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サイコフと別れ、自分達の作業を進めること数時間。
ラービの努力の甲斐あって、大鷲蜂ネットワークが完成した。
これでこちら側はいつでも「電波ネット寄生虫捕獲作戦」を開始できる。
作戦名は今付けました。
「こちらの会場も準備できましよ」
「よし……では行くぞ!」
サイコフの言葉を受けて、ラービが意識を集中する。
逸れに合わせて、彼女の支配下にある大鷲蜂達が激しく羽を動かし始めた!
「ネットワーク開放……魔力注入開始……」
静かに魔力を注ぐラービに反比例して大鷲蜂の挙動はさらに激しくなる。
「行くぞ、レイ!」
「はい!」
ラービの目が見開かれ、それにレイが呼応して呪文の詠唱が始まった!
「観ー自ー在ー菩ー薩ー行ー深ー般ー若ー波ー羅ー蜜ー多ー時ー……」
「ちょっと待てぇ!」
思わずツッコまずにはいられなかった!
なんでそこで般若心経!? 唐突過ぎてビックリするわっ!
驚く俺を尻目に、チーンとレイが槍を打ち合わせる。
お前も合いの手を入れるんじゃない!
「なんじゃ、一成。せっかくノッてきたというのに……」
いや、ノリノリで唱えるもんでもないだろう?
それよりどういうつもりだ!
「いや……呪文の詠唱みたいな事をやった方が集中できるし……」
ああ、なるほど。
でも、そこで般若心経が出てくるお前のセンスが相変わらず解らねぇ……。
「と、とにかく、あっちで兵士の皆さんがドン引きしてるから、お経唱えるのはやめなさい」
俺が指差す方向を見れば、ここの兵士はおろかサイコフまで変な表情で俺達を見ている。
ざわざわしてる向こう側から、俺達を怪しむ声が漏れ聞こえてきて大変居心地が悪い。
「集中するなら何か別の文言にしろよ」
「えー……じゃあ、一成への想いを綴ったオリジナルのラブソングでも……」
OK!般若心経でゴー!
この異世界に仏の教えを広めてやれぃ!
俺からのOKが出て、ノリノリでシャウトを始めるラービ。
そして合いの手を入れるレイ。
兵士のざわつく声はさらに増えたけど、とんでもない爆弾を投下されるよりはマシだ……。
──それから、しばらくして森の中から小動物の群れがぞろぞろと姿を現し、列をなして隔離スペースへ進んで行くという奇妙な光景を拝むことになる。
普通の森の仲間たちなら、なんともファンシーな空気に包まれる事だったんだろう。
だが、森から這い出してきているのは死骸の一団だ。
真っ白く濁りきった眼には何も写さず、腐汁をボタボタとこぼしながらぎこちなく行進するその様は、生きている者の嫌悪感を引き出す。
やっぱり、何度見ても慣れないなぁ……生のゾンビというやつは。
やる時はやるけど、できればあの腐汁まみれになるのは避けたいところだ。
さて、そんなゾンビの群れだが、時折寄生虫の感覚器官が死骸の孔や皮膚の一部を食い破って外に現れたりしている。
ぎこちなく動くソレは辺りを探るようにヒクヒクと痙攣してるみたいで、大変気持ち悪い。
しかし、ラービの支配はきっちり効いているようで、暴れたり逃走したりといった事は無かった。
それらの第一弾がサイコフ達の用意した隔離スペースに入り、いよいよ彼等『雷舞堺城』の守護者が活躍する番となる。
さぁ……見せてもらおうか。雷舞剣の英雄の実力とやらを!
とりあえずラービ達にこの場を任せて、俺はサイコフ達の元へと駆けつける。
ちょうど神器を鞘から抜き放ったサイコフは、俺の姿を見つけると「見ていてくださいねー」と軽く剣を振って見せた。
そして、次の瞬間!
サイコフの剣から凄まじい電撃が発生し、収容されたゾンビ達を撃ち貫いていく!
呻き声すら上げることなく、サイコフの雷に焼かれたゾンビ達は、その身を操る寄生虫ごと消し炭となっていった!
