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兵士達に案内され、俺達はこの砦を統べる五剣の英雄の元に向かう。
ちなみに、リョウライは見張りつきで地下牢に連行されている。
彼の素性はバレていないようだが、俺達が縄で繋いでいたため罪人か何かだと思われたらしい。
まぁ、厄介な事情を抱えた奴ではあるから、しっかりと監視していてもらおう。
何となく、以前に少しの間滞在した『轟氷都市』の砦に雰囲気が似てるなーとか考えつつ、建物の中を先を行く兵士についていく。
やがて兵士がとある扉の前で足を止め、その扉をノックすると中からどうぞと声がかけられた。
兵に促されて部屋に入ると、広めの執務室でございますといった内装が目に入ってくる。
本棚には様々な書籍や資料のようなものが並び、部屋の奥に陣取る大きな机には書類等が整然と分類されて置かれていた。
そして、その机のさらに奥、椅子に腰掛けながらこちらを見ている一人の……男……いや、女?
「ようこそ、我が『雷舞堺城』へ。私がここを預かっている五剣の一人、『雷舞剣』のサイコフ・フォクサーです」
椅子から立ち上がったサイコフはにこやかに自己紹介をしてきた。
たが、やはり男か女か判断しづらい。
その中性的な顔立ちに長い髪と細身の身体。
声だけ聞けば少し高めの男っぽいが、薄く化粧をしているみたいだしやはり女なのか?
「スマンが……ヌシは男か女か?」
俺と同じ疑問を抱いていたらしいラービが、怪訝そうな表情でストレートに問いかける。
流石だぜ、ラービ!
俺がしづらい行動をすかさず行う! そこにしびれる、憧れるってやつだ!
で、当のサイコフはラービからの質問に「んー……」と少し考えてから、「ご想像にお任せします」と笑みを浮かべて返答した。
いや、だからどっちだよ!
ツッコミを入れようとした俺達だったが、イタズラっぽく笑うサイコフの無邪気さと妖艶さに、つい見とれて言葉を失ってしまう。
むう……こいつは、女たらしのティーウォンドや野性的なゴリウーであるコルリアナとは別のベクトルで厄介な英雄だぜ……。
とりあえずサイコフの性別は置いといて、俺達も軽い自己紹介をした後に呼び出された用件を聞く。
「実は例の死体を操る寄生虫についてなんです」
ああ、あの……。
サイコフの言葉に、かつてのブラガロートでの戦いがフラッシュバックする。
あの厄介な蟲は、さすがにこの短期間での駆除は無理だったか。
まぁ、いわゆるゾンビ映画のゾンビみたいな増え方するし、完全に全滅させなきゃいけないんだから、簡単にはいかんわな。
「この雷舞堺城を始め、岩砕城壁、轟氷都市、そして国境警備兵の協力もあり神獣の森に発生したアンデッドのうち、人型や大型の獣に寄生した物はほぼ駆逐されました」
マジか!? すごいな、それは。
しかし、人型や大型って区切ると言うことは……
「お察しの通り、小動物型アンデッドが、恐らくまだ残っています」
ああ、やっぱり。
目立たない分、そういう奴等の方が駆除しづらいとは思ったんだよなぁ。
「あの寄生虫の繁殖力や性質を考えれば、いつまたアンデッドが大発生してもおかしくありません。そこで、あの寄生虫と最初に対峙したあなた方の知恵をお借りしたいのです」
確かにサイコフの心配もわかるな……。
あの寄生虫をほっとけば寄生先の死体と融合して、強力な『キメラゾンビ』に進化する。
そうなるとベースが小型の動物でも、でかい獣を殺してそいつに寄生し、また大繁殖しかねない。
とはいえ、森に潜む小動物型を完全に駆除する知恵なんてものは……あ! あったわ。
俺は隣に座るラービを見る!
するとラービは意を得たりと言わんばかりに親指を立てた!
