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吸い込まれるように地面に飲み込まれて行ったユーグルの矢は、突然無数の刃となって敵の足元から噴き出した!
これがユーグルの持つ神器『大地弓』の能力!
魔力を込めて大地に撃ち込んだ矢を自在に分裂させ、任意の場所から発射させることが出来るという、割りとえげつない物だ。
そのえげつない能力に加えて、敢えてユーグルのちょっと間の抜けたエピソードを話すことで、敵の脱力を誘いとっさの対応を遅らせる。
不意打ちってのはこうやってやるもんだぜ、ヒャッハー!
割りと悪役気分でノリノリになりつつ、俺達は即座に次の行動に移る!
まずはレイの戦いの舞台作り!
「オラアァァ!」
ダッシュで狙うは緑色の全身鎧を纏う槍の英雄!
ユーグルの攻撃に不意を突かれて立ち止まっていた奴は俺の接近を許してしまう。
防御体勢をとる緑の英雄に、我ながら惚れ惚れする軌道を描ながらその分厚い鎧の胸の高さまで飛び上がり、俺は渾身のドロップキックを放つ!
「ぬっ!」
兜の奥からくもぐった驚愕の声が漏れる!
普通なら体重差もあり、大したダメージではないだろうが、蟲脳強化+練習した一瞬だけ『限定解除』が加わって奴の想像を越える威力を叩き出す!
「ぉぉぉぉ……」
後引くような声だけ残して、全身鎧の巨漢が木々を砕きながら森の奥に吹き飛ばされて行く。
さすがに予想外の光景だったのか、レイ以外は目を丸くして唖然としていた。
てへっ! どんなもんだい!
そんな中、呆然としていた連中の隙を突いて、レイが黒い槍の女に襲いかかった!
だが、さすがに英雄!
その一撃を辛うじて受け止める!
「む、むちゃくちゃッスね、オタクの仲間……」
「フフフ……我が主の実力に戦慄しなさい!」
レイと黒い女は、火花を散らして槍の穂先を交えながら緑の重騎士をオッズ追うようにして森の奥へと向かっていく!
その頃、俺はすでに爪の英雄達に向かって駆け出していた!
「シッ!」
牽制するような細かいジャブの連打で、二人の英雄が直線上に重なるように誘導する!
そして、重なった瞬間!
ズン! と大地が揺れるような震脚と共に、砕けた散れとばかりに一瞬だけ『限定解除』+鉄山靠!
だが!
チャラい系のケモ耳青年が吹き飛ばされたにも関わらず、リョウライは一瞬耐えてみせる!
そして、その顔に浮かんだのは……笑み?
その表情の意味を問うよりも早く、リョウライの体も吹っ飛んで行く!
しかし手応えが軽すぎる事から、自分からわざと飛んだ事は明白だった!
吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直し、着地と同時に俺に背を向けてレイ達とは別方向の森の中に向かって走り出すリョウライ達。
むぅ、分割して当たるのは望むところだが……敵の主導だと気になるな。
んんん……だが、虎穴に入らずんば虎児を得ず!
ユーグル達の加勢を期待しつつ、俺はリョウライ達を追って森の奥へと向かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一成とレイは当初の狙い通り、それぞれの標的と共にこの場を離れた。
自分達の役目は手早く目の前の杖の英雄達を倒し、彼らの加勢に行く事。
だが、その前に確認しておかなければならない事がある。
「お前らに聞いておく事がある……族長の顔や髪を焼いたのはどっちだ……」
弓を引き絞り、いつでも放てるように狙いをつけながらユーグルが訪ねた。
狙い澄ましたようなピンポイントの放火など、魔法による物でしかあり得ない。
一思いに殺害するならまだしも、それ以上の恥辱と苦痛を与えるそのやり方に、ユーグルはマグマのような怒りが再び沸き上がって来るのを感じていた。
そんなユーグルに向かって、仮面を付けた女の方の魔術師が小さく手を挙げる。
「……貴様か」
血を吐くようなユーグルの呟きに、仮面の女はコクリと頷いた。
「貴様は確か……俺の屋敷を焼き、妹を殺しやがったな……」
ユーグルの脳裏に、燃える屋敷と焼け跡から見つかった焼死体の一部がフラッシュバックする。
「内通者の事を色々聞きたかったが、話すのは一人で十分だ……貴様は死ね」
吹き荒れる殺気の渦!
しかし、仮面の女は棒立ちと言っていいほど無防備に立ち尽くしている。
(なんのつもりだ……)
無防備な者を射たないだろうと舐めているのだろうか?
それとも、魔力で作られる神器の矢を防ぐほどの防御魔法を備えているとでもいうのか?
だが、もし先程の分散した矢を大地弓の最高出力だと思っているならばとんだ勘違いだ。
(分散した矢は障壁で防げたようだが、その魔力を一つに纏めたこの一矢をあの程度の障壁で防げると思うなよ!)
魔法の防御障壁ごとその仮面を射抜くべく、ユーグルが狙いを定める!
だが、背後から飛来した矢が、今まさに矢を放たんとしたユーグルの四肢を射抜いた!
「ぐあぁぁぁっ!」
苦痛の悲鳴と共に、ユーグルが崩れ落ちる!
その手からこぼれた神器からも光の弦と矢が消滅して大地に落ちた。
「ぐ、なっ……」
一体、何が起きたのか……突然の出来事に戸惑いつつ、血に染まる両手足でもがきながらユーグルは矢の飛来した方向に顔を向ける。
そこに居たのは……。
「悪かったな、ユーグル。内通者は私だよ……」
構えを解いてユーグルを見下ろすアルツィの姿がそこにはあった!
「な、な……」
言葉が上手く出てこない。
頭が混乱して、アルツィの言葉の意味がよく理解できなかった。
そんなユーグルの元に歩いてきたアルツィは、ユーグルを蹴り上げると仰向けにして再び矢をつがえる。
「重ねて悪いが、お前には……いや、あの神獣殺し達も含めて、お前達にはここで死んでもらう」
眩惑されてるとか、操られているとかの類いではない。
ユーグルを狙うアルツィの目には意志の光が宿っている。
「なんで……なんでアンタがこんな真似をぉぉ!」
吠えるユーグルに、アルツィは答えない。
ただ、黙ってユーグルを見下ろすだけだ。
「せめて一思いに殺してやろう……」
荒い息をつき、睨み殺すようなユーグルの視線を受けたアルツィは、その眉間に向けて狙いを定める。
そして……矢が放たれた!