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「このクソガキ……訳の解らねぇこと言ってんじゃねぇぞ!」
リョウライへのトドメを刺しそびれたディセは、血走った目で俺を睨み付ける。
はっ! だが、そんな目で見られた所でへのカッパだ!
お前らが長々と話し込んでいてくれたお掛けで、こちとら回復薬で全快だぜ!
「シャアッ!」
気合いの呼気と共に素早い爪の攻撃を無数に繰り出すディセ!
だが、俺はそれらを軽々と捌くとジャブで牽制、僅かに間合いが開いた所でバク転するようなサマーソルトキックを放ってディセの顎を蹴り上げた!
格ゲーみたいに溜め時間無しで撃てるのが強みだな!
ディセは蹴られた勢いそのままに後方に跳んで距離を取った。
正直、今の攻防では大したダメージは与えていないだろうが、何が飛び出すか解らないといった心理的プレッシャーはかけられたみたいだ。
「テメェもアイツと一緒で妙な体術を使うみてぇだな……」
まぁ、俺のは邪道ではあるけどな!
「だが、それも終わりだ……本気になった俺は止められねぇぞ」
そう言うと、ディセは自身の神器を見せびらかすように前に突き出した。
改めて見てみれば、手の甲に虎の物を思わせる鋭い爪の付いたその手甲は、他の神器と同様にそれ自体がオーラを放っているように見える。
「俺の神器……『虎爪』の能力はあらゆる気配を消し去り、俊敏性を大幅に上げるという物だ」
自慢気に言うだけあって、元々身体能力に長けた耳尾族のスピードが強化されれば確かにそれは脅威だろう。
「体験させてやるよ……目にも見えない速さってやぶほっ!」
ゴッという鈍い音と共に、語っていたディセの口上が中断する。
彼の顔面にめり込んだ俺の膝蹴りのせいで。
再び鼻血を撒き散らしながら、ヨロヨロと後ずさるディセ。
あー、あの出血量なら鼻骨が折れたかもな。
「テ、テメェ……さっきから不意打ちばっかしやがって! 正々堂々と戦う気は無ぇのか、コラァ!」
うるせー、ボケ!
元々、こっちは二対一のハンデ戦なんだつーの!
特撮の悪役じゃあるまいし、お前が本領発揮するまで待ってられるか!
まぁ、百歩譲ってコイツが立派な武人なら正々堂々とやってたかもしれないが、様々な外道な振舞いを見ちまったからな。
外道な輩には外道を持って当たるべしって、どっかの誰かが言ってた気もするから、これでいいのだ。
「クソがぁっ!」
ディセが罵声と共に足元を蹴り付けて俺の方に土を飛ばす!
攻撃どころか、目眩ましにもならない牽制だが、一瞬だけ目を離した瞬間に奴の姿は消え失せていた。
今の隙に神器を発動させやがったか……。
姿こそ見えない物の、周囲を高速移動する何者かがいることだけは解る。
今のところはその気配を捕らえられないが……。
『限定解除』を発動し、肉体のみならず感覚神経も強化した俺は、無造作に目の前の空間に右腕を伸ばした!
ガシッとした衝撃と一緒に、右手に伝わる何かを掴んだ感触!
それと同時に姿が見えるようになったディセは、荒い息を吐きながら驚きに満ち溢れた表情を浮かべる。
「な……なんっ!」
なんで? と言いたかったんだろうが、答えは簡単だ。
単純に奴の動きが見えていたからである。
もっと言えば、俺がディセの鼻を折り、呼吸を阻害していた事でスタミナが切れかかってスピードが落ちたから、こうもあっさりと捕まえる事ができたのだ。
「ぐっ!」
ディセは俺の手を振りほどこうとするがそうは行かない!
俺は暴れる奴の懐に潜り込むと、思いきり背負い投げで奴を地面に叩きつけた!
「ぐほっ!」
受け身も取れず背中を強打したディセの口から苦悶の声が飛び出す!
だが、まだまだこんなもんじゃ終わらない。
倒れている奴を無理矢理引き起こして、再度背負い投げ!
そして、それを三度、四度と繰り返す!
奴の体から抵抗する力が抜けた頃を見計らい、回転を加えて上空高くへと放り投げる!
勢いよく落下してきたディセが爆発じみた衝撃音と共に地面に激突した時、勝利を確信した俺は某格ゲーの柔道家キャラの如く天に向かって拳を振り上げた!
