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インセクト・ブレイン  作者: 善信
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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


解毒治療霧キュワ・アックァ

ムシルダの魔法が発動し、フィラーハと彼を霧のような物が包み込む。

それが晴れると、先程まで小刻みに震えていた二人はしっかりとした足取りで立ち上がっていた。

「へぇ……」

その様子を見ていたマーシリーケが感心したような、興味深いような声を漏らす。


再度、三対一の形になったわけだが、流れは圧倒的にマーシリーケにあった。

さらにノアも控え、ユーグルも間もなく回復して戦線復帰するだろう。

「潮時かな……」

回復魔法を使ったムシルダがポツリと呟く。


「フィラーハさん……残念ですがここは退却するとしましょう」

その一言に、この場にいる全員の目が彼に向けられる。

しかし、その言葉に真っ先に反対したのはフィラーハだった。

「何を言ってるんですかムシルダさん! まだ、お兄様をお救いしていないじゃないですか!」

愛する兄を手中に収める寸前まで行きながら、それを諦める事が出来ないフィラーハは食って掛かる!

まるでヒグマのごとき執着を見せる彼女を諭すように、ムシルダは静かに語りかけた。


「フィラーハさん……いまここで無理を押せば、お兄さんは永久に手に入らなくなりますよ? いや、下手をすれば永久に失う恐れもあります」

ユーグルを失う──その言葉に恐怖したかのように、フィラーハは口を紡ぐ。

「今は体勢を立て直しましょう。なぁに、離れる時間が長いほど想いは募ると言うじゃないですか」

次の再会はより情熱的になりますよ……ちらりとユーグルに目線をやって、ムシルダはフィラーハを説得する。

小さく唸りながら、泣きそうな顔でチラチラとユーグルを見るフィラーハだったが──。

「…………わかりました」

蚊の鳴くような細い声で、ムシルダの意見に従う意を示した。


「よし……では、我々はこの辺で失礼させていただきます」

まるで仕事帰りのサラリーマンみたいな挨拶をして、この場を立ち去ろうとするムシルダ達。

「待てっ!」

だが、それを引き留めたのは、ユーグルだった。

「アルツィは……アイツはお前らの仲間じゃなかったのか! それを置いていくつもりかっ!」

ユーグルの言葉に、ムシルダがキョトンとした表情を作る。

「……仲間ではありませんよ? 利用し、利用される……ただの協力関係です。ねぇ?」

ムシルダに話を振られて、アルツィは憮然とした態度でその通りだと告げた。

「利用価値が無くなれば切り捨てるのは当然。ご理解頂けましたか?」

ユーグルは答えない。ただ、険しい顔で杖の英雄達を睨み付けるだけだ。


「一応、聞いとくけど、すんなり逃げられると思ってる?」

目の前で逃走の算段をする二人にマーシリーケは立ちふさがった。

ノアも油断無く彼らの動きに気を配り、いつでも動けるようにスタンバっている。

そんな万全の彼女達にムシルダは薄い笑みを浮かべながら、手にした神器を振りかざす!

その途端、大量の蒸気が杖から吹き出してムシルダとフィラーハを覆い隠した!

それと同時に、まるで彼らの存在そのものが消えてしまったかのように気配が消え失せてしまう。


完全に姿が隠れた二人に対し、マーシリーケがナイフを投げつけるが手応えは無く、僅かに樹木に突き刺さった音だけが聞こえてきた。

『それでは、またお会いしましょう』

『お兄様……かならずお迎えにまいります……どうか、それまでご自愛ください』

捨て台詞のような声が霧の中から聞こえ、マーシリーケは小さく舌打ちをする。

やがて霧が晴れると、そこにはもう六杖の英雄達がいた痕跡は残っていなかった……。


「ったー、しくじった。神器ってのはやっぱりやっかいね」

ムシルダの発生させた霧を警戒して彼らをみすみす逃してしまったマーシリーケが悔しそうに言う。

だが、彼女の言葉を聞いていたユーグルからすれば、英雄が逃走するような状況を作り出したマーシリーケの方が異常なのだ。

そんなに悔しがられては、同じ英雄としてなんとも言えない気分にさせられる。


「まぁ、逃げられたのは仕方がないとして……置いていかれたあなたは大人しく投降してくれるのかしら?」

この場に残された唯一の敵であるアルツィに、皆が注目した。

「…………」

「投降しろ、アルツィ」

無言で立ち尽くす彼に、ユーグルが声をかけた。

「裏切ったとはいえ、同じ四弓のよしみだ。これ以上抵抗しないなら……」

肩を震わせるアルツィの姿を見て、言いかけたユーグルの言葉が止まる。


「く……くく……」

泣いているのか……? 始めはそう思った。

しかし、顔を上げたアルツィは口を歪めて笑っていたのだった。

「くくく……くはははっ!」

こらえきれないと言わんばかりに笑い始めたアルツィをユーグルが問い詰める!

「何が可笑しい! 狂ったか!」

激昂するユーグルに、ようやく笑いやんだアルツィは侮蔑を含んだ口調で答えた。

「いやいや、お前らがあまりにも見当違いの事を言っているから可笑しくてな……」

何をもって見当違いなどと彼が言うのか意味が解らず、怪訝そうな表情を浮かべるユーグル達。

そんな彼らに説いて聞かせる教師の如く、アルツィは己の神器の弦を引いた!


