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俺達が見詰める先で、少し戸惑っていたような彼女だったが、リョウライの姿を見付けると、パッと顔を輝かせた。
そのままトタトタと彼に駆け寄り、ギュッと手を握る。
「初めまして、主様!こうしてお話ができるなんて、夢のようです!」
嬉しそうな黒髪の彼女に対して、リョウライは少し狼狽えながらも「あ、ああ……」と頷く。
ふむう……見た目は俺より年上っぽいけど、中身はノアやジーナに近い感じかな?
こう、主従関係がしっかりとできている雰囲気が伝わってくる。
そんな彼女達とは違い、最初から超対等な立場で接してきた相方を俺は見つめた。
ジッと見られていることに気づいたラービは、なんか照れながら小さく手を振ってアピールしてくる。
いや、別にそういう訳じゃ無いんだが……とは思いつつ、俺も小さく手を振り返す。
さすが次代の『女帝母蜂』候補だっただけあって、余裕がありやがる。
まぁ、上下関係よりは横並びの間柄の方が気楽でいいか。
さて、そんな事を考えている内にリョウライも状況に馴れたみたいだ。
ようやく黒髪の彼女を受け入れた所で、イスコットさんが彼女に名前を付けてあげるように勧めている。
「名前……名前か……」
色々考えてるのか、ブツブツと呟くリョウライを、黒髪の彼女はワクワクした表情で見ている。
それって結構プレッシャーなんじゃ……。
「うん……『ユイリィ』というのはどうだろう?」
リョウライが告げると、黒髪の彼女はパァッと顔を輝かせた。
そうして「ユイリィ、ユイリィ……」と自分の名前を何度か繰り返す。
「素敵な名前です……ありがとうございます、主様」
気に入ってもらえて何よりと、リョウライも胸を撫で下ろす。
日本語に自動翻訳されてはいるけど、あの名前にも何か意味は有るんだろうなぁ……。いずれ聞いてみよう。
とりあえず命名はすんだ。……あれ、あとやる事が無い?
考えてみれば、俺達は基本的に受け身の姿勢しか取れない。
積極的に動けば、余計な問題を引き起こすだけだからなぁ……。
かといって、現状はあんまりのんびりともしていられないだろうし、さてはて……。
「とりあえずはジタバタしても仕方がない。『巣穴に戻らぬ竜は取れない』と言うし、ここは準備だけでも万端にしておこう」
イスコットさんの世界の諺だろうか……独特の言い回しにちょっと興味を覚えた。
それはさておき、確かにいつでも動けるように備えておくのは大事だな。
考えてみれば俺の鎧もボロボロだし、一度しっかりとメンテしてもらった方が良いだろう。
だが、ふと気になった事があり、イスコットさんに尋ねてみる。
「そういえば、俺達が帰って来たときになんか爆発してましたけど、『工房』で何を作ってたんですか?」
何気ない俺の問いかけに、イスコットさんとジーナの目がギラリと光る!
「よくぞ聞いてくれた。実は僕用の新作武器を作っていたんだ!」
ニュッと何もない空間に手を突っ込み、次いで腕を引き抜いた時、その手に一本の斧槍が握られていた。
真っ赤な柄に槍の穂先と半月状の大振りな刃が付いたそれは、以前イスコットさんが愛用していた炎の噴き出す戦斧よりも凶悪そうに見える。
実際、彼の事だからなんらかのギミックは組み込んでるだろうし、戦場では破壊を撒き散らす事になるんだろうなぁ……。
ただ、気になる事がひとつ。
なーんか、あのハルバードの柄の部分から穂先のまでのライン……どこかでみたような……?
「実はこれ、『神器・赤の槍』を組み込んだ武器なんすよ!」
イスコットさんより先に、得意気にジーナが宣言する。
なろほど、言われてピンと来た!
そうだよ、あれは俺が戦った『七槍』の人が使ってた神器だ!