ド迫力の光と爆音の共演。うーん……お見事。
威力もすさまじく、実に大したものだ。
そんな調子で、どんどんとサイコフ達は集まるアンデッドの群れを薙ぎ払っていった!
──やがて般若心経に飽きて、結局オリジナルのラブソングを歌っていたラービのカラオケタイムが終了する頃、ようやく『電磁ネット寄生虫捕獲作戦』は本日の分の作業を終えた。
ニヤニヤしながら、若いっていいよなとからかいの言葉を投げつけてくる雷舞堺城の兵士達やサイコフに後始末を任せて、俺達は明日に備えてさっさと休む事にする。
「のう、一成。ワレの作ったラブソングの感想はどうじゃ?」
自信満々で問いかけて来るラービに、時と場所をもっと選べよと前置きして、まぁ悪くなかったと伝えた。
だからって調子には乗るなよ!
さて、そんな感じで三日間ほど寄生虫狩りを手伝っていた。
さすがにもうほとんどの寄生虫ゾンビを狩り尽くしたのか、今日はネズミ一匹現れはしない。
「どうやら、作戦は終了ですかね……」
少し呆気なかったと俺の隣でサイコフが呟く。
「いや、最後まで気を抜くわけにはいかんの……」
サイコフの反対側、こちらも俺の隣に陣取ったラービが気を引き締めるように言う。
いや、俺を挟んで会話しなくてもよくない?
それに二人とも密着しすぎなんですけど……。
クスクスと笑いながら俺にくっつくサイコフに、対抗心を燃やして抱き付くラービ。
フッ……モテる男はツラいぜ……(いっぺん言ってみたかった)
まぁ、いままで手こずっていた一件があっさり片付きそうでホッとするサイコフの意見も解るが、やはり俺もラービの意見に賛成だ。
大概、一悶着あるんだよな、こういう時って。
そして、悪い予感というものは常に当たる。
その日の夕方近く、だんだんと薄暗くなる頃にそいつは現れた。
ソレを発見した兵士達が、大騒ぎでサイコフを呼びにくる。
そのただならぬ剣幕に、俺達は出張外壁の方へと駆け出した。
ざわめく兵士達の視線の先にいたソレは、今までに見たことのない形に進化したキメラ・ゾンビ!
ベースは恐らく魔人、たぶんオーガ辺りだろう。
はっきり断言できないのは、その原型があやふやだからだ。
何せ目の前のソレは、普通のオーガに比べてかなり大きい上に頭が二つに腕が六本もある。
無理矢理、三体分の胴体を癒着したようなアンバランスさを、あちこちから生えたオーガ足と虫の脚で支えているといった気色悪い仕様だ。
さらに硬質そうな外骨格と角や牙、触手や触角のような物が周辺の様子を探るように忙しなく動く。
虫と魔人をでたらめに組み合わせて投げ捨てたような、醜悪なアンデッドが注目する俺達に見せつけるように森の中から登場した。
「なん……だ、コイツは……」
さすがにサイコフも言葉を失う。
まぁ、無理もないか。
マッドな魔術師のバロストとヤーズイル。
二人の英雄のろくでもない協同製作の成れの果てだと解っている俺達でも、目の前のキメラ・ゾンビには若干、引いてる。
何人かの兵士が、その巨大キメラ・ゾンビに矢を射かけるも、まるで歯が立たず兵士達の同様はさらに大きくなった。
「静まれ!」
浮き足立つ部下達を、サイコフが一喝する。
「兵達を下げます……いいですね?」
その問いかけに、俺は了承して頷いた。
言っちゃ悪いが、彼等じゃ足手まといだ。
サイコフの命令が下され、兵士達はテキパキと後退していく。
最後に残った俺達とサイコフだけが、全身像を表した巨大キメラ・ゾンビと対峙する。
「一成、あのキメラ・ゾンビはワレの支配を受けてはおらぬ。どうやら変質しすぎて魔力が効かぬようじゃ」
つまり最低限の『蟲』というカテゴリからも外れた突然変異か……。
「それでも、やることは変わりませんよね」
レイの問いかけに、当然と答える。
立ちふさがる障害は排除するのみ!
「行くぞ、ラービ! レイ!」
二人に声をかけ、俺は真っ正面から巨大キメラ・ゾンビに向かって突っ込んで行った!