表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インセクト・ブレイン  作者: 善信
144/188

144

バチッと空中で弾けたような音が響き、アルツィの放った矢が消滅する。

寸での所でユーグルを救ったのは、魔術による障壁だった。


「なんの……つもりだ」

彼は自分を助けた人物に視線を向ける。

その人物、先程ユーグルが射殺そうと狙っていた仮面の女魔術師がゆっくりと二人に近づいてきた。


警戒するユーグルの予想に反して、仮面の女は突然アルツィに蹴りを入れる!

本来なら非力な魔術師ごときの蹴りで体勢を崩したりはしないであろうアルツィだったが、彼自身も予想外の攻撃だったのか、たたらを踏んでユーグルから離れた。


『やり過ぎでしょう……殺しますよ』

仮面の下から怒りを含んだ声が聞こえた瞬間、ユーグルの顔が驚愕と困惑に染まる。

「……そうだったな、ユーグルは君の獲物だった。すまない」

パンパンと蹴りの入った脇腹の埃を払いながら、平然とアルツィは詫びをいれた。


仮面の女がユーグルを見下ろす。

先程の声を聞いて、ユーグルの頭の中にはある人物の顔が浮かぶ。

しかし、その人物はすでに死んだはずだ……。

「お前は一体……」

その呟きに答えるように、仮面の女は目深に被ったフードをとる。

こぼれ落ちるように、きらめく金髪と先の尖った長い耳が現れた。

そして、仮面の下から現れたその顔は、ユーグルの脳裏に浮かんだ物と同じ……。


「……フィラーハ」

放心したようなユーグルの呼び掛けに、焼死したはずの妹はにっこりと笑い掛けた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


先を走る爪の英雄達を追って、俺は森を駆けていた。

一体、どこまで行くつもりなんだ……。

作戦上、多少離れるのは問題ないけれど、あまり離れすぎると加勢が来るのが遅くなる。

こうなったら、この辺で仕掛けるか……と、思っていたところ、標的の二人が立ち止まった。

そこは森の切れ目、ほんの少しだけ開けた空間。

俺もその場に足を踏み入れて、二人の英雄と対峙する。


「ああ、罠なんかは仕掛けていないから安心していいぞ」

周囲を警戒していた俺に、リョウライが話しかけてきた。

ふん、わざわざそう言う辺りが怪しいっつーの!

向こうも俺が信用しないのは折り込み済みだったようで、警戒を解かない俺に気を悪くした様子もない。

いや、むしろ感心するかのように頷いていた。


「いや、そうだよな。異世界ではそのくらい慎重じゃなきゃ生き残れないよな!」

異世界……いま異世界・・・って言ったか?

この世界を異世界って形容するって事は……。

「……薄々、察しているかもしれないが、俺もこの世界に転移してきた人間だ。しかも、地球からな」

っ! やっぱり!

ファーストコンタクトの時に、俺に打ち込まれた打撃といい、俺が鉄山靠を放った時に見せた表情といい、その手の技を知っている風な雰囲気でもしやと思ってはいたが……。

まさか、こんな異世界で同じ世界の人間と出会うとは思ってもみなかったぜ。


「改めて自己紹介しよう」

ビッと姿勢を正すと、リョウライは語り始めた。

「俺の名はちょう 遼来りょうらい。台湾出身の三十五歳だ。この世界に来てから五年ほどになる」

五年! イスコットさんよりも前に召喚されてたってのか!

なるほど、三十代半ばにしては少し老けてると思ったけど、異世界で苦労した証しか……。


「この世界に来たばかりの時は『まさか三十過ぎて異世界召喚されて世界を救う勇者になるなんて……』とか、ちょっぴり期待したんだがな……」

ぐ……まるで我が事のように、耳が痛い。

いや、でも漢だったら仕方がないよな、うん。

「ところが危うく蟲に食われる所でな。命からがら逃げ出せたけど、あのまま居たらどうなっていたか」

え? 蟲脳になる前に逃げ出せたのか?

