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「え?カズナリって酒を飲んだ事がないの?」
心底意外そうにマーシリーケさんが言う。
まぁ、元いた世界……って言うか、故郷では二十歳になるまで酒は禁止されてるんで。
それを聞いたマーシリーケさんとイスコットさんが同情するような顔で俺の肩を叩く。
え、そんなに酒を飲んだ事が無いのって可哀想のことなの……?
「よーし、帰還の前祝いに初飲酒といきましょう!」
いや、飲まんて。
あえて陽気に盛り上げようとするマーシリーケさんには悪いけど、こんな体育会系な雰囲気で初めての酒を飲まされたら、地獄を見るのが関の山だ。
キッパリ断るとノリが悪いのなんだのと言われたが、そこは自制心が強いと言っていただきたい。
「まぁ、いいわ。無理に飲ませるのは好きじゃないし」
彼女は俺に飲ませるのを諦めたようで、イスコットさんやリョウライ達、大人組と盛り上がり始める。
正直、興味はあるし、なんか楽しそうな彼らを見てるとちょっと試してみたくはなるな……。
場合によっては一杯くらいならいいかも……?
自制心弱くて申し訳ない。
で、少し早い時間ではあるが、俺達は町にくり出そうと準備を整える。
と言っても、マーシリーケさんがオススメする店は貴族階級の多いこの区画ではなく、一般市民の居住区にあるらしいので、動きやすい服装に着替えていくだけだが。
貰ったはいいが、食材調達くらいにしか使い道の無かった褒賞金はまだまだあるし、いっちょ豪遊してやりますか!
そんな感じで浮かれていたら、後ろからラービに肩をガッチリと掴まれた。
「一成……ヌシの財布はワレが預かろう」
突然、何を言い出すんだお前は……。
いきなりのラービの提案に戸惑っていると、彼女はとても真面目な顔付きで諭してきた。
「男に自由な金を持たせると、散財に歯止めが効かなくなるからの。ここは、厳選した買い物で主婦スキルを上げたワレに任せておくがよい」
そ、そんな横暴な……。
俺はラービの傍らにいたレイに視線で助けを求めるが、
「『亭主関白』より『かかあ天下』の方が家は安定すると申しますから」
などと、昭和の時代に言われていたような事を言われてしまった。
ぬぅ……お前もそっち側か……。
「まぁ、待て一成。『かかあ天下』というと聞こえは悪いかもしれんが、ワレは暴君になろうというのではないぞ?」
急に猫なで声になったラービは、そっと俺の手を握る。
「男にはいずれ大きく何かを賭けねばならぬ時が来るであろう? その時に備えて、締めるところは締める! それすなわち、愛する男がいざという時に恥をかかないようにする為の内助の功よ」
そ、そうだったのかっ!
まさかラービがそこまで考えていてくれたなんて……結構、感動した!
そうして感激しながら俺はラービに財布をまるごと渡す。
……一瞬だけ彼女の表情に「計算通り」といった物が見えた気がしたけど、大丈夫だよね。
俺騙されてないよね……?
さて、そんな訳でいざ街にくり出そうと屋敷を出ようとした時、今度はユイリィがストップをかけた。
「先ほどのキャロリア王女の助言どおり、主様のお顔を隠した方が良いと思いますので、少しお待ちを」
そう言うと、彼女は服の一部をおもむろに破いて見せる。
その服もスライム体が変形しているだけだったので、破損した部分は直ぐに修復された。
次いで、破り取った破片をユイリィが何やら操作すると、ソレは形を変えて顔の上半分を覆うようなマスクへと変形していく。
「これでよし!」
満足そうに呟いて、ユイリィはリョウライの顔に、そのマスクを装着させる。
某赤い彗星を思わせるそのマスクは、まるで皮膚に吸い付くように張り付いて、ストッパーも無いのに手を離してからも落ちることは無かった。
「つけ心地はどうでしょうか?」
「いや、問題ない。というより、まったく違和感が無くて驚いてる」
快適そうなリョウライを見ていたユイリィは少し悪戯っぽく笑って、口を隠しながらモゴモゴと何事かを呟く。その途端、リョウライがビクリと身を震わせて、キョロキョロと周囲を見回す!
「ユイリィ、今のはお前が?」
「驚かせて申し訳ありません。マスクのついでに、通信機能のある部品も作ってみました」
そう言って彼女が指差した先には、リョウライの耳に付けられた小さなイヤリングがあった。
「私の一部を使った魔力通信機です。これである程度の距離が離れても連絡を取り合えます」
おお、そんな便利な物が作れるのか……。
などと俺が感心していると、ラービ達が即行でそれを模倣してそれぞれの主に身に付けさせようとして来る!
