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「うわあぁぁぁぁぁん!」
突然フリーズから解除されたハルメルトが大声で泣きながら空中に召喚の魔方陣を形成する!
完成した魔方陣からはゼリー状の濁流が溢れだし、あっという間に部屋の中を埋め尽くしていく。って言うか、おい!いつまでに溢れてくるんだよ!
止めどなく溢れてくるゼリーが腰の高さまで来たとき、俺達三人はハルメルトを残したまま小屋の外へと飛び出した。あれ以上あの場に留まっていたら、召喚したハルメルト以外はスライムで溺れ死んでいたかもしれない。
突然の意表を突いた召喚に面食らいはしたが、こうして範囲内から出てしまえば、たかがスライム一匹!
……って、思ってたんだけど、まるで見えない器に水が貯まっていくように溢れていくゼリー状のスライムは、俺達が拠点として使っていた小屋を呑み込み、巨大な球体となってようやく溢れ出すのを止めた。
ぷるぷると震える巨大スライム。構える俺達。
睨み合う?両者の間に緊張が走る。しかし、巨大スライムにとある変化が現われる。
体内に呑み込んだ小屋の窓から小さな人影が姿を現したのだ。
多分あれはハルメルト。俺達の姿を確認するため、もしくはスライムを操る為に出てきたのだろう。安全圏であるスライムの体内からわざわざ出てくるとは、どうあってもケリをつけたいらしいな……。
泳ぐようにスライムの体内を進み、外に顔を出して天を仰いだハルメルトは、
「ゲホォッ!ゴホッ!ガッ!グホアッ!」
思いっきりむせていた!
お前が溺れてどうする!
ゼィ、ゼィと荒い息をつき、涙と鼻水を流したままハルメルトは俺達をキッと睨み付ける。
「見つけました!村のみんなの仇です!」
ハルメルトが叫ぶと同時に、巨大スライムの表面が波うち、無数の触手が伸びてくる!それらが一斉に俺達に向かって飛び掛かって来た!
「火属性付与!」
イスコットさんが魔力を発動させる!
いつの間にかその手に握られていた彼の戦斧が炎を纏い、迫る触手を薙ぎ払っていく!
「うおぉぉぉぉぉっ!」
さらにイスコットさんの勢いは止まらず、雄叫びを上げながら巨大スライムに突っ込んでいく。なにやってるんですか、あなた!
案の定、スライムに取り込まれるイスコットさん。だが、それは彼の狙い通りだったのだろう。
水中に等しいスライムの体内ではあるが、イスコットさんの魔力によって発火している戦斧の炎は消えてはいない。彼はその炎の戦斧を激しく振り回し始めた!
スライムに呑み込まれ、消化が始まっていた拠点の小屋を破壊し、炎に巻き込んでいく。爆発的な炎の渦を体内に生じさせた巨大スライムが、苦し気に表面を波立たせて身悶える!
「だ、駄目!早く吐き出し……」
ハルメルトが命令を出す前に、高熱と斬撃に耐えきれず巨大スライムが破裂音と共に爆発四散した!
「キャアァァァァ!」
悲鳴と共に吹っ飛ぶハルメルト!
さらに、地面を転がりながら爆発したスライムの破片をまともに食らうハルメルト!
ついでに俺!
……マーシリーケさんのように避ければ良かったのに、下手に迎撃しようとしてベタベタのドロドロにまみれてしまった。なんかもう、泣きたくなってきたよ……。
『だ、大丈夫だ、カズナリ!なんかエロいから安心せい!』
訳のわからん慰めは止めてくれラービ……。
ちなみに、地面に突っ伏してスライムの破片にまみれていたハルメルトの体が震えているのが見えた。うん、泣いてるな、あれは……。
そんなハルメルトの前に、戦斧を収めたイスコットさんが仁王立ちになる。
「君の村が壊滅した事には同情するし、遠因かもしれない僕達に怒りの矛先を向けてしまう気持ちも解らなくもない。だが、僕らのような犠牲者を出し続けていた君達の所業がこの結果を招いたのだと知れ!!」
厳しい口調と言葉でハルメルトを叱りつけるイスコットさん。その言葉は至極もっともで、反論の余地もない。
厳しい叱咤を受け、うつ伏せになっていたハルメルトがゆっくりと顔を上げる。
「……って……すよ」
ん?今、何か言ったかな……。
「わかってますよ、そんな事は!」
突然、弾けるように上体を起こしたハルメルトが泣き声交じりで叫んだ!
「自業自得とか、因果応報とか、言われるまでもなく理解してますよ!だけど私達はそんな生き方しか知らないんですっ!」
グスグスと涙交じりでハルメルトは訴える。
「私だけじゃない、姉さんだって他のみんなだって、異世界から無関係な人達を拐って犠牲にするような暮らしは変えたかった!でも、村から出ることは許されず、女帝母蜂との契約だけが身を守る方法だった!」
彼女から聞いた、迫害の上に成り立つあの村の歴史を思えば、そうそう生き方は変えられなかっただろう。
「いつかツケを払う日が来ることはわかってた!だけど、わかってたって……あんな……急に……みんなが……」
様々な出来事が突然に起こり、複雑に混ざりきった感情が爆発したかのように、ハルメルトは大声で泣きながら立ち尽くす。
変えたいのに、変えられない。変える方法もわからない。
日本にいた時、ネットの掲示板なんかでそんなジレンマを抱える人達の書き込みを何度か見ていたか、生の言葉で訴えるハルメルトにはモニター上の文字とは比べ物にならない悲壮感があった。
さすがに涙ながらに訴えるハルメルトに二の句が繋げず、イスコットさんもマーシリーケさんも押し黙ってしまう。
俺はと言えば、彼女の境遇に同情すると同時に、大泣きするハルメルトに歳も近い妹の事を思い出していた。
だから俺は、かつて癇癪を起こした妹にしてやったように彼女に近付いてその体を抱き締めて頭を撫でる。
「ううう」と唸りながら、ハルメルトは俺にしがみついてきた。
泣く子には勝てない。ハルメルトの頭を撫でつつ、気持ちが落ちくまでたっぷり泣かせてやろう。
なにしろ大変なのはこれからなのだから……。