──白目を向いて痙攣しているディセを尻目に、俺は踞ったままのリョウライに近づく。
間合いに入ったにも関わらず、全く反応を見せない。
まさか死んでるのかと危惧したが、呼吸はしているみたいだしなんとか生きてるみたいだな。生ける屍みたいだけど。
まぁ……この世界での拠り所を全て失ったようなもんだから無理はないとは思う。
寝取られは二次元だけで勘弁してほしいなんて話はネットなんかでもよく言われていたし、現実に食らったリョウライのショックは計り知れない。
──とは言え、現状フリーと化していると言っていい彼をこちらに引き込むいい機会かもしれない……という考えも浮かぶ。
彼がいま属しているスノスチには、もはや借りも義理も無い状態だろうし、こちらの味方になってくれるなら元の世界に帰る為の力になってくれるだろう。
同じ世界から召喚された縁もあるし、和解できるならした方が良い。
真っ白な灰になってるよりは、やる事があった方が気が紛れるだろうしな。
ただ、気持ちが落ち着くまでは、もう少し一人にしておいた方がいいかもしれない。
そう思って、リョウライの近くに回復薬を置いて声をかけ、何気なく仕止めたディセの方に目を向けると……そこには誰もいなかった。
「!?」
驚きのあまり声にならない声が出る!
嘘だろ、さっきまで意識をなくした奴が倒れていたじゃねーか!
あの超必殺技を食らってまだ動けたとは、正直見立てが甘かった……。
くそっ!
奴の神器は気配を遮断して敏捷性を上げると言っていたな……となると、今もどこかの木の影から俺を狙っている可能性が高い。
すでに限界近くまで使っている『限定解除』は、これ以上使えば後遺症がでるだろう。
せめてカウンターを当ててやろうと、周囲に気を張り巡らせる!
……十秒……二十秒……。
時間は淡々と過ぎて行く……。
さらに一分ほどが経過して、ひょっとして逃げたかな? なんて考えが頭を過る。
が、次の瞬間、背後に強烈な殺気を感じた!
慌てて振り返った俺が見たものは、背を向けていた俺を襲おうとしていたディセ!
そしてそのディセの背中に突き刺さる魔力の矢であった!
んん!? なんで!?
背に受けた矢のせいで、ディセは俺を襲うどころか着地すらままならず、地面に転がり落ちる。
「あ、ああ……」
呻きながら矢の飛来した方向に顔を向けたディセは、血走った目でそちらを睨み付けた!
「だ……れだ……くそ……」
血を吐きながら絞り出した声。
それが五爪の英雄、ディセの最後の言葉になった。
再び森の中から飛来した矢が、今度はディセの額を射ち貫く!
矢に込められ魔力ゆえか、弾けた矢は奴の頭部を爆発四散させた!
首から上を失った奴の体はぐらりと揺れて、静かに倒れる。
それを見届けて、ようやく森の中から矢を放った人物が姿を現した。
現れたのは、ボロボロになった衣装を身に付けた四弓の英雄、パドだった!
ラービと一緒に捕らえられていたはずだが、無事に脱出できたみたいだな……服装を見るに、無傷って訳では無さそうだが。
「ざまぁみろ、くそ野郎」
吐き捨てるように、パドはディセの亡骸に言い放つ。
……戦場で女が捕虜になったんだ、「くっ殺」みたいな状況だった事は想像するに容易い。
酷いことされた本人が目の前にいると洒落にならないな、これ……。
何か声を掛けようとしたが、上手い言葉が見当たらず、あうあうとキョドる事しかできない。
そんな俺を見て、パドは少しだけ笑う。
「気にすんなし。ウチだって戦士だ、捕まった時の覚悟くらいはできてたから」
そう言ったパドの頬を一筋の涙が流れた。
「あ、あれ? なんだこれ……」
涙はポロポロとこぼれて続け、いつしかパドは声を押し殺して号泣し始めていた。
かたや海よりも深く沈み込むリョウライ。
かたや両手で顔を隠して泣きじゃくるパド。
もはや俺のキャパシティを越えた状況に、ただオロオロするばかり。
誰かー! 早く来てくれー!
パニクる寸前だった、その時!
俺の願いが天に通じたのか、新たに森の中から飛び出してくる二つの人影!
「愛の戦士、ラービ参上! 敵はどこじゃあ!」
「夢の闘士、レイ見参! 敵は全員ぶっとばします!」
意気揚々と現れたラービとレイが、ポーズを決めて口上を放つ!
……が、明らかに重苦しい雰囲気が支配する空気に気付いて、事情が解らぬ二人はみるみる困ったような表情になっていった。
ううん……もう少し頼れる援軍が欲しかったぜ……。