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マーシリーケさんの謎の呟きは少し気になる所だが、それは道中か王都の拠点に帰ってから聞いてみればいいだろう。
それからは他愛もない会話が続き、食事を終えた彼女達と共に王都へと戻る事にする。
おっと、その前に牢に入れてあるリョウライを引き取らなきゃな。
兵士の一人に頼んで彼が入っている牢に案内してもらう。
そして、連れて行ってもらった先で俺が見たのは、手足を縛られた状態で形意拳の『虎形拳』の練習をするリョウライの姿だった。
郭雲深のエピソードみたいな事しやがって……。
「意外と元気そうだな」
牢から出されたリョウライを連れてマーシリーケさん達の元に戻る時、なんとなく話しかけてみた。
「ふっ……いつまでも引き摺っていられないしな。それにお前の女が、元の世界に似た飯を差し入れてくれたおかげで気持ちも軽くなった」
へぇ……ラービの奴、そんなことをしてやってたのか。
確かに、この異世界で元の世界の物に近い飯が食えるというのは、何て言うか気持ちが救われるもんな。
「アレはいい女だ、手離すんじゃないぞ」
うーん、ラービが誉められるのは悪い気はしない。
それに、俺とあいつは一蓮托生だ。離れられやしないさ。
「でもなぁ……俺の妻もいい女だったんだよなぁ……」
質量すら持ちそうな重いため息を吐いたリョウライの表情がみるみる曇っていく。
めちゃくちゃ引き摺ってるし、未練タラタラじゃねーか!
こっちまで滅入りそうな空気から抜け出すべく、さっさと皆と合流する。
大人数の中に居れば、少しは気も紛れるだろう。
「おっ、寝取られ男。少しは元気が出たかしら?」
リョウライの顔を見たマーシリーケさんの第一声がこれである。
よ、容赦ねぇ……。
その無慈悲な一撃にジワリとリョウライが涙ぐむ。
しかし、そんな彼にマーシリーケさんは聖母のごとき笑みを湛えて肩を叩く。
「そんなに気を落とさないで。アナタがその気になれば、いい女はすぐに見つかるって」
そのフォローに、へこんでいたリョウライが顔を上げた。
(のぅ、 これはまさか新しい恋の始まりかの……?)
いつのまにか俺の隣に来ていたラービが、小声で話しかけてくる。
何をワクワクしてるんだ、お前は。
でも、他人の恋路って興味あるよね。
しかし、次にマーシリーケさんの口から出た言葉は、俺達が思っていた以上に辛辣だった。
「まぁ、私は元の世界に相思相愛な恋人がいるから、アナタの辛さはいまいち解らないけど」
グサリと言葉のナイフがリョウライに刺さったのが見えた気がした。
さらにマーシリーケさんは興が乗ったのか、ノロケ話に加えてリョウライの不甲斐なさへのダメ出しを延々と続ける。
その度にビクンビクンと痙攣するリョウライの姿が痛々しい。
もう止めてあげてくださいよ! 泣いてる子だっているんですよ!
でも……何でだ?
いつもだったら、もっとサッパリした性格の彼女が、こうもネチネチと痛ぶるのはなんだか違和感を感じる。
「お姉さまは怒ってらっしゃるのですわ」
これまた、いつの間にか俺の隣にいたノアが疑問に答えるように呟く。
「怒ってるって……リョウライにか?」
「いいえ、彼を含めたグラシオに襲撃してきた英雄達にです」
そう返答するノアの言葉の端にも、マーシリーケさんから伝播したようなわずかな怒りが込められていた。
「こちらの世界ではどうなのか知りませんが、お姉さまが元いた世界では『辱しめ』は死に勝る侮辱とされています。仮に味方が辱しめられれば、必ず復讐するのが理と言ってもいいでしょう」
そうなのか? ちょっとスゴいな、その世界観は。
「今回は、グラシオは完全とは言えずとも味方の陣営でした。その彼女達が受けた辱しめは、お姉さまにとって復讐の対象になりえるのです」
なるほど……傷心のリョウライの心を抉るような、あのノロケ話ダメ出しは彼女なりの報復措置な訳か。
「グラシオの族長、そして英雄の一人が受けた屈辱と辱しめは、お姉さまの世界の基準ではこんな甘い報復では済みません。ですが、この世界の文化と常識を踏まえて、お姉さまはあの責めを行っているのですわ」
なぜかうっとりしながら、ノアはマーシリーケさんを見つめて、甘いため息を吐いた。
……でも確かに文化の違う異世界で、自分の常識を絶対とせずに『郷に入りて郷に従ってる』彼女の態度はは立派なものだと思う。
やってることは何て言うか、みみっちい気もするけど。
ちなみに……ガチでの報復だと、どんな事をするんだろうか?
