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「だからなに考えてんだ、アンタはよぉ!」
横からふざけんなとばかりに再びディセが割って入る!
って、おい! ループしてるぞ!
「……ディセ、彼等を俺達の陣営に引き込むのは、スノスチが優位に立つためなんだぞ?」
どうにも収まらない様子のディセにため息をつきながら、リョウライは俺達をスカウトしようとする訳を話し始める。
まるで子供に諭すように話す彼の説明を要約すればこうだ。
スノスチ、ディドゥス、ブラガロートの三国は同盟を組んだものの、完全な一枚岩等ではなく、神獣殺しを危険視してはいるが隙あらば他の国より有利に立ちたいと思っている。
そんな中、全く英雄に損害が出ていないスノスチは頭ひとつ有利な位置に立っていた。
それ故、今回俺と爪の英雄をぶつけて共倒れしてもらう事で、神獣殺しの戦力を削ぎ、さらには同盟内における英雄損害のバランスをとろうとしているらしいのだ。
「な? コイツらを引き込むのは俺達の利益になるんだよ」
説明を終えて、ディセが理解できたか確かめるようにリョウライは様子を伺う。
「……アンタの考えはよぅ、あくまで予想の範疇だろ? それだけで他の国を敵に回しそうな爆弾を抱えようってのか?」
あれ? 結構、まともな事を言うな……。
もっとこう、十秒待てと言われたら「十……九……ヒャア! ゼロだ!」とか言い出すくらいダメな考え方の子だと思ってたのに。
「まぁ、確かに予想と言えば予想だ。しかし、俺達がコイツに当たりたいと言った時の英雄達の態度で、この予想が当たっている事は確信できたよ」
む……この口振りだと、リョウライ達も俺を狙っていたのか。
まぁ、実際にはスカウト目的だったみたいだけど。
しかし、釈然としない様子のディセに、リョウライはさらに言葉を重ねる。
「言ってみれば、今回の一番手柄はコイツの首だ。しかし、それを簡単に譲りすぎる辺り、何か思惑があるって事だよ」
そう言われて、ディセは不承不承ながらも納得はしたみたいだった。
……しかし、いいのかね?
俺、一応は敵のはずなのに、その目の前で身内のゴタゴタみたいなもんを晒しちゃってさ。
多分、そんな疑問が顔に出ていたのだろう。
俺の表情を伺ったリョウライはニコリと笑って、
「味方になるなら口を閉ざすだろうから問題ない」
と声を掛けて来る。
さらにはディセに向かって「お前も余計な事を言うなよ」と明るく口止めをした。
そんな簡単な話かよ! と、俺が口を挟もうとしたが、リョウライはさらに言葉を続ける。
「まぁ、敵になるなら……殺せば口は封じれるしな」
変わらない軽い口振りではあったが、突き刺すような殺意が向けられて来た事で、奴が本気でそう思っているのだと伝わってくる。
「さぁ、どうするカズナリ? 服従か死か?」
単純すぎる二択を迫るリョウライ。
まぁ、一時的に共闘というのも選択のうちだろう……だが、是非とも確認しておく事がある。
「リョウライ……アンタ、元の世界に帰るつもりはあるのか?」
その問いかけに、リョウライは即座に首を横に振った。
「俺はこの世界で護るべき者が出来た……アイツの為なら鬼にでも修羅にでもなれると思える程の者がな」
嘘偽りのない真っ直ぐな瞳……そうか、そういう事なら……。
「答えはノーだ! 俺達は元の世界に帰りたいんでな!」
答えると同時に構えをとり、爪の英雄達と対峙する!
そう! 元の世界に帰って蟲脳の身体能力でスポーツ関係で活躍して富と栄光を得たり、ラービ約束した通り童貞を捨てたり、童貞を捨てたりする為にっ!
大事なので二回言った!
「なんか酷い煩悩を感じるが……」
欲にまみれた俺の言動に、呆れたような声でリョウライはポツリと呟いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「フィラーハ……お前……」
なぜ生きている?
なぜ六杖に?
アルツィの裏切りを知っていたのか?
目の前の妹の姿に、問い詰めたい事はたくさんあるのだが、それらが絡まりあい過ぎて言葉が出ない。
そんな混乱の極みにあるユーグルの上体を起こし、強く抱き締めながらフィラーハは感極まったようにため息をつく。
「心配をかけてご免なさい、お兄様。フィラーハはこの通り、ちゃんと生きています」
その言葉通り、密着してくる妹の鼓動がユーグルにも伝わってきた。
その暖かい心臓の音に、失ったと思っていた家族が戻ってきた喜びがユーグルの胸に沸き上がってくる。
「フィラー……」
妹の名を呼び、抱き締めかえそうとしたその時、アルツィに射抜かれた四肢の激痛がユーグルの意識を現状へと引き戻す!
