159
──結果から言おう。勝った。
巨大キメラ・ゾンビはかなり強く、文庫本にすれば上下巻に分かれるくらいの、長く激しい戦いが繰り広げられた。
だが、あえてもう一度言おう。
俺達は勝ったのだ!
「手強い敵でした……雷舞剣の英雄となってから、ここまで激しい戦いは他の英雄とやり合った時以来ですよ……」
口の端から流れる血を拭いながら、サイコフが漏らす。
見れば彼(彼女)の全身は、敵と自分の血と悪汁にまみれ、形容しがたい有り様となっている。
まぁ、その辺は俺達も同じなので特に気にすまい。
戦いを通して僅かに生まれた連帯感に、俺達は笑い合った。
「では、後の事は部下達にまかせます。湯殿の用意もさせてありますので、皆さんはゆっくり汚れを落として下さい」
わぁい!
ここはサイコフの言葉に甘えまくろう!
砦に入る前に鎧の上から水をぶっかけまくって表面上の汚れを落とし、俺達は風呂場へと突撃していった。
──ポタリと背中に滴が落ちる。その冷たい感触すら心地いい。
「はふぅ……」
ゆったりと湯船に浸かった俺は、我知らず年寄りくさいため息をついていた。
普段、兵士達がまとめて入るこの男湯は浴槽も大きなスペースを取っていて、この広い空間を一人で使っている事にちょっとした贅沢感を感じる。
はぁ……しかし、こうして湯につかっていると、まるで温かい湯に疲労が溶けていくような気がするな……。
父さんが温泉に行きたがっていた気分が少し解ったような気がする……。
高校生で理解するのもどうかと思うが。
ふと、今ごろラービ達も女湯の方でキャッキャッウフフしながら洗いっこでもしてるんだろうか……などと妄想していると、自然と下半身が元気になってきた。
仕方がないよね、俺は健全な若者なんだし。
むしろ覗きに行かない鋼鉄の意思を我ながら褒めてあげたい!
……とは言え、やはり発散するという行為は必要不可欠な訳で、今俺は一人なのだから、ある意味チャンスタイムな訳だ。
溜まっている物を発散して、身も心もリフレッシュするのは健康のためにも良いことだし、こっそりと処理しようと下半身にそっと手を伸ばしたその時!
「何をしようとしてるんですか?」
不意に背後から声をかけられた。
「!!」
飛び上がりそうなほど驚いて振り返れば、そこには全裸のサイコフが俺を見つめている。
って、なんでここに!
こっちは男湯だぞ!……あ、いいのか?
いや、ここにいるって事はサイコフは男だったという事なんだろうが、なんで胸を隠す?
さらに股間はタオルでガードしていて、その奥には有るのか無いのかハッキリしない。
女にしては筋肉質で、男にしては体のラインが妖艶すぎる。
脱いでも性別が解らないと言うのは、ある意味凄いことだった。
「ご一緒させていただきますね」
そう一声かけて、サイコフは湯船に入る。
なぜか俺のすぐ隣に。
なんでこの広い浴槽内で……と思いつつ、俺はそっと間を取った。
戦闘後の気分から一転して、今はサイコフを警戒してないと言えば嘘になる。
何せ、俺はノン気なのだ。
男か女かハッキリしない内は、パーソナルスペースに入れるのは危険過ぎるだろう。
そんな俺の心情を察したのか、サイコフはクスリと笑って折ったタオルを頭の上に乗せた。……異世界でもやるんだ、それ。
「今日まで本当にご苦労様でした。貴殿方の活躍は、ナルビーク様やキャロリア様もお喜びになると思います」
寄生虫撲滅計画の成功の労をサイコフはねぎらってくる。
でも、なんでそこにナルビーク達の名前が?