……まぁ、あって困るものでもないし、素直にそれを身に付け、今度こそ俺達は夕方の繁華街へと向かって歩き出した。
とりあえずは、マーシリーケさんの(いつの間にか開拓した)行き着けの店へ向かい、そこで夕食を兼ねた飲み会が開催される。
とは言っても酒は大人ばかりで、俺達は基本的に食べるばかりだったが。
しかし、そんな状況が続くはずもなく、酔っぱらいと化したマーシリーケさんとイスコットさんに進められ、俺とラービは一杯だけこの世界の酒を飲んでみる事になった。
なんだかビールっぽいそれをチビチビと飲み干し、浮かんできた感想は……「あんまり美味いもんじゃない」だ。
ただ、アルコールによるなんだかフワフワするような感覚は少しだけ楽しい。
うーん、世の大人はこの僅かな心地よさの為に酒を飲むのかもしれないな……。
その後、さらにテンションが高くなっていく大人達をユイリィ(彼女は飲んでなかった)に任せ、俺達はさっさと屋敷に戻ることにした。
主のテンションに引きずられたのか、ノアやジーナは残ろうとしたが、子供をこんな環境に置いておくのは教育上よろしくないので強制的に連れて帰る。
そうして屋敷に戻ってからは、それぞれの部屋戻り、さっさと休む事にした。
初めての酒のせいか早々に睡魔に襲われた俺は、ベッドに横たわると同時にウトウトとし始めていた……。
はぁ……はぁ……
不意に耳元で聞こえた息づかいの音に、俺は慌てて飛び起きる!……が、暗い部屋の中には誰の姿も無かった。
うたた寝している間にすっかり夜もふけていて、夢でも見たのかとホッとしたが、再びあの息づかいが聞こえてビクリとする。
『はぁ……あぁ……』
ようやく覚醒した頭で耳をすませば、その息づかいはラービの物だと気がついた。
そこで、ようやくさっき身に付けたイヤリングに思い当たる。
「おい、ラービ。どうかしたのか?」
体調でも悪いのかと心配しながらも、夜中っぽいので俺もこっそりと声をかけて様子を窺う。
『あぁ……んっ……一成ぃ……』
だが、返ってきたのは、妙に湿っぽい囁き声と衣擦れの音。そして……ぴちゃっという水音?
その瞬間、稲妻のようにある想像が頭をよぎる!
こ、こいつ……もしかして、なにとは言わないがナニをしてるんじゃないだろうな!?
「おい……おい、ラービ!」
慌てて声をかけるも、返ってくるのは荒い呼吸と艶っぽい囁きばかり。
やってますわ! 完全にやってますわ、これ!
なんで? どうして? といった疑問が浮かび上がる。
しかし、悲しいかな、それを意識してしまった俺の下半身は、理性を無視して戦闘体勢へと移行していった。
仕方ないじゃん、若いんだもん……。
だが、親しき仲にも礼儀有り!
いかなパートナーといっても、秘め事を盗み聞きするのは気が引ける。
即座に声が聞こえてくるイヤリングを外して、俺は布団に潜り込む。
んんん……煩悩退散!
だが、頭では解っていても、蟲脳のお陰で鍛えられた聴覚は静かな室内で微かに響くラービの艶声を拾ってしまう。
理性と本能がガチバトルをしながら時間は流れ、悶々とした時は過ぎていく……。
どれくらい時がたっただろう……いつしか、ラービの声はほとんど聞こえなくなっていた。
軽い自己嫌悪を覚えながらもラービの様子を窺うと、荒かった呼吸はやがて静かな寝息に変わり、通信も途絶える。ふぅ……。
ホッと一息をつきながら、なんだって急にラービが急にこんな真似をしたのかを思案する。いや、そういう行為自体は前々から隠れてしていたのかもしれないけどね。
それを俺に聞こえるようにするとか、童貞の俺にはレベルが高すぎる。
うーん……これはアレか、酒のせいだな! ああ、酒に違いない!
アルコール最低だな!
全て元凶を酒のせいにしつつ、やはり酒は大人なってからだと痛感した。いや、マジで。
さて……そうして冷静になった俺は、再度訪れた眠気に身を委ねる。
ああ、もううっすらと明るくなってきてるよ……。
精神的に疲労していた俺は、目を閉じるのとほぼ同時に眠りの底に落ちていった。
少々、過剰な表現があったかもしれないので編集しました。
お酒の勢いで文章書いちゃいけませんやね……。
反省。