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「……お見苦しい所を見せてしまってすいません」
散々大泣きして、ようやく落ち着きを取り戻したハルメルトは一つ頭を下げた。
「すまないな、僕も言い過ぎた」
「いえ、皆さんのお怒りも当然です。本当にすいません」
大人げなかったと反省するイスコットさんに、ハルメルトは恐縮してまた頭を下げた。すると、そのままハルメルトは床に座り込み、俺達に首を差し出すような体勢で言葉を続ける。
「皆さんを生け贄にした私達は、どのような報復をされても文句は言えません。あの村の生き残りとして、どのような罰でもお受けします」
まだ俺とそう変わらない年頃であろう彼女は、全ての咎を引き受けるべく、俺達に命運を委ねてきた。
何て言うか良くできた子だな、ハルメルトは。俺より明らかな年下にも関わらず、ちゃんと礼儀を弁えているし、自分達のしていた事に自覚も覚悟もある。
だが、明らかに少女と言っていい年頃の子にここまでの覚悟を見せられると、正直なにも言えなくなってしまう。
まぁ、たしかに強制的に喚び出されて生け贄にされた事自体は腹立たしいが、結果だけ見れば超人的な能力を手に入れた訳だし、何て言うか、結果オーライな気持ちが無いわけではない。
それに、召喚魔法が忌避されているらしいこの世界では、召喚魔法の知識を持つハルメルトが元の世界に帰るための手掛かりとも言える。
今ここで八つ当たり気味にどうこうするより、協力してもらって帰還方法を探す方が、建設的かつ合理的と言うものだろう。
女の子をどうこうするのは精神衛生上よろしくないしな、うん。
イスコットさんとマーシリーケさんの方を見れば、二人も俺と同じような考えに至ったようで、危害を加えるのは論外として、ハルメルトをどう扱うかについて思案している。
まぁ、俺達はそれでいいとして……気になる事が一つ。
「ラービ、お前はどう思ってるんだ?」
頭の中の同居人に話しかける。
『うん?なにがかの?』
「いや、お前はほら、次期の女帝母蜂候補だって言ってただろ?だからこの状況に何か思う所は無いのか?」
次期女王から脳内同居人になってしまったラービは、ある意味、一番ハルメルト達に恨みを持っているのではなかろうか?
もし何か復讐めいた事を考えているのならば、できる事ならやめさせたい。
『特に不満はないかの』
しかし、予想以上にあっさり言われて肩透かしを食らったら気分になってしまう。
「き、聞いておいてなんだが、本当になにも無いのか?」
『まぁ、全く思う所がないと言えば嘘になるがの。だが、ワレは「種の女王」より「ラービという個」である現状は悪くない気分だの』
ふむ、その辺の心境は俺みたいな一般人のガキには解りかねるな。でも、愛読書だった三国志(マンガ版)や史記(マンガ版)なんかでは王族は王族で苦労が絶えないみたいだから、その手の重責から開放されるというのは、気楽にやれて良いのかもしれない。
ふと、視線を感じてそちらに目を向ければ、座り込んだハルメルトが怪訝そうな顔で俺を見ていた。
……ああ、そうか。ラービの声は蟲脳である俺にしか聞こえないんだ。ハルメルトからすれば突然、一人で見えない誰かと会話を始めたように見えただろうし、そりゃ危ない人でも見るような目になるわな……ちょっと悲しい。
とりあえず、ラービの事を説明する。当然だが、ハルメルトはかなり驚き、また納得もしていた。
「あの村が襲撃された時、初めは大鷲蜂を攻撃出来なかったのに、急に反撃が出来るようになったのは何故なのか気にはなっていたんですが……そういう事だったんですね」
ハルメルトまじまじと俺の頭を眺めながら、好奇心に目を輝かせる。うん、その年相応の表情は良いものだ。
「ところでハルメルト。君に対する処遇について僕らの見解だが……」