バチバチと大気を焼くような音と共に、今までとはまるで違う、真っ赤に染まった矢が引き絞られた弦の先に出現する。

それを見たユーグルが蒼白になった。

「馬鹿な……いつの間に大山弓に魔力を込めた!」

焦るユーグル。

そんな彼とは対称的に、アルツィは余裕を持って口を開く。

「六杖の連中とお前らがやり取りをしている間さ……これでお前らの見当違いの意味が解っただろう?」

そう言われてもピンと来ないマーシリーケが、トコトコとユーグルに近づいて説明を求める。


「奴の神器……『大山弓』は魔力を蓄積して威力を高める事が出来る。特に赤い矢を出現させた時、その威力は山をも貫くと言われている……」

その山をも貫くと言われる赤い矢が、いままさに装填されているのだから、ユーグルが青くなるのも理解できるというものだ。


「お前らが私を追い詰めたのではない……お前らこそが追い詰められていたのだ」

この場にいる者達を一撃で粉々にできるような奥の手を持っていたからこその余裕の態度だったのだろう。

しかし、ユーグルには一つだけ解せない点があった。

「さっきの僅かな時間でここまで魔力を籠められるはずがない……お前は一体、何をした!」


「簡単な事さ……」

そう言ったアルツィの口元から、一筋の赤い滴が流れる。

「命を削っただけだ!」

赤い矢に匹敵するような血が流れるのを気にも止めず、アルツィは壮絶な表情で笑う。

「邪魔なお前らをここで消し、姉上は必ず手に入れる!」

すさまじい執念が彼を突き動かす!

己の寿命を磨り減らしても愛する姉を我が物にしようとする、狂った情念に身を焦がす男の姿がそこにはあった。


矢を向けられたマーシリーケ達が息を飲む。

いかな彼女とはいえ、この神器の一撃を防ぐ術は無かった……。

そこでアルツィは、ふと思い出したようにユーグルの方を見る。

「お前が死ねば、お前の妹は怒り狂って私の前に姿を現すだろう……そうなれば、姉上を傷付けたあのクソ女もぶち殺してやれるし、なんとも丁度いいな!」

愛する姉の顔を焼いたフィラーハをもとより許すつもりなどアルツィには無い。

事が済めば真っ先に殺すつもりだったので、彼女の方から現れてくれそうな状況を作れることにアルツィは満足気に頷いた。


その一瞬の隙を突いて、マーシリーケがアルツィに向かってナイフを投げつける!

しかし、彼の回りに展開していた魔力の乱気流がそれを弾き返してしまう!

「無駄な抵抗、ご苦労。では死ね」

静かに、そしてあっさりと矢は放たれた──。


轟音と共に、周囲の大気や地面を抉り取りながら、放たれた矢はマーシリーケ達に向かって飛来する!

彼女達に着弾する寸前で光が脹らみ……弾け飛んで周辺は白一色に飲み込まれた!


──時間にしてわずか数秒。

視界が戻ってきたアルツィの目に、彼の足元からユーグル達に向かって伸びる地面を抉った痕跡が飛び込んでくる。

その跡を辿って視線を動かして行けば、ユーグル達が消失した少しの残骸と、彼の矢が破壊した大地の傷痕が現れるはずだった。

だが……彼の視界に映ったのは、無傷なマーシリーケ達の姿!


「バカな! なぜ生きている!」

全開の神器の一撃だったのだ!

あるはずの無い事象が目の前で起きた事に、思わずアルツィは叫んでしまう。

しかし、当のユーグル達にもなぜ助かったのか理解が出来なかった。


「……私が大山弓の魔力を消滅させました」

不意に森の方から声をかけながら一人の人物が姿を現す。

「ナトレ……」

現れた人物を確認したアルツィが呟くように彼女の名を呼んだ。

そう、現れたのは耳長族の王城にて内政を仕切っているはずの最後の四弓、ナトレだった。


「私の神器『大浄弓』はあらゆる魔力を消滅させる矢を放つことができます。その能力ちからを持って、アルツィさんの赤い矢を消し去りました!」

ユーグル達を助けた自分の神器を構えながら、ナトレはアルツィをキッと見据える。

「……なぜ、お前がここにいる」

本来ならば居ないはずの人間が、何故かこの場に居合わせて自分の邪魔をする……そんな、あってはならない状況がアルツィには我慢がならず、沸々と怒りが沸き上がってきた。


視線だけで殺しそうな剣幕のアルツィに対し、ナトレはスッと道を開けるように体をずらす。

そんな彼女の脇を、一人の女性が通りすぎて彼女の前に立った。

現れたその女性は、首から上を包帯でぐるぐる巻きにされてはいるものの、隙間から見える瞳には力が宿っていた。

その女性が、愛用らしい馴染んだ弓を引き、矢をつがえてアルツィと対峙する。

その姿を見たアルツィの表情が、一瞬の戸惑いの後、驚愕に染まった。


「あ……姉、上……」

ポツリと言葉を漏らした彼の胸に、包帯姿の族長、テナーロの放った矢が深々と突き刺さった。

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