはり交渉は決裂。キャロリアが予想した通り、三日後に英雄のみでの総力戦じゃ。場所はアンチェロンとディドゥスとの国境に広がる平野に決まったぞ」

今日から三日後……うん、確かにあの日キャロリアが予想した十五日後くらいか。

よくもまぁ、ピタリと当ててくるもんだ。

……しかし、その場所が俺が初めて英雄なるものと戦った場所ってのは……何か因縁めいた物を感じるな。


「それにしても、キャロリアさんの破天荒っぷりには驚かされまさした。まさかあんな提案をなされるとは」

「いえいえ、それに即賛同していただいた族長様も剛胆な御方です」

「キャロリアと付き合いの長い妾ならともかく、さすがは元英雄よな」

和気あいあいと笑い合う主人達に比べて、英雄達の表情は重い。

この温度差は一体……?


気になったので、そっとユーグルに尋ねてみると、六国会談での相手方と交わした条件について教えてくれた。

つまりは、こちら側が勝利すれば六国の枠を越えて一つの統一国家となる。

逆に、相手方が勝利すればこちらの三国は向こうの属国となり、所有する全ての神器を差し出すというものだった。

……いや、確かに乗り気でなさそうな相手に条件を飲ませる為には多少の無理は必要かもしれないけどさ、割りと敗北後の条件が厳しくないか?

神器の放棄なんて、今後は反撃の糸口も持てなくなっちまうだろうに……。


俺達の表情に気付いたのだろう、「勝てばよろしいのですわ」なんて言いながらキャロリアがコロコロと笑う。

だが、そんな事を言われても……いや、言われたからこそ、のし掛かるプレッシャーは一向に軽くならない。

そりゃ、俺達以上に背負う物が大きい英雄達はあんな顔にもなるわな。

「まぁ、どんな条件だろうと俺達は俺達で全力で協力するさ」

帰るためには、キャロリアの持つ魔法の本が必要だ。

それを手に入れる為には、どんな障害も乗り越えてやるぜ!


なんて、気合いを入れた矢先、まるで予想外の言葉がヴィトレから飛び出す。

「ああ、残念だが今回の英雄総力戦に、お主らの出番は無いぞ」

……どういう事?

キョトンとする俺達に、族長さんが補足してくれる。

「つまり、『この世界の行く末は、この世界の人間の手で決めよう』という趣旨の決まりが絶対条件として提案されたのです」

なるほど、その言い分は理解できるし、納得もいく。

だが、めちゃくちゃ気合い入れて訓練をしていただけに、肩透かし感はハンパじゃない。


「ご安心ください……」

複雑な気持ちの俺達を励ますように、キャロリアが口を開く。

神獣殺し(みなさま)の出番は必ずあります。ええ、必ず(・・)

妙に強調して話すキャロリアの姿に、なんだか英雄と戦うよりも厄介な仕事をぶん投げられそうな、一抹の不安を感じてしまうのだった……。

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