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「なにやってんの、あんたら……」
そう声を掛けてきたのは、呆れた顔をしたマーシリーケさんとノア、ハルメルトの三人だった。
昨日の惨劇から一夜が明け、俺達は全て記憶を闇に葬り去った後、アンチェロンに向かう前に雷舞堺城の食堂で腹ごしらえをしていた。
そこへグラシオからの戻り足だったマーシリーケさん達にバッタリ逢って、第一声があれである。
「とっくに王都に戻ったものだと思ったのに、まだこんな所でウロウロしてるなんて……」
ヤレヤレといった感じで、彼女達は俺達が座っていた大テーブルに同席した。
「説明はしてもらうわよ。あと、私達にも食事を用意してちょうだい」
食堂の人ではなく俺達に言うということは、この食事がラービの作った物であると見抜いたからだろう。
確かにその通りで、これは厨房を借りてラービが腕を振るった物だ。
「今からじゃと少し時間がかかるぞ?」
「いいわよ。その間にカズナリから話を聞いておくから」
仕方がないのぅ……と呟いて、ラービは厨房へと向かう。
まるでみんなのお母さんだな……。
「で、なんであんたらは今だに雷舞堺城にいるわけ?」
俺のおかずをひょいひょいとつまみながら、マーシリーケさんは尋ねてきた。
いや答えますけど、そういうのは止めみしょうよ。いい大人なんだから!
ちなみに隣では、彼女の真似をしてレイのおかずに手を出そうとしていたノアが腕を捻られ、ハルメルトがそれを必死に諫めていた。
なんだ、この地獄絵図……。
──それから、俺はここでの働きについて説明をしていた。
途中でラービが食事を運んできた際、俺の話そっちのけでそちらに話題を持っていかれて少し悔しかったりしたが、とりあえずは全てを説明し終える。
「キメラ・ゾンビねぇ……まだ尾を引いてたんだ……」
実際、彼女がソレと対峙した事は無いものの、俺やイスコットさんから話は聞いていたから、想像はつくのだろう。
面倒そうに呟きながら、マーシリーケさんは白身魚の甘酢餡掛けを口に運ぶ。
美味っ! と小さく声に出し、サクサク、トロリとした食感を楽しみながら咀嚼して満足そうに微笑みを浮かべる。
そんな彼女に、今度は俺が質問を返した。
もちろん、治療していた筈のグラシオの族長さんについてだ。
「ああ、もうほとんど完治したわよ。もっとも、髪の毛だけはもう少し時間が必要だけどね……」
マジですか! あの大火傷がそんなに早く治るもんなんですか?
とはいえ以前、回復魔法とかでも大きな傷口は跡が残る事が多いと聞いていたから、ひょっとしたら「命に別状はなくなった」って意味での完治とか……?
「失礼な。完治と言ったら、傷なんて残したりしない、綺麗さっぱりな完治よ!」
それとなく問いただしたら、キッパリとそう告げられた。
ううむ、現代医療でもそこまで完璧にあの大火傷を治すなんて難しいだろうに……。
ちょっと好奇心に駆られて、その治療方法を聞いてみた。
「えーっとね……」
マーシリーケさんの解説を聞いて、少し俺は後悔する。
ようは、ハルメルトのスライムで火傷した部分の肉を溶かし、回復魔法でその部分を復活させるといった、なんとも乱暴な治療法だった。
まぁ、元の世界でも壊死した部分を無菌の蛆虫に食べさせて蘇生可能な筋肉を残す治療法みたいなのがあると聞くし、その方法自体は別にいい。
ただ、スライムが顔面の肉を溶かし過ぎないように、また回復魔法の強さを調整するために、ずっと見張りながら治療を続けたというその様子を想像すると、しばらく肉料理が食べれなくなりそうだ……。
そんな俺とは違い、その現場にいた筈のマーシリーケさんは、牛っぽい肉のサイコロステーキをもりもり消費していく。
医療従事者って人は精神的にもタフな人が多いと聞くが、どうやら本当っぽいな。
「おや、もうお食事はお済みですか?」
不意に掛けられた声に、そちらの方を見れば、ちょうどサイコフが俺達のそばに腰かける所だった。
あからさまな敵意を持ってサイコフを睨むラービの様子に、マーシリーケさんが興味を示す。
そんな彼女に、サイコフは一礼して話しかけた。
「マーシリーケさん……で、よろしかったでしょうか?」
「ええ、初めまして。でも、どうして私の名前を?」
「キャロリア様から丁寧に対応するように仰せつかっておりますゆえ……」
なるほど、すでにキャロリアが気を効かせてくれた訳か。
確かに、大鷲蜂の群れに乗り国境を無視してグラシオに入ったマーシリーケさん達は、法に照らし合わせるとヤバイかもしれない。
しかし、王族のお墨付きならその辺もうやむやに出来るだろう。
「そういえばカズナリに聞いたけど、もうすぐ次の国王を決めるための会合が行われるんでしょう? それに五剣も参加するらしいけど、この砦とか国境が手薄になるんじゃない?」
マーシリーケさんの疑問ももっともだ。
ある意味侵入し放題のチャンスタイムだしな。
だが、サイコフは笑いながら答える。
「今の時期は、この辺に潜入しても大した情報は得られないでしょうし、五剣の英雄が集っている王都にちょっかいを出す奴がいるなら、むしろ歓迎しますよ」
冗談めかして言いながらも、その目は笑っていなかった。
「では、私はもう出発しなければならないので、お先に。向こうでもご一緒出来るといいですね」
挨拶を済ませたサイコフが食堂を後にする。
それを見送りつつ、マーシリーケさん達は食事を再開させた。
「でも、そうか……今後はナルビークが国の実権を握ることになるのか」
ナルビークが王になれば、キャロリアからの手紙の内容が本当だった場合、五剣とも戦う可能性があるわけだよな……。
顔見知りと敵対するのは気が引けるなぁ……などと口にすると、
「まぁ、その辺は心配ないんじゃない?」
などとマーシリーケさんが軽く返してきた。
んん? 何か知ってるんですか?
「んー、ちょっとね」
そうとだけ答えると、彼女は最後の肉の一切れを口に放り込む。
「そんなことより、カズナリ。さっきのサイコフって英雄の事だけど……」
むっ!
なんだ? もしや、俺が気づかなかった何かに気づいたのだろうか?
「あれって……男なの? 女なの?」
……人体を観察しまくっているマーシリーケさんでも、奴の性別は看破できなかったか……。
あいつ本当にどっちなんだろうな……。
どうでもいい筈の疑問に、ついつい頭を悩ませてしまう。
そんな時、ふとマーシリーケさんが小さく呟いていることに気づく。
「足止めに実力のチェック……あとは本当にゾンビの駆除かな? なんとも食えない奴ね、雷舞剣のサイコフ……」
何かを知っていそうな彼女の自問自答は、この時何も知らない俺にとって、意味深でありながら意味不明な響きでしかなかった……。