「ぐっ……!」
痛みを堪えて上体を振りフィラーハの抱擁から逃れると、ユーグルは厳しい顔付きで妹を見据える!
「フィラーハ……お前が本物のフィラーハだと言うのなら、俺に全て説明をしてみせろ!」
いつものように厳しい態度で接してみせたユーグルだったが、フィラーハは嬉しそうに微笑み、「もちろんです」と頷いてみせた。
「どこから話した方がいいでしょうか……そう、では私が六杖になった経緯から!」
そう言って、滔々と語るフィラーハ。
聞いてみれば、なんという事はない。
それは彼女が子供の頃の出会いから始まった……。
昔から運動が苦手で、胸の成長が著しかったフィラーハは弓の扱いにおいて誰からもバカにされていた。
しかし、その時期たまたまこの国を訪れていた、先代の『空の杖』と出会い、魔法の才能を認められて、秘密裏に弟子入りしたのだという。
誰にもバレないよう、修行の時には師から教わった『疑似体魔法』の魔法でもう一人の自分を作って家に置いていた。
やがて、寿命で召された師から神器と研究施設を譲り受け、そして今に至る……。
己の修行に明け暮れ、妹がそんな事をしていたなどと夢にも思わなかったユーグルが唖然とした表情になった。
そんなユーグルに、フィラーハは隠していてご免なさいと頭を下げる。
が、頭を上げた彼女の顔は、喜びに満ち溢れていた!
「もう、隠しだてする必要は無くなりました! あとはお兄様を四弓という重責から開放してさしあげますので、私と一緒に水入らずで暮らして行きましょう!」
その生活を夢想してか、フィラーハは心底嬉しそうにユーグルを見つめる。
その視線に、捕食者に睨まれた草食動物のような気分を味わいながらも、ユーグルはさらに問いかけた。
「屋敷を焼いたのはなぜだ! 焼けた屋敷の下から出てきたあの女の焼死体は何者なんだ!」
そう、屋敷の焼け跡からは確かに女の焼死体の一部が見つかっていた。
あれは魔法で作られた影武者等ではなく、実物の人間の物に間違いない。
「……あの日の朝、お兄様達を呼びにきた城の兵士が居ましたよね。あれは彼女のなれの果てです。都合が良いので、身代わりになってもらいました」
平然と言い放つフィラーハに、ユーグルは背筋が冷たくなるのを感じる。
「彼女に渡した水の中に特製の睡眠薬を仕込んでおいたんです。それで屋敷が焼け落ちるまでぐっすりと眠っていてもらいました」
そこまで話してからフィラーハは少し声のトーンを落とし、とっておきの話をするかのように、ユーグルに顔を近づける。
「実を言えば、カズナリさんの一行が家に初めて来た時も飲み物に薬を盛ったんです」
そう言えば、城に報告して帰宅してから一成達が慌てていたのは急な眠気のためだと聞いていた。
それが森林樹竜の危惧した物ではなく、妹が薬を盛った為だったとは……。
「あそこで彼等を拘束出来れば面倒は少なかったんですが、お付きの少女達には薬は効かないし、肝心のカズナリさんも眠りには落ちなかったし……何かの加護でも受けていたんですかね?」
言いながら、フィラーハはちょっと小首を傾げてみせた。
いつ間にか……ユーグル自身も気づかぬ内に、彼の息は荒くなっていく。
今まで見たことも無かった妹の裏の顔が、彼の精神を削っていくのがわかる。
だが、最後に……せめてこれだけは聞かねばならない事柄がユーグルにはまだあった。
「なぜ……族長の顔を焼いた!」
溢れ出しそうな怒りを抑え、ユーグルはその質問を口にする!
……ほんの少しの沈黙の後、フィラーハはまるで呪いの言葉を吐き捨てるように、憎しみの籠った声で口を開く!
「あの毒婦がお兄様をたぶらかしていたからです! 殺すだけでは飽き足りません、女として死ぬより辛い目にあわせてやらなければ気がすまないじゃないですか!」
族長とユーグルが師弟関係にあった事もあり、フィラーハも子供の頃から彼女と面識はあった。
にもかかわらず、そんな負の感情がフィラーハの内に巣くっていた事にユーグルは驚愕する。
少し取り乱したフィラーハは深呼吸で気分を落ち着かせ、膝をついてユーグルを真正面から見据えた。
「あとはお兄様を四弓から開放するだけです」
英雄からの開放……そこに何か、禍々しいものをユーグルは感じる。
「俺を……どうするつもりだ」
心臓が高鳴り、冷たい汗が噴き出す。
そんな彼の問いに、フィラーハは笑みを浮かべたまま答えた。
「お兄様が戦場に行かぬよう……また、弓を持たずにすむよう……先ずは手足を切り落とすというのはどうでしょう?」
心から兄を慕い、その幸せの為に提案しているであろう妹の笑顔……それがユーグルには狂気に満ちた悪魔の微笑みにしか見えなかった……。