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「いよう! 待ちくたびれたぞ、キャロリア!」
三人の女の内、真っ先に入室してきた女性がキャロリアに抱きつく!
「貴女はまさか……ヴィトレ王女か!?」
「うむ。そちらも久しぶりよな、バイル王とナルビーク王子」
ナルビークに指摘された彼女、ヴィトレ・ラート・タハシラルはニヤリと笑って挨拶をした。
彼女はナルビークやキャロリアとは幼馴染みではあったが、ここ数年は面識の無い。
そんなヴィトレがこの場に姿を現した事に、ナルビークも少々面食らう。
「ヴィトレ様ぁ……もうちょっと場の空気読みましょうよぉ……」
王女と呼ばれた彼女を嗜めるようにしながら部屋に入ってきたのは、コルリアナに匹敵するほどの筋肉と女性らしい脹らみを帯びた長身の女性。
少し日焼けした肌と、雑そうな外見からは思いもよらぬほど手入れの行き届いた艶やかな髪を纏めた彼女は、王女の自由さに振り回されている気疲れした空気を漂わせていた。
「ヴィトレ様に言っても無駄です。いざとなったら、ひっぱたいて止めてあげればいいんですよ」
少し物騒な事を言い、まだ少女と呼んで差し支えないくらいの外見をした女の子が姿を現す。
ロール状に巻かれた髪をふわふわと揺らしながら、室内の人間を値踏みするように見回し、フンと勝ち気そうに鼻を鳴らした。
特徴的でありながら魅力的でもある彼女達だったが、何より目を引いたのは携帯しているその武器だった。
長身の彼女が持つのは大振りな手斧。
体躯の大きい彼女と比較するとそれほど大きくは見えないが、常人から見れば片手で振るえるようなサイズではない。
さらに異様だったのは少女が背負うバトルアックス。
全長は、持ち主の身長とほぼ同等。普通に考えれば振り回されるどころか持ち上げるだけでも大変そうだ。
そんな彼女達の正体は、メアルダッハ国の王女、そして同国の英雄『六斧』のメンバー。
この場にいてはならないはずの連中を引き入れおきながら、キャロリアに悪びれた様子はない。
「なるほどな……まさかメアルダッハを後ろ楯につけていたとはな」
苦々しい思いを噛み潰しながら、ナルビークは思考を回転させる。
奴等はどこまでキャロリアに賛同しているのか?
もし、自分達が徹底的に敵対すればどう出るのか。
……その答えは明白だった。
「我等の負け……だな」
バイルがポツリと敗北を告げる。
悔しいが、ナルビークも同じ意見だった。
五剣に加え、メアルダッハの王女に六斧の二人。
これが相手では、日和見主義な大臣達の加勢も望めないだろう。
何より、力ずくで来られた場合はこちらの命が危ない。
意見の食い違いによる最終手段は純粋な武力に頼る事になる……王族同士であるからこそ、それがよく解っていた。
ほぼ丸腰のこちらと、一騎当千が七人のキャロリア側……。
さっさと手を上げ、次の機会を待った方が良いに決まっている。
「悲しい事故が起きなくてホッとしましたわ。では、お父様。改めて王の指名をお願いいたします」
バイルは嘆息しながらも、ある意味『稀代の王』が誕生するかもしれない現状に、ほんの少し満足感を覚える。
しかし、妹に王座を簒奪された王子は、その心に暗い炎を宿しながら復讐を誓っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
雷舞堺城を出てから七日ほどたってから、俺達はようやくアンチェロンの王都にたどり着いた。
本来であればもっと早く到着していたのだが、マーシリーケさんが「少し鍛え直してあげよう」とか言い出して、こんな日数になってしまったのだ。
いや、確かに急ぎでは無かったけどさ?
だからって思い付きであんな地獄のような訓練をしなくてもいいじゃないか……。
やれ罰ゲームで腕立てだとか、やれ腹筋だとか、やれ目隠しでナイフを避けろだとか……どっかの軍人かよっ!
……あの人、軍人だったわ。
そんな訳で、なぜかリョウライも巻き込みながら久々に死地を潜り抜けてきた俺達は、王都に到着して安堵の溜め息をついた。
「ほらほら、まだ終わって無いわよ」
鬼の声が聞こえた気がする。
「それじゃあ、屋敷まで競争ね。ハンデとして、私は道なりにしか行かないから。ちなみに私より遅かった場合、ハルちゃん以外は腕立て千回よ♪」
お父さん、お父さん……魔王が何か言ってるよ……。
あ、ちなみにハルメルト以外というのはノアも例外では無いと言うことだ。
自分の分身である彼女にも容赦しないマーシリーケさん、恐るべしである。
「うふふ……お姉さまに罰っしていただけるなんて……でも、全力で挑まなくては、お姉さまに失礼だし……」
なぜか頬を赤らめながら身もだえするノア。
うん、なんか怖いしほっとこう。
ある意味、幸せそうな彼女を生暖かく見守っていると、唐突な「スタート!」の掛け声と共に手を打ち合わせる音が響き渡る!
しまった! 油断していた!
反射的に振り返れば残像だけを残して、すでにマーシリーケさんは駆け出している!
「お姉さまぁ!お待ちになってぇぇ!」
至福の笑みで、捕食者の如くそのままマーシリーケさんを追うノアに対し、俺達は建物を乗り越えながら一直線に屋敷に向かう方法を選択する!
「いくぞ! ラービ、レイ!」
「「応っ!!」」
心得たもので、即座に俺達は連携して目の前の建物に飛び上がり、屋敷を目指す!
「おい、ちょっと待て! 俺は屋敷の場所なんて知らないんだぞ!」
下でリョウライが叫ぶが、足手まといを連れてはいけない(罰ゲームが嫌だから)!
腕立て、頑張ってね。
「ハルメルトなら場所を知ってるから、彼女に案内してもらえ!」
最後にアドバイスだけして、俺達はパルクールよろしく町の中を駆けていった!
「っらあぁ!」
迫り来るマーシリーケさんより一歩早く、俺達は拠点にしている屋敷の前にたどり着いた!
「なかなかやるわね。鍛え直した甲斐があったわ」
軽く息を切らせたマーシリーケさんが、少し嬉しそうに言う。
つーか、何でその程度の息切れなんスか?
それに、建物を乗り越えて真っ直ぐ進んできた俺達と違い、人通りもある往来をさほど変わらない到着時間で駆け抜けて来るってのもおかしいでしょう!?
「カズナリも鍛えればいつかできるわよ。さて……それよりも、到着してないのは、ノアとリョウライか……」
まだこの場に到着していない二人を、静かにではあるが確実にシゴくべく、マーシリーケさんの瞳に炎が燃える。
ううん、御愁傷様……。
それはさておき……とりあえずは水の一杯も飲もうと、屋敷の玄関を開けようとしたその時!
ドカンという爆発音と共に、屋敷の奥の方から衝撃が響き、もうもうと煙が舞い上がった!