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インセクト・ブレイン  作者: 善信
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カルゴンが初めに思ったのは、(何言ってんだこの人……)であった。

その次に、(そういや捕まえてたのに、なんでここに?)と思い至ってハッとする。


「あの、自称『蟲の女王様』はどうやってここに来たんスか?」

自称言うなやと前置きして、ラービはコホンと咳払いを一つ。

「簡単よ、ヌシらが戦いに赴いた後に抜け出して来ただけじゃ!」

「いやいやいやいや」

あっさりと言うラービに、カルゴンはパタパタと手を振る。

「簡単に逃げられないように魔法で身体能力を落としてから、特殊な縛り方をしてきたんスよ? 無理に抜ければ手足にダメージ残るような!」

見たところ、ラービがその手のダメージを負っている様子はない。

「あの程度でワレを拘束しておけると思うとは、英雄にしては読みが浅いのぅ」

首を傾げるカルゴンに、ラービはミステリアスな笑みを浮かべて精神的上位に立とうとする。


実際には、ラービの肉体はスライムベースであり、あらゆる魔法に抵抗力がある神獣の外殻で作られた鎧をその身に宿している反則仕様だからというのが脱出できた理由だ。

しかし、そんな事実を知らないカルゴン達からすれば、理解不能というのも無理はないだろう。


(神獣殺しの一味だから、なんらかの特殊能力が……?)

当たらずとも遠からずな予想を立てているカルゴンの耳に、隣にいるランガルが「蟲の杖……」と小さく呟く声が届く。

そう、ラービが持っているのは先程の虫の大群を操っていた事からもブラガロートの神器『蟲の杖』に違いない。


(滷獲した神器を使いこなしている? それもこの人らの特殊能力って事ッスか?)

神器への適合はかなりの低確率であり、危険も伴う。

また、英雄クラスの身体的、精神的な頑強さ等も求められるものだ。

仮に神器を使うのがレイだけだったら、たまたまだと判断したに違いない。

だが、目の前で『蟲の杖』や『灰色の槍』を使いこなす彼女達を見ていると、こちらの理解を越えるなんらかの力があったとしてもおかしくないと考えてしまう。

下手をすればアンチェロンに奪取されている赤と白の槍も、神獣殺しの仲間たちに使われている可能性もあるということだ。


未知なる力……それがどんな物なのかは予想するしかなく、その予想が悪い方に進めばやがて恐怖となっていく。

さすがに英雄だけあって勝手に相手への印象を大きくしすぎて怯える事はなかったが、カルゴンは先程より帰りたい気持ちが強くなっていた。

(ランガルさんがそれを許してくれないッスよねぇ……)

隣の武人をチラリと盗み見て、カルゴンはこっそりとため息をつく。

このゴツい御仁が、新手が増えたくらいで引くタイプではないと知っていたからだ。


しかし、その武人の口から意外な言葉が吐き出される。

「……引くぞ、カルゴン」

あー、やっぱり退却す……は? ……は?

思わず二度見したカルゴンにもう一度、今度はラービ達にも聞こえるように、ランガルは我々は撤退すると告げた。


「マ、マジっスか?」

「本気だ。我々の使命はここで死ぬことではない」

その言葉に、カルゴンの背を冷たい汗が流れる。

戦において常に殿を勤めながらも、必ず帰還を果すこの男がこれほどの覚悟をしなければならいと判断しているのだ。故に目の前の神獣殺し達の恐ろしさを再認識させられる。

ランガルはさらにラービ達に語りかけた。

「無論、君達が我々を逃がす気がないと言うのであれば全力で抵抗する。その際、我等二人が死んだとしても、君達のどちらかは道連れにするだろう」


ふぅ、と息を吐いてレイが骸骨兵達を引っ込めていく。

「賢明ですね……」

相手の提案をあっさりと受け入れたレイに、意外そうな顔をしながらもラービは特に反対はしなかった。

「行きなさい。次は然るべき時に」

「うむ。然るべき場所で、な」

なにやら解ってる者同士といった言葉をかわして、ランガルは二人に背を向け森の中に入って行った。

少し戸惑いながらカルゴンも彼に続く。


やがて二人の気配が完全に捉えられなくなってから、ラービはレイに問いかけた。

「のう、奴等を行かせてよかったのか?」

いつもの強者と戦うことを喜ぶレイらしくないとは思う。

「はい。あのまま戦っていれば奴の言う通り、私か姉様のどちらかが破壊されていたかもしれません」

レイはハッキリと言い放つ。

ラービが来るまで二人を押さえていた彼女ではあったが、それは彼女が完全に守りに入り、敵に決死の覚悟が無かったからである。

「そんな小競り合いとは違う、本格的な戦闘がまもなく起こります。今までの戦闘とは違う、大規模な物が」

「それが先程ヌシとヤツが言っていた『然るべき時と場所』と言うことか……」

コクりと頷くレイの横顔は、これから始まる戦闘まつりへの期待に溢れている。

この戦大好きっ娘め……口には出さずに内心でラービは呟いた。


「ところで姉様、御主人様の所へは……」

ハッとして一成の身を案じるレイに、ラービは安心せいと頷いて見せる。

「一成の所にも助っ人は行っておるよ」

そう言うラービを怪訝そうにレイは見詰めた。

いつもの彼女だったら、何をおいても一成の元に駆けつけていた筈だったからだ。

その視線に気付いたラービが、彼女にしては珍しく少し言葉を濁す。

「……女の尊厳を汚された者が自らの仇を討ちに行ったのだ。同じ女として譲るしかあるまいよ」

なんの事か解らないレイは首を傾げる。

そんな彼女に、まぁ解らんでよいわとラービは頭を撫でた。


「しかし、この場のケリはついたのだから、ワレらも一成の元に向かうぞ!」

「はい!」

元気よく返事をしたレイと共にラービは駆け出す。

「ですが、御主人様の位置は解るのですか?」

森の住人である耳長族ならまだしも、ラービにそんな探索能力があったとは聞いたことはない。

「ふふふ、安心せい。一成からの愛の電波をビンビンに受信しておるわ!」

聞きようによってはただの危ない言動に、流石は姉様……と感心しながらレイは頷く。

そんな二人は地を流れる流星の如く森の中を駆けていった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「強気なのは良いことだ。が、俺の拳を止める算段はあるのかな?」

「……ない!」

リョウライの言葉に、俺はキッパリと答える。

そんな俺の元気な回答に、えぇ……といった表情を浮かべるリョウライ。

いや、ヤケクソとかでなくて、冷静に考えて奴の崩拳を止める手だてが思い付かないのだ。

なんせ、奴の拳ときたら捌こうとしても掴もうとしても弾かれてしまうし、こちらの攻撃は剃らされて、カウンターを叩き込むことすらできやしない。

それに発剄による追加ダメージ?

なんつーか、お手上げ状態だよ、まったく。

が、それは無傷・・で済ませようとすればの話だ!


見せてやろう! 肉を切らせて骨を断つってやつをな!


構えを取りながら、『限定解錠リミットオーバー』を発動させるタイミングを計る。

神器の能力で、『限定解錠』程ではなくても常時パワーアップ状態の奴に対抗するには、通常では無理だからな。


ジリジリと間合いとタイミングを図りながら睨み合い……動いた!

雷光のように刹那の一瞬で間合いを詰めるリョウライ!

そして、放たれたその拳が俺の腹に突き刺さった!

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