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「私が提示する条件は二つ。一つは六国統一までお力添えをいただく事。そしてもう一つは、帰還なされる際に神器を返還していただく事」
キャロリアが示した条件は、まぁ妥当な所だろう。
とは言え、メインは「六国統一までの協力」だろうけどな。そこが一番の難所だろうし。
それに、言ってしまえば神器という存在はこの世界だから有用なのであって、それぞれが元の世界に戻ってから絶対必要という訳ではない物だ。
まぁ、せっかく改良したり、神器をねじ伏せたりしたイスコットさんやマーシリーケさんにとっては少し惜しいかもしれないけど。
だから、帰還の時に返すというのは別に構わないだろう。
ただ……。
「ご、御主人様……」
涙目で不安そうに顔を歪めたレイが、服の裾を引っ張りながらながら俺を見上げていた。
俺達が所持している神器を全て返還するとなれば、『灰色の槍』の化身であるレイも置き去りにする事になる。
さすがに自由意思を持ち、こんな顔までする神器を置いてくわけにはいかんよな……。
安心させるように、レイの頭を撫でながら落ち着かせる。
まぁ、あれだ……帰還する段になったらそれとなく一緒に帰ればいいや。
一本くらい神器が無くてもなんとかなるだろう。
「王女様側が提示する条件は了解した。では、六国の統一が成った時点で、そちらの召喚魔法に関する古書を引き渡してもらえる……そう考えていいんだね?」
確認するように、イスコットさんが念押してキャロリアに問う。
「そう捉えていただいて結構ですわ」
頷き、満足げにキャロリアは答えた。
「わかった……みんなも異論は無いね?」
俺達にも異論反論が無いか確認を取り、イスコットさんは「よし」と一つ頷く。
「交渉は成立だ。僕達の力が必要な時は声をかけてくれ」
差し出したイスコットさんの手をキャロリアが握り、契約成立の握手を交わす。
「ええ。よろしくお願いいたします。では、さっそくですが……」
ニコニコと上機嫌で答えながら、早々に彼女は俺達に働いてもらうであろう日時を指定してきた。
くっ……なんだ、その手際の良さは! めっちゃこき使われる予感しかしねぇ……。
「三日後にアンチェロン新王の戴冠式が行われます。その後、約七日ほどしてから、六国の王による会談が成り、さらに五日後に二つの三国同盟の大戦が勃発するでしょう。皆様には、その大戦で活躍していただきます」
すでにそうなるであろう事が決定しているみたいに、彼女はスケジュールを伝えて来る。
えーと……要するに俺達の出番は十五日後くらいって事か。
忙しくなるかもと思ったのに結構、間があるな。
それにしても、六国会議はともかく、三国同盟同士の大戦ってどういう事だ?
流れ的に、「ディドゥス、ブラガロート、スノスチ」の三国と、「アンチェロン、グラシオ、メアルダッハ」の三国の対決になるというのは解るんだが、なぜそうなるのかの過程がいまいち予想できない。
そりゃ、事が事だし揉めるだろうなということくらいは理解できるんだけどね。
ただ、どういう規模の戦闘になるんだろう……?
正直、こちらの世界の一般人を蹂躙するような事はしたくないんだが……。
「大戦とは言っても、恐らくは英雄数名による代表者同士の戦いになるでしょうから、一般兵に犠牲は出る事はありませんわ」
俺の懸念をピンポイントでキャロリアが解消してくれる。
すげぇな……俺の考えが全部読まれてるみたいだ。
ともあれ、英雄や怪物になら全力で当たれるが、普通の兵士には手加減が難しいからそちらに気を使わなくて良いのはありがたい。
……しかし、すでにそうなる事が決まっているかのように語るキャロリアの頭の中ではどんな絵図が引いてあるのだろうか。
二手先、三手先ぐらいの読みでは日時まで断定して話すことは出来ないだろうしなぁ……。
さっき彼女への評価は改めたつもりだったけど、さらに高い点数をつける必要がありそうだ。
「では、時期が来ましたら皆様に連絡いたしますので、それまでは英気を養ってくださいませ」
「馳走であった。では、またな!」
王女達が立ち上がり、帰路へと着く。
さすがにヴィトレ達も居たためか、今日はデルガムイ号ではなく、外に馬車を待たせてあった。
だが、それに乗り込もうとしたキャロリアがふと思い出したかのように俺達に声をかける。
「あ、そちらの五爪によく似た御方ですが、なんらかのトラブルに巻き込まれぬよう、顔を隠した方がよいと思いますわ」
老婆心ながらご忠告させていただきますと言い残して、彼女も馬車の中に姿を消す。
走り出す馬車を玄関前で見送った俺達に、なんとも言えない空気が漂っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
城へと戻る馬車の中、満腹感で幸せそうに緩む笑顔の英雄達とはうって代わり、向かい合って座るキャロリアを見つめるヴィトレの表情は硬い。
「のぅ、キャロリア。英雄達の代表による争いになるであろう事は妾にも読める。しかし、そこにあの神獣殺し達が絡めるとは思えんのじゃが……」
ヴィトレの言う通り、一成達は言ってしまえば部外者だ。
それが、この世界の今後を決める戦いに首を突っ込むのはお門違いというものだろう。
その辺は相手側だけでなく、こちら側も望む所ではない。
そんなヴィトレの質問に、キャロリアはその細い指先をこめかみに当てて、考えをまとめるように言葉を選ぶ。
「不確定要素が二つほどありますの……そして、それらが絡んで来る可能性が高いのは、全英雄と全英雄王族が集まるであろう、決戦の時……」
「ほぅ……。その不確定要素とやらを神獣殺し達に排除させるということか?」
「そうですわね……そうなると思います……」
キャロリアが来ると言うのであれば、それは来るのだろう。
遠くを見るような瞳で気だるげに答えた幼馴染みの姿に、ヴィトレはため息を吐く。
まったく、どこまで先を見ているのやら……。
自身もそれなりに先行きを読める方だと自負しているが、彼女の半分も読めていない。
改めて感心とも畏怖ともしれぬ感情が胸に沸き上がる。
だが、キャロリアの描く未来をその傍ら、しかも特等席で拝めるであろう喜びに、ヴィトレは我知らず口の端を歪めていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「帰る目処がついたのはいいけど、大戦か……」
ある意味、この世界で最小限だけど最大級の戦いに参加することになった訳だから、浮かない顔でポツリと呟くイスコットさんの気持ちも解る。
それに、今まで色んな英雄と戦ったりはしたけれど、俺達は一対一が主流であって集団戦になるかもしれない状況は初めてだ。
はぁ……先が思いやられる……。
「まったく、何を暗い顔をしてるのよ! もうすぐ元の世界に帰れるんだから、もっと喜びなさいな!」
呆れたようにマーシリーケさんが俺達に声をかけてくる。
「集団戦が気になるなら、私がしっかりレクチャーしてあげるから、安心しなさい!」
ドンと胸を叩いて、マーシリーケさんが言い放つ。
そうだ、彼女は職業軍人だったもんな……。
あらゆる戦場を知るであろうマーシリーケさんが、頼もしすぎて困る。困らない。
見れば、ラービ達も「姉御……」と呟きながら、彼女を尊敬の眼差しで見つめていた。
「うんうん。それじゃあ、あれね。景気付けに、今夜は街の酒場に繰り出しましょうか!」
何となく元気が出た俺達を見回して、だめ押しするようにマーシリーケさんは宣言する!
いや、俺は未成年なんですけど……。