162
ん? だが待てよ……。
マーシリーケさんの口調だと、彼女はキャロリアの計画とやらの内容を知っているみたいじゃないか?
「マーシリーケさんは、キャロリアが何を企んでいるか知ってるんですか?」
少し強い口調で問い掛けると、彼女は小さく頷いてそれに答える。
「キャロリアはね……」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
時間軸は少しずれる。
一成達が雷舞堺城を出てから三日後の、アンチェロン王城。
その地下には選ばれた者のみが入室を許される、重要度の高い案件について話し合われる秘密の部屋があった。
現在、その部屋に詰めているのは、現国王バイルとその子供達であるナルビークとキャロリア。
そして護国の要である五剣の英雄達と、数名の大臣のみである。
今日この日、新たなるアンチェロンの王を選抜する為の会合が開かれようとしていた。
もっとも、会合とは言っても現王が次の王を指名し、それを五剣と大臣達が承認して終わるだけという、決まりきった通例の儀式のようなものだ。
(ようやくこの日が来たか……)
口には出さないものの、ナルビークは感慨深い物を感じて目を閉じ、物思いにふける。
ナルビークは元より継承権一位であり、何も焦る事はない。
だが、己の手腕でこの国をさらに発展させ豊かにする為に、学び備えてきた知識を振るいたいと、数年前から早く王位に着くことを熱望してきた。
そんなあの日、異世界人が神獣を殺したらしいと報告を受けたその時から彼の計画は進んだ。
父王もナルビークに実績を積ませて王位を譲りやすい環境を整えるべく協力し、神獣殺しを利用した計画はスタートする。
彼らの思惑通り、他国の英雄を倒し、神器を奪うことで弱体化させる事には成功した。
しかし、その反動から三国が同盟を結ぶという事態に発展する。
それらの溜飲を下げる事と手付かずのグラシオにダメージを与える事、さらに神獣殺しの目を敵に向けさせ利用するために、生産性の低いカズナリを生け贄にした計画を実行した。
だが、予想外な事にカズナリは三国の英雄と対峙しながらも、グラシオの英雄達と協力して生き残ってしまう。
最初の計画とは少し変わりはしたが、カズナリを通してグラシオに間接的な恩を売った結果は悪くない。
ナルビークは表立ってはいないものの、着実に王宮内で認められる存在となっていった。
──本来ならば継承権一位のナルビークだけここに居れば問題ないと言えるこの会合に、キャロリアまで出席していたのは今後の優劣をはっきりとさせるためであった。
今、キャロリアはナルビークの意に反した行動をいくつかしている。
カズナリを救うために、独断でマーシリーケを派遣したのもその一つだ。
彼女が神獣殺し達と交遊を持つことはアンチェロンの利にもなるため黙認していたが、それで情が移ったのでは話にならない。
神獣殺しは、使い捨てるタイミングをしっかり図ってこそ、この国に利益をもたらすという事を妹は解っていないようだ。
これ以上、勝手な振るまいをさせない為にも、これからはどちらが上でどちらが下かを解りやすく示してやらねばならないだろう。
そのために、今日この場に彼女を呼んでいたのだ。
すました顔で対面に座るキャロリアに、ナルビークは少し苛立つ物を感じる。
(愚かな妹め……黙って飾りになっていれば、それなりに扱ってやったというのに)
一喝してやりたい所だったが、ここは余裕をもって接する事で器の大きさを見せることにした。
どうせ、後はこの国に利をもたらす適当な貴族連中にでもくれてやる程度の価値しかない。
今は呑気に構えているがいい……ナルビークは内心ほくそ笑む。
やがて、この場を仕切るバイルが一つ咳払いをして、いよいよ次の王を指名する時が来た。
「では、本日のこの時をもって、アンチェロン第十九代目の王を選抜する」
恭しく告げるバイルに全員が頭を下げる。
それを見た現王は面を上げよと述べ、さらにナルビークに立つように促す。
起立した彼の前に立つ現王は、自らの王冠を息子へと手渡して一言、口を開いた。
「ナルビーク・バルバス・ライゼルト……汝を第十九代目アンチェロン国王として指名しよう」
「ありがたき幸せ。この大役、謹んでお請けいたします!」
拍手は起こらない。歓声もわかない。
なぜなら、それは当たり前の事だから。
ナルビークが大いに祝福を受けるのは、国民の前で新たなる王として君臨する時である。
だから、この場では静かに、そして粛々と儀式をこなしていくだけだ。
「では、五剣の英雄たちよ。新たな王に忠義を尽くすべく、剣を捧げよ」
バイルの言葉に従い、英雄達はナルビークに剣を捧げる為に動く……はずだった。
直立不動の姿勢で動こうとしない五剣の姿に、新旧の王は訝しげな表情を浮かべる。
「どうした?速やかに……」
「申し訳ありませんが」
前王の言葉を遮るようにして、五剣の内の一人が一歩前に出た。
「我々は、ナルビーク様を次の王として承認いたしかねます」
一瞬、何を言われたか解りかねた王達がポカンとし、その言葉の意味を理解して怒りを顕にする!
