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そうと決まれば善は急げだ。
俺達がここにいてもできる事はないし、早速アンチェロンに向かうとしよう。
「あ、そうだ。ラービ、ちょっといい?」
いきなり出鼻を挫くようにマーシリーケさんがラービを呼び止める。
何事かと彼女が尋ねると、少し協力してほしいとマーシリーケさんは提案してきた。
「アンタ大鷲蜂を使役出来るのよね?」
「無論じゃ。しかも結構な数をな!」
スゴいドヤ顔で答えるラービ。
すると、マーシリーケさんは満足そうに頷いて、本題に入る。
「じゃあさ、黄金蜂蜜の量産かけてくれない? そうすれば例の回復薬も数が作れるし」
なるほど、そりゃいいアイデアだ。
もう残り少ないと以前に言っていたし、いざという時の為にも在庫はあった方が心強い。
「ふむ、それは良いのぅ……よし、その方向で操ってみよう」
マーシリーケさんの申し出に、ラービも割りと乗り気みたいだ。
とはいえ、養蜂をするならそれなりのスペースや施設が必要になるだろう。
何せ相手は蜜蜂なんてカワイイようなサイズじゃない。
猛禽サイズの蜂がひっきりなしに出入りできる広さってどのくらいなんだ……?
まぁ、最初に黄金蜂蜜を手に入れた洞窟くらいのスペースは必要だろうな。
思い出すなぁ……黄金蜂蜜をパクったから先代の『女帝母蜂』が大暴れしたこと。
そして、それを倒した日の事を。
……当時の事を思い出すと、俺達がハルメルトの村が全滅に至る一因だったという辛い記憶まで甦ってくるからこの辺にしておこう。
「さて、それじゃあ俺が国境近くまで送っていこう」
マーシリーケさんとラービが、ざっくりとした打ち合わせを終えた辺りで、ユーグルが声をかけてきた。
例の転移空間で送ってくれるみたいで、これはありがたい。
すると、ちょうどいいタイミングで、別の兵士が捕虜となっていたリョウライを連れてきた。
「コイツの身柄はお前たちに預けるんだからな。しっかりと連れていけよ」
ユーグルはそう言うと、リョウライの両手を縛っているロープの先を俺に手渡す。
「フッ……国に裏切られ、妻に裏切られて、挙げ句の果てに敵の捕虜か……落ちぶれた物だな」
リョウライは昨日の真っ白な灰からは立ち直ったようだが、それでもかなりやさぐれている。
もう! いい大人が、青少年の前で! もっとしっかりしてくださいよ!
「ヌシが落ち込むのも解る。じゃが、いつまでも落ち込んでいるよりは、新しい出会いに目を見向けた方が良いのではないか?」
ラービが慰めるように肩を叩くが、リョウライはそれを鼻で笑う。
「お嬢ちゃん……それじゃあ、アンタの相方が別の女を作ってアンタを騙していたと想像してみなよ」
意地の悪いリョウライの言葉に、ラービは一瞬真顔になった。
そして唐突にポロポロと大粒の涙を流し始める。
って、おい! なに泣いてんだ!
「嫌じゃあ……そんなの辛すぎる……」
想像だけでこんなに泣き出すラービもラービだが、リョウライのやさぐれたオーラがかなりの影響を与えているみたいだ。
他人をも無理矢理ネガティブな方向に持っていくとは、寝取られ男の負の感情はなんとも恐ろしい……。
やっぱり現実にはダメだね、そういうのは。
イチャラブ推進派の俺は間違っていなかった。
「か~ず~な~り~」
涙で顔を歪めたまま、ラービが俺に抱きついてくる。
よしよし、俺の胸でお泣き。
だが……べそをかくラービの頭を撫でながらも、正直コイツがこんな反応を示したのは意外だった。
もっと病んでる感じのリアクションが来るかと思ってたから、そのギャップがいい感じですよ、ええ。
何て言うか、こんな風に感情を晒されると……なんとも可愛いくてたまらないと思える。
そんな俺達の様子をレイが興味深そうに見ていた。
「以前は『前振り的にモメてから仲直りイチャイチャ』が主流だと思っていましたが、『素直に甘えながらのイチャつき』も取り入れるとは……一つの型に固執しない柔軟性はさすがです!」
ふふふ……そう、男女の仲は常に流動的なのだよ。
でも、お前はどこからそんな知識を得てくるんだ?
もしかして俺の知識からか?
