163
「お前達は……自分達が何をし、何を言っているのか理解しているのか……?」
恐る恐る……まるで未知の生き物に尋ねるような口調でバイルは問いかけた。
そんな父に、キャロリアは小さなため息を一つ吐いて仕方がないなぁと言わんばかりに再度説明をする。
「よろしいですか? 現在この人が生きていける生活圏内では、アンチェロンを始め、ディドゥス、ブラガロート、グラシオ……」
再び指折りながら先程よりもゆっくりと六つの国の名を上げていく。
「……で、これらの国を解体して、一つの国家として再構築すると……ご理解いただけましたわよね?」
デキの悪い生徒に根気よく教える教師の如く、キャロリアはにっこりと微笑む。
そんな娘にバイルは心底呆れたような顔になっていった。
「馬鹿か貴様らは! 揃いも揃って寝言のような事をっ!」
激しく激昂するナルビークとは対照的に、落ち着き払ったキャロリアはわざとらしく小首を傾げて見せた。
「寝言とは随分ではありせんか、お兄様。できもしない事など口にはいたしませんわ」
「だったらお前は、どうやってそんな夢物語を実現させるつもりだ!」
大臣の一人が揉める二人の間に入ろうとしたが、それを王が制する。
「キャロリア……お前の言う事は……」
「神獣殺し」
口を開き苦言を呈しようとしたバイルの言葉を遮って、キャロリアが口にした名に父と兄はピクリと反応した。
「この国の為だけに彼等を使うと言うのであれば、お兄様のやり方が正しいのでしょう。しかし、そんな視野の狭いことでよろしいのですか?」
「王が自国の利益を第一に考えるのは当然の事だ! 少なくともお前よりは現実を見ている!」
「正論ではありますね。しかし、足元ばかり見て上を見ることができないなら安寧を貪り、眠っているのと変わらないでしょう?」
辛辣な彼女の言葉にナルビークはまたも表情を固くするが、反論はせずに妹の言葉の続きを待つ。
「今、英雄を越える力を持つ者達がこの国に集まっています。彼等を力を借りれば私の描いた絵図が夢物語では無い事を理解していただけるはずです」
「勝てぬのか、英雄達でも?」
この世界で最強の戦力である英雄を越える存在と言っても、そうそう信じられる物ではない。
キャロリアの口からでらはなく、当の本人達に王の疑問に答えるよう、彼女は五剣に視線をやった。
「まぁ、はっきり言って勝てませんやね。少なくとも、アタシは一対一で戦れってんなら降伏しますよ」
岩砕剣のコルリアナがあっさりと認めお手上げと言わんばかりに両手を上げる。
「例えば、我ら五剣が全員でかかるなら一人くらいなら倒せるでしょう。しかし、全滅するの我らと判断します」
轟氷剣のティーウォンドはその戦力差を冷静に計って答えた。
「私はほんのさわりくらい……しかもカズナリさんの力しか見ていませんが、ティーウォンドとコルリアナの言葉に間違いは無いと思います」
雷舞剣のサイコフが二人に同意して頷く。
「こいつらがそう言うのであれば、そうなんだろう」
短くそう答えたのは赤毛の戦士。
歳は二十歳前後くらいの若い青年だったが、他の五剣に負けず劣らぬ技量を感じさせる。
炎陣剣のイーサフ・リカン。
それが彼の名だった。
「私は直接、合間見えた事はありませんが、彼らの判断を尊重します。何より、キャロリア様が敵対するなとおっしゃられるならそれに従います」
逆に言えば戦えと言われれば、勝てずとも戦う。
そんな決意と忠義を言葉の裏に込めて、斬然剣のラブゼルは優雅に返答した。
「……なるほどな、五剣が揃いも揃ってそう言うのであれば、私が神獣殺しの実力と五剣の力を見誤っていたと言うことだろう……」
ナルビークがチクリと嫌味を込めつつ、自らの目測の違いを素直に認める。
「だが、五剣に勝てるからと言っても、他国の英雄達に勝てると思っているのか! 現に三国同盟の英雄を相手にグラシオの英雄の力まで借りて、そのほとんどを取り逃がしているではないか!」
先のグラシオでの戦いで討ち倒したのは、スノスチの『爪』の英雄二人のみで、『槍』と『杖』の英雄には逃げられたと聞いている。
しかし、その裏には英雄に損害の出ていないスノスチにダメージを与え、かの国の優位性を消してバランスを取るといったディドゥス、ブラガロートの思惑があった事をナルビークは掴んでいた。
つまり、本気で戦ったのは『爪』の英雄のみなのだから、他の二国が本気で戦っていれば戦局はどうなっていたかわからないと言うことだ。
「その程度の神獣殺し達に全てを賭けるなど、正気の沙汰ではない。理想ばかりが先に立ち、現状が見えていないんだよ、お前は!」
ビッ! とキャロリアを指差して、ナルビークは言い放つ!