「実は数日後に、アンチェロンの次期国王を決定する会合が開かれるんです。貴殿方の活躍は、次の王にとって良い成果のアピールとなりますからね」
ああ、なるほど。
今の王さまは俺達を問答無用で処分しようとしていたからな……今回の難題の解決は、それをさせなかったナルビーク達の先見の明を知らしめるって事か。
正直、あの現国王を少しでもギャフンと言わせられたならちょっとはいい気分だ。
「それで、皆さんが王都に戻ってもしばらくはナルビーク様達にはお会い出来ないと思います」
そうか……。
マーシリーケさんにはキャロリアと話をしておけと言われていたけど、そんな大事な行事があるなら仕方がないな。
「何か……伝言があればお伝えしておきますが……」
いつの間にか間合いを詰めていたサイコフが、しなだれかかるように俺の顔を覗き込む。
上目づかいで見つめるその表情は、湯につかっているせいもあって頬に赤みが差し、異常なまでに色っぽい。
心臓がバクバクいってるのは、のぼせているからばかりでは無いだろう。
「い、いや大丈夫。キャロリア達の行事がすんだら、直接話すから……」
仰け反って体を離そうとするも、サイコフはさらに踏み込んで迫ってきた。
ついでに、その指先が俺の胸元をつぅっ……となぞる。
背筋にゾクゾクとした甘い痺れが走り、力が抜けていく。
そして、すぐ目の前にはサイコフの顔……。
まずい! これはまずいぞ!
「カズナリさん……貴方はどちらに……」
何かを言いかけるサイコフ。
その言葉が終わらぬうちに、スパァンと派手な音を立てて、男湯の扉が開け放たれた!
「なぁにか怪しい気配を感じて来てみれば、やはりお主じゃったか!」
男湯の入り口で、その蠱惑的な裸体をタオル一枚で隠しただけのラービが、怒りの表情で仁王立ちしている!
なぜか揃いでタオル姿のレイも彼女の後ろで同じポーズを取っていた。
いつもならこっちは男湯ですよとツッこむ所だが、今だけは助かった気持ちでいっぱいだ!
ずかずかと浴室に入ってくラービにサイコフが呆気に取られているその隙に、俺はサッと身を引いて奴から逃れる。
よーし、今のうちにこの修羅場から脱出だ! と、立ち上がろうとした時、なぜか突入してきたラービが浴槽に飛び込んで来た!
水飛沫に呑まれ、再び俺は体勢を崩してしまう。
ええい、なにやってんだお前は!
さすがに文句のひとつも言おうとしたが、問答無用でサイコフから俺を隠そうとするかのように抱き付いてきたラービの胸に埋もれて、俺の言葉は塞がれてしまった!
何てこった! 天国がこんな所にあったなんて!
「男でも女でも関係ない……やはりヌシは危険じゃ……」
俺を抱き締めたまま、肉食獣のように威嚇と牽制をするラービ。
そんなラービを見下ろして、サイコフは楽しげな笑みを浮かべる。
ちなみにレイは入り口付近に集まってきている兵士達を追っ払っていた。
なんとかラービの腕(と胸)から逃れようとするが、無意識なのか力は全く緩まない。
待ってくれ、ラービさん!
俺はさっきまでムラムラしたままだったんだ!
さらに不味いことに、俺の下半身は今だ完全勃起状態なんだよっ!
息苦しさと暴発の危険性から懸命にもがくも、逆にしがみつく女体の柔らかさが色んなモノを刺激する!
いやっ! ダメェェェッ!…………………うっ。
そして静寂が訪れた。
興奮状態だったラービも、密着する俺の様子と違和感に我に返ったようだ。
お湯とは違う液体の感触。
独特の香り。
賢者のような笑みを浮かべた俺。
全てを察したラービは、赤面しながら「す、すまぬ……」と一言だけ告げて俺から離れた。
そこからは全員でそそくさと後片付けをして即座に撤収。
その間、誰もが一言も口を開かなかった。
部屋に戻り、俺は元の世界にいる家族に心の中で語りかける……。
父さん、母さん、そして妹よ……。
俺は今日、「あえて何も言わない、何も聞かない」という、大人の気遣いというものを知りました。
恥はかいたけど……少しだけ……成長した気がします……(涙。