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空がうっすら明るくなって来る頃、俺達はようやく拠点にたどり着いた。ようやく安心できる場所に戻ってきた事もあり、皆が脱力した様に一息つく。
はぁ、疲れた。まったく、ハードな夜だったぜ。
ドカドカと室内に入り、鎧を脱いでやっと人心地ついた。
「あー、もう疲れた!ちょっと水浴びしてくる!」
鎧を投げ出し、下着姿になったマーシリーケさんはタオル代わりの布を一枚引っかける。
ちょっとちょっと!年頃の男の子もいるんですけど!
下着姿でうろつくなんてデリカシーのない真似は……大歓迎だ!
『…………スケベ』
俺の思考は読めない筈のラービのポツリと呟くような一言がグサリと突き刺さる。
な、何故だ……読まれるほどわかりやすいリアクションをしてしまったのだろうか……。
ち、ちがわい!健全な青少年なら仕方がない反応なんだい!
『…………スケベ』
言い訳することすら読んでいたかのように、またも呟いた言葉がグサリと刺さる。
くっ、くそう……。
脳内同居人と解っているのに!元は蟲だと解っているのに!
可愛らしい声で冷たく責められるダメージは、想像以上にキツかった……。
スライム召喚士の少女をベッドに寝かせ、イスコットさんが濡れた布を俺に手渡してきた。
「とりあえず、それで体を拭いておくといい。鎧も手入れをするから、脱いだら一纏めにしておいてくれ」
すでに渇いてはいたが、女帝母蜂の体液や土埃にまみれていた俺を気遣ってくれるイスコットさんに、デキる大人のオーラを感じてしまう。
『……どちらかと言うとお母さんって感じかの』
脱ぎ捨てたマーシリーケさんの鎧を回収しつつ、ブツブツ小言を言うイスコットさんの後ろ姿を見て、ラービが感想を漏らす。
うん……まぁ、本人には言うなよ。
しばらくしてマーシリーケさんが戻り、そのまま自分のベッドへ。俺も水浴びをしてきてから、ベッド代わりのソファで横になる。
イスコットさんは工房に籠り、時間は過ぎていった……。
やがて夜になり、俺の脳内同居人であるラービについて二人に説明していた時、スライム召喚士の少女も起き出してきた。
イスコットさんが声をかけようとした瞬間、
「申し訳ありませんでした!」
流れるような動きで土下座に似た体勢で謝罪の言葉を口にした。
余りの唐突さに、俺達全員どうしていいのか反応に困ってしまう。
「私達の行為が皆さんにご迷惑おかけしていた事は重々承知しております。にも関わらず助けていただき、ありがとうございます」
平身低頭で謝罪と感謝を伝えてくる少女の姿。なんとも気まずくなるな絵面だ……。
「皆さんのお怒りはごもっともと存じますが、そのお怒りをぶつける前に、私の話に耳を傾けていただきたいのです」
なんか、だんだん面白くなってきた。とりあえず話を聞いてもいいかなと二人の方を見れば、賛成とばかりに頷いて見せる。
『うむ、ワレも聞いてみたい』
よし、全員一致したし、話の続きを……
「私達の村はかつて召喚士の一族が……」
コイツ、話を促す前に始めやがった。
そして少女は語った。
自分達の一族が受けてきた迫害の歴史を。そして、あの村の周辺に住む神獣と呼ばれる強力な魔物との契約、国との取引。
それはラノベにすれば二、三冊分くらいの内容だったっ思う。血と汗と涙に彩られた彼女の一族の物話。俺達はその長い物語をじっと聞いていた。
「……契約に伴い、生け贄を差し出す必要が有りました。ですが、近隣の住人から生け贄を出すわけにはいきません……はじめは死刑宣告を受けた罪人を生け贄としていたのですが、長い時が経ち、勢力を増した神獣は更なる生け贄を求めて来たのです。それ故に……」
なるほど、足りない生け贄を召喚という手段で異世界から……。
うぬぬ……。ふざけるなと一喝するのは簡単だが、事情を聞いてしまうと気の毒過ぎる……。
見れば、イスコットさんにマーシリーケさんも微妙な表情をしている。多分、俺も似たような表情をしている事だろう。
『不幸な生い立ちとはいえ、因果応報とも言える。生け贄によりり成り立っていた村などいずれ破綻したであろうよ』
ラービのシビアな意見はさておき、今はこの少女をどうしたものか……。
「まぁ、この際、過ぎた事はいいわ。それで私達は元の世界に戻れるの?戻れないの?」
マーシリーケさんが少女に問いかける。そうだ、それが一番大事な事案だ!
元の世界に戻れるなら、この超パワーを持って活躍出来るであろうから、とりあえずは色々チャラだ。
しかし、少女は顔を伏せたままである。
……んん?もしかして……。
「すいません!私では無理です!」
さらに頭をこすり付けるようにして、少女は詫びをいれる。
「異世界からの召喚は、いわゆる狙った特定の人物や物を呼びこむ訳ではなく、二つの世界の座標の合致した時に一方的に喚ぶ、トラップ的な物なんです……」
そんな雑な!と思ったが、最初から生け贄にするつもりなら、帰す方法は無くてもいいのか。
「私の姉なら、何らかの手段は知っていたかもしれませんけど、姉は……大鷲蜂の襲撃で……」
そうか、あの時に……。
つまり、あの襲撃が無ければ、帰る手掛かりがあったかもしれなかったのか……。
「……何だって女帝母蜂はあの村を襲ったんだろうな」
悔しさと歯がゆさから、思わず呟きが漏れた。
「……恐らく、女帝母蜂が新しい子を産むために必要だった「黄金蜂蜜」が少なかったからかもしれません」
黄金……蜂蜜……?
なんだか嫌な予感がした。
「大鷲蜂の一部に蜂蜜を作る専門部隊がいるんです。その部隊が作る蜂蜜の中でも、特に極上な物が黄金蜂蜜です」
「ちなみに……それはどんな風に作られるんだい?」
恐る恐る訪ねる。少女の話によれば、ちょうどいい洞窟の奥に壁や天井を覆うようにして作られるとの事。
「ですが、近年は四腕熊みたいな狂暴な魔獣がこぞって蜜を狙うらしく、そのせいで蜜が枯渇したのかもしれません……」
ダラダラと汗が流れる。俺達があの洞窟から根こそぎ持ってきた蜜ってひょっとして……。
召喚士の村の壊滅は、もしかしたら俺達がきっかけだったかもしれない?
その可能性に、俺達は言葉もなくただ、頭を抱えるのであった。
『むう、因果応報……』
ラービの重い呟きが響いた……。