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「いきなり、何を言ってるんだ……」
自分の分身であるユイリィの言葉にリョウライ自身が戸惑いを見せる。
「この身体は別となりましたが、主様が奥方様の事を気にかけている気持ちは伝わってきております……」
少し寂しげにユイリィは言う。
確かに蟲脳の別人格は、本体の記憶や経験なんかも継承するから、直前までのリョウライが思っていた事を知っていてもおかしくはない。
彼がまだ奥さんを引きずっているなら、それを察しての言動なんだろう。
「いやいや、裏切られてたんだから気にかけるとか無いでしょう?」
マーシリーケさんの言に、女性陣はうんうんと頷く。
だが、俺とイスコットさんだけは頷く事はできなかった。
だってさぁ、元の世界に帰る事を諦めてもいいくらい惚れてたんだろ?
んで、裏切られていたって言ってもディセの証言だけだし、どっかでまだ期待してる部分はあると思うんだよなぁ。
男の方が未練がましいなんて言われるけど、そういうもんなんだから仕方がない。
しかし、ユイリィの申し出にリョウライはどうでるのか……。
「……お前が俺の気持ちを察してくれた事は嬉しく思う。だが、俺はスノスチに戻るつもりはない」
キッパリとリョウライは申し出を断った。
「ですが……」
「いや、俺は既に死んだ事になってるだろう。ならば下手に動き回った方がアイツらに危険が及ぶ……」
自身の気持ちよりも、スノスチにいる奥さん達の安全を考えて戻らないという選択をしたリョウライに、ユイリィはグッと言葉を飲み込む。
本心で言えば確かめたい気持ちはあるだろうに……ちっ、男らしいじゃないか。
「それにな……裏切りが本当だったら……もう立ち直れない。多分吐く」
前言撤回。
野郎、最高にカッコつけて、最高にカッコ悪い台詞を言いやがった!
しかし、そんなリョウライに対して感極まったような顔でユイリィはリョウライの胸に飛び込んで行く。
「私は……私は決して貴方様を裏切ったりしません!」
リョウライの胸元にすがり付きながら、決意と共に様々な感情が入り交じった声でユイリィは告げた。
そんな彼女をそっと抱きしめ、「ああ……」とだけリョウライは呟く。
なんだか、すごく昼の連ドラみたいな雰囲気だな……。
でも、そんな空気のせいなのだろうか……なんて言うか、ユイリィの背中に獲物を仕止めた捕食者というか、「天然のあざとさ」みたいな気配を感じるのはなぜだろう……。
俺の隣で二人のやり取りを見ていたラービも、「むぅ、やりよる……」と唸っている。
うーん、どうやら俺の勘違いではないらしい。
まぁ、あとはアイツらの問題だし、俺が口を挟む事じゃないか。
「カズナリ……悪いが『竜爪』を返してくれないか」
「ん? ああ……」
まぁ、スノスチに属する気がないなら別に渡してもいいだろう。
仮に暴れても、アイツが後悔するレベルで鎮圧できるだろうし。
俺はレイに言って、彼女が保管していた神器をリョウライに引き渡す。
それを受け取ったリョウライは早速身に付け、久しぶりの感触に満足したように軽く拳を振るった。
「……こうなると、私だけ神器を持ってないのが寂しいわよね」
俺達を見回して、少し拗ねたようにマーシリーケさんが言う。
確かに、俺は『灰色の槍』、にイスコットさんは『赤の槍(改)』。
そしてリョウライは『竜爪』と、蟲脳の異世界人で神器を持っていないのは彼女だけだ。
分身体の中でも、ラービは『蟲の杖』持ちだしな。
「とりあえず、滷獲した『神器・虎爪』ならありますが……」
レイが告げると、マーシリーケさんは嬉々としてそれを貰おうとする。
だが、ちょっと待って欲しい。
どんな呪いが発動するか解らんのですよ?
一応、注意を促そうとしたが、すでにマーシリーケさんは『神器・虎爪』を装備してしまっていた。
早いって! 少しは話を聞いてくださいよっ!
「んー、特に何も……」
彼女が言いかけたその時、手甲から伸びた虎の爪を思わせる刃が鈍い光を放つ!
その光に呼応するように、ぐにゃりと空間が歪んで何かが姿を現す!
「おお……」
姿を現したそれを見て、マーシリーケさんは感嘆の声を漏らした。
彼女の視線の先、そこにいたのは一頭の巨大な虎の魔獣!
わりと広いこの食堂が少し狭くなったように感じる程の存在感を醸すその虎は、唸り声を上げながら今にも飛びかかっていきそうだ。
「ふーん……ねぇ、この虎を倒せば神器は私の物になるのかしら?」
緊張感の無い口調で、マーシリーケさんはリョウライに問いかける。
「おそらくそうだろう。俺の時もそんな感じだった」
なるほど、超高熱とか超低温とか超悪臭に比べたら解りやすい。
「ちなみに倒せなかったら?」
「死ぬ」
簡単に言うリョウライ。それもまたシンプルで解りやすいな。
そんな中、タイミングを計っていた虎は、普通に佇むマーシリーケさんに一声吼えて威嚇し、それと同時に一気に襲いかかる!
ズラリと並んだナイフのような爪がギラリと光り、マーシリーケさん目掛けて振り下ろされて、彼女の身体を引き裂いた!
「残像よ」
確かに殺ったと思ったハズの彼女がいつの間にか虎の耳元に移動して声をかける。
すると、流石の虎にも一瞬驚愕の表情が浮かび、その顔のままマーシリーケさんが振り下ろした手刀に頚骨を砕かれて絶命した!
まるで某格闘漫画の「人喰い」の異名を持つ空手家みたいな、スムーズな虎殺しに、俺達は思わず拍手で彼女の強さを讃える。
スピード特化のはずなのに、パワーもあるからこの人はおっかねぇ……。
「で、この神器はどんな能力があるの?」
「たしか、隠密性と敏捷性が上がるとかなんとか……」
前の持ち主と戦った時にそんなことを言ってたような気がする。
「ほほぅ……それは私にぴったりね」
ジャリンジャリンと爪状の刃を某ミュータントみたいに擦り合わせる彼女は頼もしすぎて引くレベルだ。
しかし、これで戦力的には問題無い。むしろ少し過剰戦力かもしれない。
なんせ、一国の戦力に匹敵するだけの神器と蟲脳が揃ってるんだからな。
万が一、ナルビークが強硬手段を取ってきても撃退はできるだろう。
「そういえば、新国王の御披露目っていつなんだ?」
「えっと、私達が雷舞堺城を出た日から計算すると……多分、三日後くらいだと思います」
俺達の中でもっともスケジュール管理が出来ているハルメルトが答えてくれた。
しかし、そうか……三日か。
その間、久々に脳内組手でも……等と考えていると、屋敷の外で馬の嘶きが聞こえた。
次いでチリンチリンと呼び鈴の音が鳴る。
もしかして……という思いを抱きながら玄関に向かうと、
「お久しぶりです、皆様!」
満面の笑みを浮かべたキャロリアの姿。
「ほぅ、こやつらが例の異世界からの訪問者か!」
そして、長身の女性とロリキャラの二人の護衛を引き連れた、彼女と同年代とおぼしき貴族っぽい女の子。
って言うか、誰だよこの人ら……。