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──一夜明けて、翌日の朝。
今日の昼くらいまでに寄生虫憑き達をおびき寄せる場所を作ると言っていたサイコフの言葉通り、多くの人員が雷舞堺城の外壁近くで働いていた。
彼らが補修しているのは、外壁から少し離れた場所に設けられていたもう一つの外壁。
なんでも、十数年前に神獣の森から大量の魔獣や魔人が雷舞堺城の方に進行して来た時期があったらしく、それを防ぐ為に二重の外壁を作って防衛していたそうだ。
本来の外壁から後付された壁とそれに囲われた内側の空間は、何となく競技場のような物を思わせる。
まぁ、当たり前だが競技トラックは無いし、客席も無いのだけれど。
「カズナリ殿、まだしばらく時間がかかりますが……」
準備中の施設に現れた俺達を見つけたサイコフが駆け寄ってくる。
「いや、俺達も作戦前に色々と準備があってね」
ああ、なるほどとサイコフは頷き、よかったら見学させてもらえないかと希望してきた。
ううん……別に構わないけど、そんなに面白いもんじゃないよ?
「異世界の方々がどのような策を練るのか、後学のために学んでおきたいのです」
にこりと艶のある笑みを浮かべ、密着するほど近づいてお願いしてくるサイコフ。
やばい! なんかめっちゃ良い匂いがする!
やっぱり、こいつは女性じゃないのか!?
んー……でも、致命的に胸が無いし……。
奇妙な色気に戸惑っていると、サイコフの反対側から柔らかい膨らみが押し付けられる!
言わずと知れたラービさんだ!
「どうせ実行するのはワレだから見学は構わん。じゃが、もう少し距離感というものは保ってもらいたいの」
まるで縄張り争いをする猫のように、暗に「一成」に手を出すなとラービは釘を刺す。
「フフ……可愛いですね。では、お言葉に甘えて見学させてもらいますね」
ラービに一声かけてサイコフは俺から離れた。
ふう……助かった。
危うく怪しい道に引き込まれるところだったかもしれない。噂に聞く新宿二丁目的な。
ありがとう、ラービさん。
だから尻をつねるのは止めてください。
「それで、具体的にはどうなさるんですか?」
ふむ……サイコフにも解りやすいように、足元に木の棒で簡単な図面を書きながら説明するとしよう。
「まず、このラービは蟲を操る能力を持っていてな。その能力で操った大鷲蜂を一定の間隔で配置して森の外周を包囲する」
ガリガリと絵を書きながら解説する。
「次に包囲した森の上空に、同じく等間隔で大鷲蜂を配置して、完全に森を覆う……と」
六角形の組み合わせで出来ている蜂の巣のような模様を書き込み、神獣の森を図面上で完全に包囲して俺は棒を置いた。
「とりあえず、形としてはこれで終了」
そう言うと、サイコフはそれだけ? といった顔で俺を見る。
ふふふ、慌てなさんな。ここからがラービの能力の真骨頂よ。
「ラービの能力の特性として、こいつに操られた蟲は魔力の中継基地になるってものがある」
言われてサイコフは頭の上に?を浮かべる。
うん、まぁそうだよね。
「つまり、ラービに操られた蟲はさらに周辺にいる蟲に彼女の魔力を伝播させる。そうやって自動的に操る蟲を増やして行くことが出来るんだ」
俺の説明を聞いたサイコフから笑みが消え、驚愕の表情を見せた。
そりゃそうだろうな。
ようは、一匹の操られた蟲を十匹の別の群れに突っ込ませれば、その十匹もコントロールできると言ってるんだから。
まぁ、このラービの能力に気づいたのは、先のグラシオでの戦いでマーシリーケさん達が、すさまじい数の大鷲蜂に乗って移動してきたって話を聞いたからだ。
グラシオの森にも大鷲蜂は自生しているが、ラービが捕まっていたポイントから彼女の能力が直接およぶ範囲にそんなに大きな大鷲蜂のコロニーは無いとユーグルからは聞いていた。
つまり、ラービの命令でグラシオからアンチェロンまで移動する過程で、操られた魔力を伝播させ、通りすがりの大鷲蜂達を巻き込みながら、あの大群になったのだ。
それが神器の力なのか、神獣の能力なのかは定かではないけれど。
「で、こうして森を包囲してから新たにラービの能力で指示を出し、寄生虫憑きを操ってあんたらが用意したポイントに誘導する……こんなところだな」
「それは……すごいですね……」