だが、キャロリアはクスッと笑うと、兄に真っ向から反論した。
「お兄様こそ、自らの目や耳で見聞きしてもいないのに都合良く解釈しすぎですわ。私は彼らとこまめに会い、どのような戦いであったかを細かく聞いております」
確かに、キャロリアはマメに神獣殺しに与えた屋敷に出向いて、彼等と交遊している。
能天気に遊んでいるとしか報告を受けていなかったナルビークは、今さらながら妹の周到さに怒りを覚えるが、それをグッと飲み込んだ。
「それに……彼らはすでに幾つかの神器を手に入れ、それらを使いこなしています」
キャロリアの言葉に、この場にいる全員がザワリとする。
だが、それも当然だ。
彼女の言葉は、英雄の持っているアドバンテージがほぼ無くなったと言っているも同然である。
「そうか……数日前に報告があった『大鷲蜂が大量飛来するも被害は無し』といったアレも……」
父の呟きに、キャロリアは頷いて、「間違いなく彼等の力でしょうね」と肯定した。
英雄を越える力と神器を携えた神獣殺し。
そこに五剣が力を合わせれば、先のキャロリアの言もあながち夢物語とは言えなくなってくる。
「キャロリア……お前は、各国の解体と再構築を、第一歩と言ったな……。その先に何を見ている?」
彼女の言葉に興味を示し始めた父を、ナルビークは怒鳴りつけたい気持ちで一杯だった。
しかし、今それをすれば己の器の小ささを露呈することになる。
何より、キャロリアが何を目指しているのか知らなければ反論もままならない。
だからナルビークも沈黙し、彼女の言葉に耳を傾ける。
「私の最終目標は……」
そうして、キャロリアは語った。
己の目指す場所と、そこに至るための手段を。
「正気ではない……」
誰かが呟いた。
しかし、それはキャロリアと五剣以外の全員が浮かべた感想だったので、誰も言葉の主を探そうとはしない。
「キャロリアよ……お前の言う事は確かに魅力的だ。だが、それは不可能だ」
バイルの感想も尤もである。
彼女が語った理想は、仮に神獣殺しの力を借り、各国を解体させたとしても、その国の元王族の力を借りねばならないからだ。
安定していた自らを滅ぼした国に進んで協力する王族など、どこを探してもいる訳はない。
しかし、キャロリアは余裕の態度を崩しはしない。
「そうでもありませんわよ、お父様」
そう言うと、彼女は立ち上がり、この部屋唯一の出入り口である扉の方に歩いていく。
そして、おもむろに扉を開け放つと、外にいたであろう何者かに声をかける。
「協力者はいますから」
この秘密の場所に、何者かを招き入れようとする彼女を非難しようとしたナルビークだったが、入室してきた者達の姿を見て、言葉を失う。
「彼女達が私の協力者です」
姿を表したのは三人の女。
そしてそれが誰なのかを認識した全員が、ナルビークのように言葉を失い、呆然と彼女達を見つめていた。