「まぁ、なぜか言葉が通じたり身体能力が上がったりしたから、こうして生きてる訳だがな」

逃げ出せてなかった。

ああ、でも確かに誰かから説明されなきゃ、脳が蟲と入れ替わってますよなんて考えもしないか……。


……その後もぺらぺらとリョウライは話続けた。

まぁ、半分はこの世界への愚痴みたいなものだったが、同郷おなじせかいの人間相手にテンションが上がっちゃったんだろうな……。

長い話は止まることを知らず、正直うんざりし始めた頃、ようやくリョウライは俺に話を振ってきた。


「ああ、すまないな。つい舞い上がってしまったよ。で、君の名は?」

「……双葉 一成、十七歳。日本出身だ」

相手の語りに疲れきっていた俺は簡潔に答える。

「ほう! 日本人か! いいよな、日本。俺も何度か……」

「その辺にしとけよ、オッサン!」

再びトークに火が付きそうだったリョウライを止めたのは、もう一人の爪の英雄。

ケモ耳青年も、うんざりしたような表情でリョウライを睨み付けていた。


「さっさと片付ければ面倒がねぇのに、話をしたいって俺を止めたのはアンタだろ。世間話がしてぇだけならソイツを殺した後に死体に独り言でも言ってろよ」

なんだ、こいつ……随分と物騒な物言いだな。

「やれやれ、女を宛がってやったのにまだ落ち着かないのか、ディセ?」

仕方がない奴だと呟くリョウライに、ディセと呼ばれた青年は唾を吐き捨てて反論する。

「ヤッた後だから血が見てぇてんだよ! 耳尾族じゃねぇアンタには解んねぇかもしれねぇけどな!」

まるで盛りのついた肉食獣のごとくギラついた目付きで俺を止めたのは睨む。

つーか、なんだコイツら!

俺達が戦いの準備をしている間に、エロい事をしていただとぅ……。

ゆ、許せん! すべての童貞に替わって鉄槌を下してやらねばなるまい!


「あー、解った解った。本題に入ろう」

ディセを抑えながら、リョウライは俺に顔を向けて思いがけない一言を放つ。


「カズナリ……お前ら、アンチェロンを捨てて俺の部下にならないか?」


……いきなり何を言い出すんだ、コイツは。

「お前らが今、アンチェロンに世話なってるのはたまたまだろう? だったら使い潰される前に、俺の部下になってスノスチで一勢力を築かないか?」

うーん、本気で言ってるんだろうか?

ジッとリョウライの目を見つめるも、「マジですよ、俺は」って意思がヒシヒシと伝わってくるだけだ。


「なに考えてんだ、アンタはよぉ!」

横からふざけんなとばかりにディセが割って入る!

いや、まぁそうなるよね!

「ソイツらはヤベーって事だから、楽に殺れるように人質とか取ったんだろうが! なにを勧誘してんだ!」

うん、俺がディセの立場でも文句は言うと思うな……って、人質?


「あー、もう言っちゃって……仕方がないなぁ」

計画が狂うとぼやきながら、リョウライはラービとパドが彼等の手に落ちている事を伝えてきた。

……っておい、さっきディセが言ってた女をヤッたって……まさか……。

ざわりと髪が逆立つ程の怒りが沸き上がって来るのを感じた。


「安心しろ、お前の女には指一本触れていない!」

殺意のまま飛びかかろうとした俺を制してリョウライが叫ぶ!

それでなんとか踏み止まる事ができた。

「本当だ。お前の女には手を出していない。スカウト目的なのに、心証を悪くしようとは思っていないからな」

そう言われて、少し冷静になる。

「痩せた耳長の女なんかより、あっちの女の方がりがいがありそうだったんだがな」

煽るようなディセの言葉に乗りそうになった所をリョウライが制する!

余計な事を言うなと釘を刺して、リョウライは俺の方に向き直った。

「聞いた通り、お前の女は無事だ。だが、四弓の女はな……戦場で敵の手に落ちた兵がどうなるか、解らなくはないだろう」

捕虜に対する安全保障とかの条約は……ないのかもしれないな、この世界には。


そうなると英雄として戦う事を決めた時から、パドもその手の覚悟は出来ていたのかもしれない。

だが、知り合ってそんなに経っていないとはいえ、顔見知りがレイプ紛いの事をされていて頭に来ないはずがないだろうが!


そんな俺を見て、「ほら見ろ、怒っちゃった」とディセに非難めいた目を向けるリョウライ。

「あー、確かに君くらいの歳ならそういった事は受け入れがたいかもしれない。だがな、スカウトの件とこの事は切り離して考えてほしい」

先程までのにこやかな様子から一転して、冷たい刃のような目付きでポツリと一言。

「でないと、殺す事になる」

お前も女もな……その目はそう語っていた。


くっ……ハッタリじゃない、殺ると言ったら本当に殺るつもりだ。

ヒヤリと背筋に冷たい物が走り、俺は下手に動けない現状を悟った。


そんな俺の様子に満足したように、リョウライは再び表情を緩める。

「では、改めて。カズナリ、俺の部下になれ!」

先程よりも強い口調で、リョウライはもう一度俺に誘いをかけてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