ほぅ……とため息をつきながら、サイコフはラービを見つめて舌舐めずりをする。
色気がありつつも、肉食獣がロックオンしたようなその仕草に、ラービはスッと移動して俺の後ろに隠れた。
「ウフフ……取って食いやしませんよ。ですが、その作戦が上手く行けば、この森に巣くうアンデッド化させる寄生虫は完全に駆除できそうですね」
うん、できてくれないと困る。
「ですが、少し不安が……。ラービさんの能力は素晴らしいのですが、蟲を操る持続時間というのはどれくらいの長さなのでしょうか?」
あー、そこは気になるよな。
俺がラービにチラリと目配せすると、彼女は一歩前に出て任せろとばかりに胸を叩く。
「そうじゃな……ワレの魔力の容量からいって、だいたい一日ほどは操るのが可能じゃ」
「一日……」
それを聞いたサイコフは難しそうな顔をした。
確かに神獣の森は、真っ直ぐ突っ切るだけでも並の人なら数日かかる大きな森だ。
そこを覆いながら一日しか対象を操作できないなら、討伐が中途半端で終わることになる。
そんなサイコフの不安を見越したように、ラービはニヤリと笑った。
「安心せい! ワレには奥の手がある!」
皆の注目が集まる中、ラービはくるりとサイコフに背を向け、胸元(体内)から神器『蟲の杖』を取り出す!
再び半回転してサイコフに見向き直ると同時にアクション映画の如く杖を振り回して最後にビシッと極めて見せた!
「日曜朝八時半のアニメの如く、愛と勇気の力を持って寄生虫どもを誘導、殲滅してくれるわっ!」
ああ、アクション映画じゃなくて、女児向けアニメのつもりだったのか。
でも、そんな殺伐としたニチアサヒロインは見たこと無えよ!
っていうか、お馬鹿!
案の定、ラービが振り回した神器を見てサイコフが目を丸くしている。
ブラガロートでの戦いの後、ティーウォンドが気絶していたのを良いことにこっそりパクったのがバレるじゃねーか!
だが……問い詰めて来るかと思ったサイコフは意外にも額に手を当てて何事か思案していた。
「……よし、私は何も見ていません」
そう宣言して、輝く笑顔を見せるサイコフ。
どうやら神器の事を責めるより、俺達を使って寄生虫を撲滅する利を取ったみたいだな。
やれやれ、なんとか一安心と言ったところか。
「それで、そちらの神……杖を使えばどのくらい寄生虫を支配下の置けますか?」
「ふむ……まぁ、五日はかたいな」
へぇ、そんなにか。
神器ブーストで効果が五倍になる所に感心している俺以上に、サイコフは興味深そうにしていた。
「五日……それくらいあれば、最後の一日は森の中に入って行けば撲滅は完了できそうですね」
色々と頭の中で計算しながら、サイコフはブツブツと予定を立てまとめていく。
「うん! それでは我々も準備を進めますので、そちらもお願いします。必ず、成功させましょうね」
考えがまとまったのか軽くアイサツをして、サイコフは手を振りながら自分達が準備している寄生虫アンデッド達を収容会場の方へと走って行った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
異世界人達の元から戻ってきたサイコフを、部下の一人が迎える。
「どうでしたか、彼等の作戦は」
「ああ、大丈夫そうね。こちらも予定通り準備を進めて」
「はっ!」
兵士達にとってはどこの馬の骨とも知れない謎の人物の立案など不安しかなかったが、この砦の城主自らが確認してきて問題なしと判断した以上、ようやく安心して作業ができる。
時間までに迎撃準備を整えるべく、兵士は大きな声で仲間たちに激を飛ばした。
そんな部下達の様子を眺めていたサイコフは、口元を押さえて一人思案する。
(なるほど、ティーウォンドやコルリアナが敵に回したくないと思う訳だ)
自分より先に、一成達と接触していた仲間の英雄達が下した評価を思い出す。
(いつの間にか神器までも支配下に置く彼等……ナルビーク様はそれを危険と断じ、キャロリア様は有用と考えた……)
二人の王族の判断は、状況によってはどちらも正しいと考えられる。
(これは……襲名の義は荒れるな……)
数日後に行われる予定の国家行事の事を考えると少し憂鬱になってしまう自分がいた。
(何はともあれ……今は目の前の仕事だな)
面倒な考え事を一時放棄して気を取り直したサイコフは、部下達を監督すべく、出張外壁の方に歩を進めた。