いやー、すっきり……しねぇ!
一体、彼はどんなルートで入神器を手したんだ? でもって、さらにそれを改造って……。
「神器の呪いは発動しなかったのですか?」
俺も少し気になっていた所をレイが質問する。
そう、確か『赤の槍』は相応しく無い者が振るおうとすれば高熱を発して、不届き者を焼きつくすとかいう恐ろしい呪いだったハズだが……。
「ああ、最初は凄い熱を放ってた」
やっぱり!
じゃあ、どうやってそれを克服したのだろうか?
「鍛冶仕事で使う、超耐熱性のグローブを着けてへし折ろうとしたらおとなしくなったよ」
……予想外の力業だった。
って言うか、なんですか、へし折るって……。
「いや、扱えないならバラして材料にしようかと思って……」
うーん、これが鍛冶師の発想ってやつなんだろうか?
さすがのレイも呆れた……と言うより、茫然として言葉も無い。
「それでね、高熱を発生させる神器の特性に合わせて、熱伝統率の高い金属で作った刃を組み合わせる事で……」
興が乗って来たのか、そのハルバードの性能解説を始めるイスコットさん。
ヤバい! 話が長くなりそうだ!
「あー、プレゼン中に悪いんだけど、その神器はどうやって手に入れたのか聞いていい?」
マーシリーケさんの質問に、暴走しかけたイスコットさんがピタリと止まる。
「そうだったな。と、言っても別に大した話じゃなくて、単に適合者がいないから神獣殺しで使ってみませんかって事で城から送られてきたんだ」
城から……。となると、これは二重の意味で厄介払いか?
俺と同じような結論に至ったのか、マーシリーケさんも「むむっ」と思案している。
要は持て余した神器を俺達にぶん投げつつ、ディドゥスの注意を俺達に向けさせるって事なんだろう。
こちらとしては戦力増強はありがたいけど、余計なヘイトを向けられるというプラマイゼロの……いや、ちょっとマイナスかな?
でも、元々俺が七槍をぶっ飛ばした事で目をつけられていただろうしなぁ……。
うん、ここはポジティブにプラスと考えよう。
「まぁ、行けるとこまでやってみるかと、更に改造しようとしたらさすがに上手くいかなくてね、それでさっきの爆発と言うわけさ」
イスコットさんの言葉に、ジーナが申し訳なさそうにしょぼんとした顔付きで項垂れる。
なるほど、そういう事か。
まぁ、失敗したのは盛りすぎたのか、神器が抵抗したのかは定かじゃないけど。
「とりあえずは、これ以上手を加えるのは無理みたいだから武器の方は置いといておこう。それよりも、みんなの防具を整備するから出しておいてくれ」
言われて俺はコンパクトに畳んで収納してある鎧を渡す。
皆の鎧をチェックしていたジーナが、腹部に大穴が空いた俺の鎧を見て、小さく驚いていた。
「これは……なんとも派手にやったな」
呆れたような、感心したようなイスコットさんの呟きに、リョウライがこっそりと得意気な顔をしていた。
「さて、それじゃあ私達はどうしましょうかね……」
ノアやハルメルトと、わいわい話し合うマーシリーケさん。
最早、ひとつのチームとなっている彼女達を尻目に、俺達も次の行動の時までどうやって過ごすかを相談する。
と、その時。
「申し訳ありませんが、私と主様にしばらく別行動を取る許可をいただけませんか?」
ユイリィがおずおずと手を挙げて提案してきた。
それは構わないだろうけど、どこに行こうってんだ?
ま、まさか、二人っきりで爛れた大人の時間を過ごすつもりじゃ……。
そんなゲスの勘繰りを、まんざらでも無いような顔でユイリィは否定した。
「実は……一度、スノスチに向かおうと思います」
その唐突な申し出に、俺達だけではなく主であるリョウライまで鳩が豆鉄砲を食らった様な表情になっていた。