だとしたら若干、申し訳ない……。
「……そろそろ行こうか?」
ピンク色の空間を形成し始めていた俺とラービに、ユーグルが呆れたように声をかけてきた。
いや、スマンね。メンゴ、メンゴ。
謝る気無いだろ、お前ら……そう呟くと、ユーグルはため息を一つ吐いて、スタスタと歩き出す。
俺達も族長さん達に簡単に挨拶をしてから、慌ててユーグルの後を追った。
そうして王都を抜け、転移空間を潜り、あっという間にグラシオとアンチェロンの国境までたどり着く。
「では、俺とはここでお別れだな」
少し先にある、アンチェロン側の国境を守る砦、『雷舞堺城』を眺めながらユーグルはそう切り出した。
「……今回の件では、お前達には世話になった、改めて礼を言う」
ユーグルは俺達に軽く頭を下げながら、そんなことを言う。
初対面の時は嫌悪感バリバリだった彼の口からそんな言葉が出てくるとは、少し意外だ。
「ヌシがそんなに素直な態度に出るとはの」
俺と同じような感想を抱いたラービが、それをそのまま口に出す。
その言葉に、少々憮然としながらも、ユーグルは天を見上げて「確かにな……」と呟いて笑みを浮かべた。
「正直に言えば、初め『森林樹竜』様がお前達に会いたいと言った時には、何をバカな事をと思ったよ……」
だよね。めっちゃ態度に出てたし。
「だが、お前達の力を知り自分の了見の狭さに気付く事が出来た。今ではこの出会いの機会をくれた『森林樹竜』様に感謝している」
妙に真顔でそんなことを言われると、こっちのほうが照れてしまう。
だから俺は話題を変える意味も含めて気になっていたことを尋ねた。
「そういえば、その『森林樹竜』……『シルワ』は英雄達に殺されたけど、グラシオへの影響は大丈夫なのか?」
「確かにしばらくは防衛なんかの面で影響はあるだろう。だが、すでに次の『森林樹竜』が芽吹いているからな……数年後には元通りだろう」
ん? そうなの?
怪訝そうな顔をする俺達に、ユーグルが説明してくれた所によると、『森林樹竜』は植物の特性が強く無数に枝分かれしているため、本気で存在を消すつもりならグラシオの植物全てを消滅させるくらいでないと不可能らしい。
言ってみれば、グラシオ全体が『森林樹竜』の肉体みたいな物なんだとか。
その中で意思を持った部分が『シルワ』のような個体名を持って活動し、それが死ぬと記憶を引き継いだ次の個体名持ちが現れるのだそうだ。
ほぼ不死だよな、それ……。
改めて神獣というもののデタラメっぷりを知らされた気分だ。
まぁ、うちにも常識外れの神獣的なやつがいるけれど。
チラリとラービを見ると、目があった彼女が笑う。
もう……のんきな奴だな。
「まぁ、そんな訳でこちらの心配はいらない」
うん、話を聞けば俺に心配されるような事はなさそうだな。
ユーグル個人としてはフィラーハの事もあるだろうけど、族長さんが復帰すればなんとかなるだろう。
「それよりも、お前らの方が立場的には厄介なんじゃないか?」
……確かにな。
グラシオに来た時を狙ったようなリョウライ達の襲撃。
もちろんアルツィやフィラーハの手引きというのもあったろうが、あまりにも狙い済ましたような襲撃のタイミングは、他にも情報を流していた奴の存在を感じさせる。
そしてキャロリアからの手紙にあった一文……。
これから面倒な事になるかもしれない。
「もしも困った事があればまた訪ねて来い。亡命するなら歓迎するぞ」
冗談まじりで言ってくるユーグルに、その時は世話になるよと返す。
いや、マジでその時はお願いしますね?
「じゃあ、俺達は行くよ。またな」
「ああ、また会おう」
握手を交わして俺達は別れる。
グラシオ側の国境を越えるまで、ユーグルは俺達を見送ってくれていた。
「共闘の末に芽生える友情か……青春だねぇ」
いいもの見せてもらいましたと、茶化すようにリョウライが声をかけてくる。
まぁ、確かに今まで会った英雄なんて連中は一癖も二癖もある奴ばかりだったからなぁ。
こうして爽やかに交友を結べたのは良いことだ。
「ついでにどうだ? 拳を交わして芽生えた友情と言うことで、俺の縄を解いてはくれないか?」
却下だ。
同情はするけど、友情は感じてないし。
それに何て言うか、自由にしたら衝動的に自殺でもしそうな危うさが感じられてちょっと怖い。
もう少し落ち着くまでは、監視の意味も込めて見張っておいた方が良いだろう。
グチグチ言ってるリョウライを無視して、俺達は『雷舞堺城』の検問所にたどり着いた。
そこで出国の際に提出した出入国許可書を提示する。
すると……。
ざわりとした空気が検問所に漂う。
え? なにこの雰囲気?
ぎ、偽造とかじゃないぞ!
若干、狼狽えていると奥の方から数人の兵士が現れて、俺達を取り囲む。
臨戦態勢に入ろうとするラービやレイを抑えていると、そいつらの隊長らしき人物が一歩、歩み出て俺に一礼してきた。
「突然の無礼、申し訳ありません。この雷舞堺城を納めている五剣の英雄である『雷舞剣』のサイコフ様があなた方に面会を求めております。御手数ですが、我々とご同行願いたく存じ上げます」
言葉使いは丁寧だが、有無を言わさぬ圧力と響きがそこには込められていた。