「どういうつもりだラブゼル! 貴様、自分が何を言っているのか解っているのか!」
バイルが怒鳴り付けたのは、女性でありながら五剣の筆頭を勤める、神器『斬然剣』の英雄であるラブゼル・ロクシロ。
美しい黒髪と美貌を備えた彼女は、そこいらの貴族も見とれるような笑みを湛えて王に訴えた。
「我々、五剣はナルビーク様を王とは認めない……そう、言いましたし、意味もそのままです」
彼女の言葉に顔を真っ赤にするバイルとは裏腹に、ナルビークは怒りを飲み込んで冷静な態度でラブゼルに問いかける。
「……ならば、お前達は誰を王として頂こうというのだ?」
「それはもちろん……」
ラブゼルを始め、他の五剣達もとある人物の前に進み、一斉にひざまずいて頭を垂れた。
英雄達の忠義を捧げられた人物……継承権第二位の王女キャロリア・イムフルツ・ライゼルトは、兄と父に向けて優雅で気品に満ち、それでいて勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「キャロリア……キャロリアだと?」
さすがのナルビークもこれには抑える事が出来ずに、ダンッ! と大きな音を立ててテーブルを叩く!
「ふざけるなっ! そんな愚か者にこの国の行く末を任せられる訳がないだろうがっ!」
興奮して荒い息を吐きながら、ナルビークはひざまずく五剣とその主たるキャロリアを睨み付けた。
「愚か者ですか……そう見えたでしょうね。そのように振る舞っておりましたから」
見つめ返すキャロリアの瞳に、今まで感じた事のない力強さを見たナルビークの背筋に、ゾクゾクと冷たいものが走る。
(なんだ……これがあのキャロリアだと……)
良く言えば天真爛漫、悪く言えば能天気な印象しか持っていなかった。
そんな妹から放たれる気迫に、兄は気圧されて言葉に詰まる。
「……どうやって五剣を手懐けた」
父としての威厳をギリギリで保ちながら、バイルは娘に問いかけた。
その問いに、何も特別な事などしていないとキャロリアは答える。
「ただ、私の目指す理想を話し、その現実性を説いただけですわ」
「その理想とはなんだ!」
少し冷静さを取り戻したナルビークが話に入ってきた。
そんな父と兄に答えるように、キャロリアは現在ある国の名を呟きながら、指折り数えていく。
「今……人類の生存圏内において、六つもの国がひしめき合っています。私の望みの第一歩は、これらを解体、再構築して一つの国家と成すことですわ」
彼女の話は妄想の域を越えて狂人の戯言に近い。
そんな寝言以下の言葉を平然と話す妹に、それを受入れて平伏する五剣。
あまりに異様な彼女等を、父と兄は信じられない物を見るように目を見開いて見つめていた。