ちょっとして好奇心からノアに尋ねてみる。
「例えば、リョウライの○○○を○○○して○○○するとかでしょうか……?」
うん、聞くんじゃなかった!
いやぁ、ガチだわマーシリーケさんの世界! 文化が違い過ぎておっかねぇ!
ノアから聞いた話と照らし合わせれば、確かに今の彼女の責めなんて児戯に等しい。
リョウライ達の自業自得とはいえ、マーシリーケさんの怒りが極力早く収まるようにと、俺は哀れなリョウライの為に祈ってやることしかできなかった……。
しばらくして、心を折られまくったリョウライに満足したのか、マーシリーケさんのノロケ話はひとまず終了した。
思う存分、話したせいか彼女の表情は明るい。ってうか、さっぱりしすぎじゃない?
そんな彼女に、ノアから聞いた話を尋ねてみると、「まぁ、こんなもんでしょう」といった軽い答えが返ってきた。
「偽りとはいえ、大事にしていた家庭を壊されるっていう罰は受けてるしね」
……確かに、この異世界で一人ぼっちだったリョウライが見つけた心の拠り所が偽りの物だった……ってシチュエーションはキツいものがあるりよな。
「それに、アイツも蟲脳なんでしょ? なら、私とは別の世界から来てるってことだし、その世界の文化に根付いた考え方って物もあるだろうからね」
うーん、大人の意見だ……。
まぁ、リョウライは俺と同じ世界からの転移者だけど、確かにアイツらがやった事はゲスかったし、相応の罰を受けるのも仕方があるまい。
ただ、「もう恋なんてしない……」と呟くリョウライの姿を見ると、相当に彼の心は削られたみたいだけどな。
「まぁ、直接お目にかかってはいないけど、逃げおおせた『槍』と『杖』の英雄と対峙した時にリョウライの分も酷い目に会ってもらうということで」
その口ぶりから、リョウライへの責めぐらいではまだ物足りない
といった物を感じて、改めて異世界の文化の違いを知った気がして。
「その時は、私がお姉さまの露払いをいたしますわ!」
ぐいっと前に出たノアがキラキラした瞳でマーシリーケさんに訴える。
「フフ……その時はお願いね」
彼女頭を撫でられて、ノアは至福の表情を浮かべた。
大丈夫? この娘、変な方向に育ってない?
さて……とりあえず諸々の事件を片付けた事だし、それでは俺達も王都目指して出発するとしようか。
先に出たサイコフの一行を追随するように、俺達は雷舞堺城を後にした。
とはいえ、王族に関する行事で向かったサイコフとは違い、俺達はそんなに急ぎって訳でもない。
割りとのんびり道中を過ごす内に、俺はふと頭に浮かんだ疑問をマーシリーケさんに問い掛けてみた。
「そういえば、王都に戻ったらキャロリアと話をしておけって言ってましたけど、何かあったんですか?」
すると、聞かれた彼女は少し声のトーンを落として答えた。
「キャロちゃんはね、いま結構大きな計画を立ててるんだけど、その要が私達だって言うのよ」
俺達が……要? むしろこの世界では部外者である俺達が?
いまいちピンと来ないのだが、今回の王族会議で何か訴えたりするんだろうか……。
「で、場合によっては私達もしばらく元の世界に帰還はできなくなりるかも……って事らしいのよね」
なにそれ!
一体、何を計画しているんだ、キャロリアは……。