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鎧の上から衝撃が伝わる!
そして奴はさらに発剄を流し込んで来るだろう!
そこが狙い目だっ!
腹部に突き刺さる奴の腕をがっちりと押さえつける!
どうせ弾かれるかもしれないが、一瞬でも動きを止めれればいい。
『限定解錠』を発動させ、思いきり奴の腕を握りしめつつ、奴の伸びきった肘目掛けて天まで貫くような膝蹴りを放つ!
ボグリという嫌な音と感触が伝わり、それを追うようにリョウライの絶叫が響いた!
「ぐわあぁぁぁぁぁっ!」
曲がってはいけない方向にへし折れた腕を押さえてリョウライは苦悶の表情を浮かべる。
くくく、計算通り……。
以前、読んだことのあるその手の本によれば、発剄というのは「発生した運動エネルギーを分散させることなく一定の方向に伝える技術」であるらしい。
つまりは「当たった瞬間」よりも「当てて押し込む」方が重要だということだ。
だから俺は、崩拳だけは食らうことを前提にして、発剄を流し込まれるのを防ぎ、その隙に反撃を狙ってやった!
まさに「肉を切らせて骨を断つ」を地でいったわけだ。
……だが、俺の方もかなりのダメージを受けていた。
まず、ヒビの入っていた部分の鎧は完全に砕けて穴が空いている。
それに、血と一緒に酸っぱい物が胃から込み上げて来ていて、気を抜くと吐瀉物でマーライオンみたいになってしまいそうだった。
我慢だ、俺! せっかく綺麗に反撃が決まったのに、ゲロのまみれてのたうち回るのは格好悪過ぎるぞ……。
「ぐっ……くぅ……や、やってくれるじゃないか……」
ダラダラと脂汗をかきながらもリョウライは苦痛の表情をひきつった笑みに変える。
多分、蟲脳による鎮痛効果が効いてきたんだろう、俺の方もある程度は痛みが引いてきていた。
とはいえ、俺もリョウライもあくまで動ける状態ってだけで、戦闘を続行するにはしんどい事に変わりはない。
それでも、ここで引く訳にはいかず、構えを取り……。
「こっからは俺の出番だな」
そう言って前に出てきたのは、もう一人の爪の英雄ディセ!
って、ちょっと待てよ! ここはお前が出てくる場面じゃないでしょ!
俺とリョウライが身動きとれなくなってから、ゲスい顔して手柄をかっさらおうとした所を駆けつけたこちらの助っ人に撃退されるのがお約束じゃねーか!
空気読め!
「……そうか、それじゃあお言葉に甘えようか」
ディセの提案に乗ったリョウライが構えを解く。
なに甘えてんだ、お前も空気読め!
「ああ、任せてくれよ……な!」
言葉も終わらぬ内に、繰り出されたディセの『爪』が腹を切り裂き貫いた!
「俺」ではなく、「リョウライ」の腹を!
「っ……ぶはっ!」
血を吐きながらも、リョウライは突き刺さった爪を引き抜きヨロヨロと数歩さがって膝から崩れ落ちる。
「な……なんの真似だ、ディセ……」
「なんの真似って……アンタの役目は終わったから、トドメを刺してやろうって事さ」
まるで当たり前の事を聞くなよと言わんばかりのディセに対して、大ダメージを負いながらも
眼光鋭く睨み付けるリョウライ。
んん……なんだ? 仲間割れか?
驚いて目を丸くしている間に、なにやら話が変な方向に向かってない?
だが、これはある意味チャンスなんだな。
そろりそろりと腰のポーチから回復薬を取り出して、奴らの視界に入らないように飲まなければ……。
「……これは明確な反逆だ。粛正の対象となるぞ」
これまた当然の事を言うリョウライに、ディセはニヤニヤとした笑い顔で彼を見下ろす。
「いいや、反逆にはならねぇよ。俺の行動は王様からの密命だからな」
その言葉になぜだか納得するように舌打ちをするリョウライ。
なんだ? 王様と仲が悪いのか?
「……仮に王命だったとしても、他の五爪が黙っては……」
「いるよぉ。みんなアンタみたいなただの人間が俺達の筆頭だって事に不満を持ってるからなぁ」
言いながらディセはリョウライに近づき、彼のケモ耳を引っ張り上げる!
すると、その耳はあっさりとリョウライの頭から取れてしまった。
「こんな付け耳をしてまで俺達に馴染もうとしたんだろうけどよぉ、あいにく俺達は耳尾族の血が入ってねぇ、アンタなんぞは認めちゃいねぇんだ!」
どれだけアンタが強さを見せつけてもなぁと叫んで、ディセは付け耳を地面に叩きつけて破壊する!