イスコットさんの言葉にハルメルトはビクリと体を震わせる。
「僕らの帰還に協力してくれるなら貸し借り無しにしたいと思う。マーシリーケにカズナリも、それでどうだい?」
「私はそれでいいわよ」
「俺も異議なしです」
俺達の同意の言葉に軽く頷いて、イスコットさんはハルメルトに手を差し出した。
「本当に……それでいいんですか?」
「ああ……よろしく頼むよ」
ハルメルトがごちゃごちゃと迷わないですむよう、あえて簡潔に答えたイスコットさん。その彼なりの配慮を感じたのか、彼女はそうっと手を伸ばし、差し出されたイスコットさんの手を握った。
よし、ひとまずこれで、今までの事に一応の決着はついた。次はこれからの事についてだ。
先程、ハルメルトが召喚した巨大スライムとの戦いで、俺達か拠点として使っていた小屋は既にその残骸しか残っていない。
「頑張って造ったのになぁ……」と、少しだけ悲しげにイスコットさんは呟いたが、小屋が破壊したのは八割方は彼なのでそこは仕方がないと思う。
とりあえず、新たに拠点として住む場所を作るか、あるいはハルメルトの村に行き、被害の少ない家を修復してそこを拠点にするか……。
その辺りを相談していた時、マーシリーケさんが手をあげた。
「あのさ、いっそのこと、王都辺りに拠点を作らない?」
突然の申し出に少しだけ面食らったが……なるほど、それはそれでアリかもしれない。
木を隠すには森の中と言うし、ある程度栄えている場所の方が目立たず活動出来るだろう。
それに王都とかなら図書館なんかもありそうだし、召喚魔法についても調べる事が出来るかしれない。
「私の作った薬や、イスコットの作った試作の武器や防具を道中で売れば、王都で暮らす軍資金くらいにはなると思うしね。どうかしら?」
金を稼ぐ手段がない、俺やハルメルトは異論はなし。イスコットさんも仕方ないかと同意した。
あれ、でも小屋と一緒に、イスコットさんの工房も破壊されてしまったんじゃ……?その事を訪ねると、イスコットさんは少し迷いながらも答えてくれた。
「僕の言う工房とは、正確にはあの小屋に設置されていた訳じゃ無いんだ」
そう言いながら、イスコットさんが宙に手をかざして何事かを呟くと、空間の一部に歪みが生じた。
「僕の世界では、一流の技士は技術の漏洩や、製作物の盗みを防ぐために、魔力による別空間の作業場を兼ねた保管庫を作る。それが『工房』さ」
覗いて見るかいと言われ、俺は恐る恐る空間の歪みに首を突っ込んだ。そして、そこに広がる光景に驚嘆する。
俺達が使用していた拠点とは比べ物にならない広さのその空間には、巨大な炉やよくわからない道具が整然と並べられている。
さらに工房内にはいくつかの扉があり、おそらくそこが製作した武具や素材なんかが納められているのだろう。
うーん、それにしても、プロの仕事場はスゴいな。何と言うか、オーラに満ちている気がする。
「本当なら他人に見せたりはしないんだが……まぁ、いいか」
俺達がその手の技士ではない事もあってか、秘伝の工房を見せてくれたイスコットさんは工房を賞賛する俺達の言葉に満更でもなさそうだった。
さて、疑問も解消できたし、あとは出発するだけだが、俺達はまずハルメルトの村に向かう事にした。
ハルメルトの私物回収や、召喚魔法について何らかの手掛かりを探す為であり、ついでに女王母蜂の死骸から武器や防具の素材を得るためである。
「ハルメルト、俺におぶさりな」
俺達の速度にハルメルトではついてこれないだろうから、荷物のほとんど無い俺が彼女を背負う。
「振り落とされないようにしっかりと捕まっておけよ」
「は、はい」
ギュッとしがみつく背中の重さと体温に、幼い頃に妹をおんぶしていた頃を思いだし、少し頬が緩む。
「それじゃ行こうか」
イスコットさんに促され、俺達は風を切って走り出した。