「サイコフよ、ヌシに協力しよう」
ラービの言葉に、彼(彼女?)の顔がパッと輝く。
だが、もちろんタダではない。
交換条件として、俺達が連れていた罪人、つまりはリョウライの身柄はこのまま俺達に預かり、アンチェロンの王都まで行く許可をもらう。
逆にそんな事でいいのかとサイコフは怪訝そうな顔をするが、リョウライが実は五爪で異世界人だと知れたら、絶対にアンチェロンに身柄を引き渡せと言われるだろう。
今、この国の王族に不信感が募っている俺達にとって、万が一この国と敵対した時、不利になりそうな事は控えておきたいというのが本音だ。
あ、当然、今回回収した二つの爪の神器も渡すつもりはないですよ。
さて、こちらの裏野事情はともかく、やる事はやっておこう。
疑うばかりでなく、信頼を得る努力も忘れちゃいけないしな。
「寄生虫憑きを一ヶ所に集める、だから場所と駆逐要員を提供してくれ」
わかりました、すぐにでもと二つ返事でサイコフは答え、早速人員の手配に入る。
うーん、この様子を見るに俺達が思っていた以上に打つ手が無かったのかもしれないな。
「おそらく明日の昼くらいには手配が終わります」
「うむ。討ち漏らしや逃走だけは無いように、しっかりとした場所を頼むぞ」
サイコフは頷き、作戦開始までの間、俺達が休憩する部屋を用意してくれた。これはありがたい。
「あの……御主人様。どのようにして寄生虫憑きをおびき寄せるのでしょうか?」
宛がわれた部屋に入り、俺達だけになってからレイが尋ねてくる。
おいおい、こっちには『蟲の女王』がいるのを忘れたのか?
「フフフ、ワレに任せておけ。笛に誘われるネズミの如く蟲憑きどもを呼び寄せてくれるわ」
自信満々のラービに、安心したようにレイはホッと息をつく。
「流石はラービ姉様。あの広大な森の隅々まで、魔力で覆う方法はすでに考えてあるんですね!」
「え?」
「「え?」」
レイの一言にラービの表情が固まる。
そんなラービを俺とレイが見て固まる。
考えてねぇのかよ……。
「はわわわ……か、一成……」
青ざめたラービが俺に助けを求めてくる。
求めてくるが……俺も魔法とかは専門外だぞ!? っていうか、魔法使えないし!
うーん……しかし、これはまずいぞ。
結構な大口叩いてしまった手前、たまたま近くにいた小動物型をちょっとだけ集めてもダメだろう。
なにせサイコフ達が求めているのは根本的な解決だ。
とにかく、ラービの蟲を操る能力がどの程度の物なのかちゃんと検証しないと。
つーか、自覚しとけよ。自分の能力でしょ!
まずは先のグラシオでの戦いで、彼女が大鷲蜂を操った状況などをもう一度検証しなおす。
そうして解った情報をまとめていた時、俺の脳裏に閃く物があった!
「そうか、これなら……」
俺の呟きにラービが期待のこもった眼差しを向けてくる。
「うん、こういうのはどうだろう」
とりあえず思い付いた作戦の骨子を二人に話してみる。
俺の策を聞き、少し考え込んだ彼女達は、それぞれ頷いて顔を上げた。
「流石です、御主人様! その知謀、諸葛亮に勝るとも劣らぬと言っても過言ではありません!」
いや、過言だよ!
いくらなんでも褒めすぎだ。悪い気分じゃないけど。
「いやいや、諸葛亮を越える加亮先生と呼んでもいいくらいじゃ!」
『加亮先生』って、それ水滸伝の呉用の道号じゃねーか!
「うっかりミスをやらかすイメージの好漢に例えるなよ、縁起でもない!」
そりゃスマンのとラービが詫びて、俺達は顔を見合わせて笑う。
……水滸伝だけに、『演義』と『縁起』をかけたんだが、滑ったのを気取られなかったみたいだから、このまま闇に葬ろう……。