俯くようにして、リョウライはぶつけられるディセの言葉をその身に受けていた……。
……すいません、なんか事情が伝わってくるたびに切なくなってくるんですけど!
つーか、なんなの耳尾族は! 純血主義なの?
そんなに嫌ならいくら強いからって言っても、最初からリョウライを入れなきゃいいじゃない!
「……妻と……子はどうなる」
端から聞いててモヤモヤしていた俺の耳にも、リョウライのか細い問いかけが届いた。
そうか……アイツは妻帯者だったのか。
道理で、元の世界に帰る事を放棄している訳だ。
「安心しろよ、アンタの嫁や子供は安全だ」
その言葉に、一先ずホッとするリョウライ。
だが、その姿を見つめるディセは性悪そうに顔を歪めていた。
「なんせ、アンタの嫁は王様のスパイだからなぁ」
一瞬、リョウライは何を言われたのか理解できていないようだった。
だが、呆けていたような表情が、みるみる怒りに満ちていく。
「ふざけた事をぬかすなよ……殺すぞ、キサマ」
静かではあるが、その言葉に込められた殺気はすさまじく、思わずディセはリョウライの側から飛び退いた!
「ふぅ……おっかねぇなぁ。だがな、俺の言ったことは本当さ」
「まだ言うかキサマァ……」
さらに濃厚な殺気はをみなぎらせながら、フラフラとリョウライは立ち上がる。
あの傷で暴れたら命取りだと言うのに、今のリョウライはディセを殴ることしか考えていない様だった。
「くくく……家族思いは立派なもんだが、アンタが任務で都市部から離れていた時はいつもアンタの嫁が王様の元に報告に来てたぜ」
なにやらゲスい笑い方をするディセ。
その物言いと表情から、報告以外にも何かしてましたよと言わんばかりだ。
「報告はな、いつも王様とベッドでまぐわった後にされていたんだぜ。アンタの愛妻は王様にブチこまれるのがご褒美だって大喜びだったぞ!」
ゲラゲラ笑いながら告げるディセに、リョウライはポツリと一言。
「死ね」
そう呟いて突っ込んで行く!
無事だった左腕で放つ崩拳!
だが、先程まで猛威を奮っていたその拳はあっさりとディセに止められてしまう!
「なんだよ、このへなちょこな突きは」
やはり利き腕を折られ、さらに腹に穴が開いた状態では、いかに怒りに燃えていようが本来の三割の威力も出てはいないようだった。
ゼィゼィと血の混じる荒い息を吐きながらも、光を失わないリョウライの眼がうっとおしいと感じたのか、ディセは念入りにリョウライの心を折るべく、その耳元で囁き始める。
「なぁ……アンタの子供、耳や尻尾に嫁とは違う特徴が出ていないか?」
突然何を……という顔つきのリョウライだったが、言われて思い当たる所があったのか、ハッとした表情か浮かぶ。
「耳尾族じゃないアンタの特徴が出る筈がないよな? じゃあ、その子供に出た母親とは違う特徴って誰の特徴なんだろうな?」
悪魔の囁きのようなディセの言葉に、何かを確信してしまったリョウライは蒼白になり、力を失ったみたいに、へなへなとへたり込んでしまった。
「解っちまったみたいだな……同情するぜ、辛いだろう?」
へたり込んで反応すら見せないリョウライの頭上に、ディセは爪の神器を振り翳す。
「だからよ、その辛さを終わらせてやるよ!」
奴がリョウライの脳天目掛けて尻尾を降り下ろす寸前!
「ぼぶっ……」
拳がめり込んだディセの顔面からくもぐった声が漏れる。
言うまでもなく、奴の顔面に叩き込まれていたのは回復を果たして元気一杯になった俺の拳だ!
ふらつき少し後退したディセは、ボタボタと大量の鼻血を流しながらも俺を睨む。
だが、怒っているのはむしろ俺の方だ!
「てめぇ……青少年の目の前でドロドロした人間関係見せつけやがって……俺はイチャラブ推進派なんだよ、ばか野郎!」
昼ドラみたいな話を聞かされた俺は、リョウライに同情する辛い気持ちを振り切るように怒りの咆哮を上げた!
タイミングを計った訳ではないのですが、よりによってバレンタインデーなのに寝取られネタみたいなパートを書くことになるとは…