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「……と、こんな感じでどうだろう?」
俺が立案した、『この三日を有意義に使って状況を好転出来たらいいな』計画に、全員が思案し考えをまとめている。
作戦の内容……簡単に説明すればこうだ。
敵の英雄達が重要視しているのは、詰まる所は俺だ。
実際、神獣を殺したのは俺(とイスコットさん、マーシリーケさん)だし。
故に、グラシオの内については、まず俺を奴等に引き渡す旨を公表して、領民の安定と敵からのこれ以上の干渉が無くすように図る。
次いで、族長代理として四弓の一人を立てて置き、あとは族長の秘書官達に協力してもらって任せておけば内政は一先ず安心だろう。
次に、戦力増強に当たってだが、俺達の内の一人と国内の森林を自在にワープできる四弓の一人を、五剣が護る「雷舞懐城」に行かせて、そこの通信魔道具を使ってアンチェロンの王族に協力を要請する。
グラシオという国として……じゃなくて、俺達からの要請なら無下にはしないだろう。たぶん。
後は、助っ人と共に戻ってきたみんなで敵の英雄をぶっ叩く、と。
余程の事がなければ、三日後の戦いまでに準備は可能な筈だ。
まぁ、結局の所『この三日(略)計画』と言っても、俺が考えたのは人員の配置図だけだけど、これでなんとかグラシオは持ちこたえると思う。
さて、この俺の作戦はどんな評価をされるのだろうか。
……なんか、結構ドキドキするな、この沈黙。
「……私はいいと思う」
まず最初にアルツィが口を開いた。
「時間が限られた中では、ツテとコネを生かした彼の案が一番現実的だろう。他に良い策はあるかな?」
その問いに、四弓達は首を横に振る。
「よし! ならば、後は誰をどう振り分けるかだな」
──数分後、それぞれの配役は決まった。
俺とレイは引き渡される役。
アルツィとユーグルはそれを連行する役。
ラービとパドが助っ人を頼みに行く役で、ナトレが内政担当となった。
「なぜ、ワレが一成と離れなければならんのだ!」
この配役に難色を示していたラービが駄々をこねる。
仕方がないだろう、適材適所というやつだ。
「それは解る!」
あ、解ってはいるんだ……。
「だがの、それでもヌシと離れて行動するなど寂しいではないかっ!」
くっ……こんな嬉しいワガママがあるとはな……世界は広いぜ。
だけどな、皆が見てるだろう……呆れた顔で。
「……ハグせい」
は?
唐突なラービの台詞に、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
「しばらく離れて行動するなら、一成分を充電せねばなるまい! ほれ、ギュッとハグせい!」
そう言ってラービは両腕を広げる。
んもー、困った子猫ちゃんだぜ。
俺よりも背の低い、ラービを包み込むように背中に腕を回して抱き締める。
ううん、これは良いものだ。
そんな俺達に「あー、もう好きにやってくれ」といった感じで、四弓の英雄達は俺達から目を離す。
その瞬間、俺の頭に響く声があった!
『よし、これで他の者に聞かれず話せるの』
ラービと接触しているときにだけ可能な脳内会話……これが目的だったのか!
……うん、知ってた! 知ってたよ!
『これで敵の内通者にも知られずに打ち合わせができるの』
ん? もしかして、四弓を疑っているのか?
『念のため、じゃよ。ところで、アンチェロンに話を通すのはよいとして、本当に五剣でいいのか?』
いや……出来ればマーシリーケさんに来てもらえれば最高だな。
回復薬とか持ってきてもらえるとありがたい。
『じゃよな。では、ナルビークではなく、キャロリアに話を繋ぐようにするぞ』
うん、それでいい。
俺やラービの危惧……それはキャロリアからの手紙にあった。
先程、内通者を疑ったパドが言っていた通り、あまりにも事が起きるタイミングが良すぎる。
まさか、ナルビークが他の国と組んで俺達を排除しようとしているとは思わないが、それでも用心に越したことはない。
彼の息のかかった五剣より、蟲脳の仲間達の方が安全安心だろう。
そうやって、脳内会話で秘密の打ち合わせをし終わり、ようやく俺達は体を離した。
見つめ合い、ひとつ頷いて次の行動に移る。
「レイよ、一成を頼んだぞ」
「お任せください、ラービ姉様!」
ラービの一言に、レイは力強く答えた。
うむ、頼もしい。
「よし、では一時間後に作戦を開始しよう。先行して動くパドとラービはしっかりと準備をしておいてくれ」
アルツィの言葉に従い、四弓達がそれぞれ動き出す!
……とは言え、俺とレイは基本的に三日後に引っ立てられるまでは暇なんだよな。
「……よし! 脳内組み手でもやるか!」
敵の英雄の中に危険な強敵の存在を感じていた俺は、修練を積むべくレイに提案する。
「はい! 百でも二百でも!」
レイは嬉しそうに答えた。
うん、元気でよろしい。でももうちょっとお手柔らかに頼むよ……。
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静かな森の中に、ブォンという虫の羽音のような音が響いて、二人の女が姿を現す。
言わずと知れた、ラービとパドだ。
二人が現れたのは、アンチェロンとの国境も近い地点。
少し進めば森を抜けて五剣の護る『雷舞懐城』が見えるだろう。
「よし、では行こうかの」
「おお」
目的の場所を目指して歩き出した二人は、ふと霧が出てきた事に気がついた。
「む……霧が出てきたようじゃな……。迷ったりしたら、時間のロスになってしまう」
難しい表情になるラービの肩を、気楽そうなパドがたたく。
「大丈夫だって。ウチがいれば森の中で迷う事は無いから!」
森の住民の頼もしい言葉にラービがホッとした顔になる。
「でも、この時期この時間帯に霧が出るなんて珍しいかな……」
パドがポツリと呟いた次の瞬間!
パンッと空気の爆ぜる音と共に電撃が二人を貫き、一瞬で意識を奪った!
悲鳴すら上げる間もなくグラリと女達の体が揺れ、そのまま糸の切れた人形のように力なく崩れ落ちる。
「不意打ちは大成功……と」
倒れ伏した彼女らの前に、霧の中からゆっくりと二つの人影が姿を現した。
魔術師然としたその姿は、紛れもなくユーグルの屋敷を襲撃した英雄達の中にあった人物。
優男に仮面の女という『六杖』の英雄達である。
「いやぁ、情報は正確でしたね。アンチェロンに連絡される前に捕獲できて何より」
ホッとしたように優男が杖を振るうと、辺りに発生していた霧が文字通り霧散していく。
使用者と任意の人物の姿や気配を完全に隠す霧を発生させる能力……それが彼の持つ神器『霧の杖』の効果だった。
「君のお陰で先回りできました。では、もう一働き頼みます」
優男の言葉に、仮面の女がコクりと頷く。
彼女が手にした杖を振りかざすと、淡い光がその場にいた全員を包み込んだ。
それと同時に、四人の体がふわりと浮かび上がる。
対象の物や人物を宙に浮かせ、飛ぶことが彼女の神器『空の杖』の能力。
「さて、人質も出来ましたし、野営地まで戻りましょう」
六杖の英雄達と気を失った二人は、ブラガロートとの国境付近に用意してある後の決戦の舞台に向かって、風を切りながら飛び去っていった。
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