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「まぁまぁ、妾達の紹介は後にして、先ずはお主らの名を聞かせてくれ」
有無を言わさぬ強引さ、貴族系の年長っぽい口調、優雅で気品のある立ち振舞い……ま、間違いない!
こいつは、本物の貴族って奴に違いねぇ!
いや、キャロリアとかナルビークみたいな王族とか、グラシオの族長さんみたいな偉い人とは交流があったけど、割りと気さくで丁寧だったから、こんなテンプレみたいな貴族は逆に新鮮だ。
「くっ……口調被りじゃとぅ……ワ、ワレのアイデンティティが……」
いや、いったい何に脅威を覚えてるんだ、お前は。
一人警戒するラービはともかく、どうやら俺達を見に来ただけみたいだから、ここは無難に流しておこう。
とりあえず相手の素性は置いといて、簡単に自己紹介だけしていく。
そして、リョウライ達の番になった時。
「ゲェー!!」
当然、向こうのゴリウーな戦士が、超人みたいな大声を出した!
「あ、あいつ、アレですよぅ! スノスチの『五爪』の一人、『竜爪のリョウライ』です!」
しまった! リョウライの素性を知ってる奴がいたのかっ!?
即座にゴリウーとロリキャラが、貴族風とキャロリアを庇うように前に出る。
「ま、待ってください!」
一触即発の空気が流れそうになった時、リョウライの隣にいたユイリィがそれを止めた。
「この人は私の夫です! 」
どさくさ紛れて、何言ってんだ君ぃ!
「それに、スノスチの英雄ならば耳尾族のはずではありませんか! 夫は普通の人間種です! 他人のそら似です!」
リョウライを庇うように抱き付き、ユイリィは懸命に言い張る!
だが……必死なのは私のは解るけど、その言い訳はいくらなんでも苦しいだろう。
それで言い繰るめられる奴は、相当ボケてるぞ?
「な、なるほど……言われてみれば……」
ユイリィの言葉に、向こうのゴリウーが警戒を緩めた。
いたよ、相当なのが……。
「まぁ、そちらの御仁が五爪ではないと言うなら、そういう事でよい」
貴族風の娘がそう言うと、ゴリウーとロリキャラが武器を下げて元の位置に戻る。
「確か、五爪のリョウライは金髪の耳尾族の妻を持つ妻帯者。そちらのご婦人とは姿形が違いますものねぇ……人違いという事にしておきましょう」
事を荒げない為にか、キャロリアも乗ってきた。
だが、この場で新参のリョウライが元五爪だと見抜いていながら、それを飲み込むキャロリアと貴族風の器といい、他国の英雄の身内に関する外見的な特徴まで知っている情報網といい……マジで底が知れない。正直、少しゾッとした。
割りと呑気な王女だと思っていたが、キャロリアへの評価を改める必要がありそうだ。
「さて、そちらからの自己紹介も済んだし、いよいよ妾が何者か教えてやろう」
貴族風がニヤリと笑って胸を張る。
「妾の名はヴィトレ・ラート・タハシラル! 隣国メアルダッハの第一王女である!」
へぇ……彼女も王族だったのか。
「……リアクション薄くないか?」
なんていうか「ふーん」て感じの俺達の反応に、逆にヴィトレが不安になったのかキャロリア方に向き直す。
「彼らはマイペースですし、国家に帰属していませんから」
ヴィトレの反応が可笑しかったのか、口元を隠してキャロリアが答える。
釈然としない表情を浮かべつつ、ヴィトレは後ろに控える二人の戦士にも自己紹介するように命じた。
「あー、自分はメアルダッハ所属の『六斧』の一人でウォーリ・ロンベヌクといいます」
「同じく『六斧』の一人、ルプシャフト・シィガと申します。以後、お見知りおきを」
丁寧にお辞儀するゴリウーとロリキャラ。
つーか、コイツら英雄だったんか。
うーん、まぁ神器っぽい斧を持ってるし強そうだなとは思ったけど、ちょっと緩そうなゴリウーと年端もいかないロリキャラが英雄とは……。
いや、待て待て。外見で判断するなんて、痛い目を見るフラグじゃないか。
第一、それを言ったら俺達だってイスコットさんとリョウライを除けば女子供の一団だ。
ここはむしろ、ちょっとアレなのに英雄を名乗れる彼女達が優秀なんだと判断しよう。
「それにしても、わざわざキャロリア王女が親密そうな他国の王女まで連れて我々の所に来た……ということは、貴女の計画の全貌を聞かせてもらえるという事でいいんですか?」
どうやらそれなりにキャロリアの野望を聞いているらしいイスコットさんが彼女に問う。
「ええ、もちろん。ですが、その前に……」
キャロリアはヴィトレと顔を見合わせる。
そして一言。
「「ご飯!!」」
声を合わせて言い放つ!
うん? 何かの聞き間違いかな?
「異世界の食事とやらを、妾達に馳走してくれ!」
「お話はそれからという事で……」
うん! 聞き間違いじゃなかった!
王族とかの立場をぶん投げた、清々しいまでにストレートな要求に、俺達は唖然とする……。
見れば、向こうの六斧の二人も疲れたように頭を押さえていた。
ああ、さてはいつもの事なんだな……。
察した俺達の生暖かい視線に、彼女達は曖昧な笑みを返してくるのだった……。
「さて……そう言われても、困ったな。もう昼は済ませちまったし……」
俺の呟きに、キャロリアとヴィトレが愕然とした表情になる。
おいおい、それって王族がしていい顔じゃないぞ!
「そ、そんな……今日は皆さんがお揃いになってると聞いて、急いで公務を終わらせましたのに……」
「キャロリアに聞いて、楽しみにしておったのに……」
ぽろぽろと涙を流しながら絶望に打ちひしがれる二人の王女の姿は、なんだかこちらが悪い事をしているような気分にさせられる。
だけど、もうちょっとさぁ……君ら王族でしょ?
なんとかならないかと、ラービの方を見れば、彼女は難しい顔をしていた。
「うーむ……夕飯の為の材料を使えばなんとか……」
なるほど……しかし、それを使えば下手すりゃ晩飯抜きってことか。
こんな娯楽の少ない異世界では美味い飯くらいしか楽しみがない。
それを犠牲にするには、ちょっと惜しいよいうな……何て事を考えていたら、王女達と目が合った。
ただでさえ整った顔立ちの二人が、小型犬みたいにうるうると瞳を潤ませながら見つめてくる。
反則だろ、そんなの……。
俺は皆に無言で是非を問うと、全員が仕方ないと言わんばかりに首を縦に振った。
「ラービ、彼女達に飯を作ってやってくれ。腕によりをかけてな」
俺達の晩飯を犠牲にするんだし、どうせなら満足してもらいたい。
「ああ、任せておけい!」
主婦魂に火が入ったラービは、まるで戦場に赴く戦士のごとく、王女達の期待を背に受けて台所へと向かった。