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「貴様らぁ!」
激昂したユーグルが仮面の女に飛びかかる!
それと同時に、俺達も一斉に動いた!
玄関の槍と爪の英雄を牽制するようにラービとレイが立ちはだかるが、魔術師に襲いかかるユーグルを遮るようにケモ耳中年が移動する!
今だっ!
俺はわずかな隙を見せたリーダー格のケモ耳中年を一撃で仕留めるべく、一気に距離を詰める!
「うおぉぉぉぉぉっ!」
ケモ耳中年の顔面を狙って、渾身の右ストレート!
当たれば英雄といえど一撃で昏倒させる自信がある!当たれば!
が、手応えは無く、拳が宙を切る!
わずかに上半身をねじっただけの動きで俺の拳をかわしたケモ耳中年は、逆にスキだらけになった俺に反撃をしてきた!
大地を割るような踏み込みと、俺の腹をめがけた縦拳の中段突き!
そのカウンター攻撃を辛うじて防御する事はできたが、俺の体は数メートルほど後方に吹き飛ばされる!
「ぐっ!」
辛うじて体勢を立て直したものの、ズシリと内蔵に残るようなダメージを感じ、即座に立ち上がる事ができなかった。
って言うか、この打撃力に突きの打ち方……もしかして形意拳?
漫画知識のなんちゃって拳法ではあるが、俺も使う技だから何となく解る。
だが、それを使うって事はまさか……。
「ぐあっ!」
考え事に気を取られた俺目掛けて、吹き飛ばされたユーグルの体が飛んでくる!
「うおっ!」
驚き、思わず受け止めたが勢いは止まらず、二人して地面を転がってしまった。
「大丈夫か、一成! ユーグル!」
なんとか起き上がった俺達の元にラービ達が駆けつける。
くそっ……状況は最悪じゃねーか……。
だが、敵の英雄達は俺達を追撃しては来なかった。
「ふむ……頃合いか」
ポツリとケモ耳中年が呟くのが聞こえる。
一体、何の……と、そこで背後でざわつく声に気がついた。
いつのまにか俺達の後ろには、この王都の領民達が集まっている。
いや、当たり前と言えば当たり前か……。
城の襲撃事件もあったし、英雄であるユーグルの屋敷が爆発したり炎上したりしてるんだから、不安になるなという方が無理だろう。
さらに燃えている屋敷の前で、その当人が戦っていてるのだから、そりゃ人目を集めてしまうわな……。
「まさか、貴様ら……民間人に手を出すつもりじゃないだろうな!」
「いやいや、んな訳ねーッスよ」
領民を庇うように間に入ったユーグルに、黒い女はパタパタと投げやりに手を振ってみせる。
と、次の瞬間、
「聞けぃ!グラシオの住民達よ!」
バカでかい、それでいてよく通る声でケモ耳中年が語り始めた!
「私は、スノスチが『五爪』の一人、『竜爪』のリョウライと申す!」
その声に畏縮したかのように、周りは一瞬の静寂に包まれた。
「ご覧の通り、我々はスノスチ、ブラガロート、ディドゥスの英雄達である。この三国は、この度とある目的の為に同盟を結んだ!」
耳長族達のざわめきが再び大きくなる。
まぁ、そりゃそうだろうな……ある意味、世界の半分がひとつになったようなもんだし。
「その目的とは、ある危険人物達の排除!」
そう言うと、奴は俺をビシッと指差す!
はぁ? 俺が危険人物?
こんな好青年を捕まえて、言いがかりも甚だしいんですけど!!
「諸君らの中にも聞いた事のある者がいるかもしれない……隣国アンチェロンにおいて、神獣『女帝母蜂』が打ち倒された一件を!」
その言葉に、住民達からもヒソヒソと「知ってる」「聞いたことがある」といった声が聞こえてきた。
まぁ、確かに重大な事件だったろうし、その後はブラガロートの暴走した英雄二人のせいで、神獣の死骸が大規模な損害を出したりもした。
この国に引きこもり気味な耳長族にも知られていてもおかしくないだろう。
「そして、それを成し遂げたのが、そこにいる少年及びその仲間達……通称、『神獣殺し』と言われる一団だっ!!」
今までとは比べ物にならないほど、ざわめきの波が耳長族から発せられた!
って、おいぃ! なにを言い始めやがるんだ、コイツらは!
「先の『女帝母蜂』の殺害、そして神獣の死骸を移動させた事による大規模な被害とその争奪戦。さらにアンチェロンとディドゥスの国境近辺での衝突などに彼らは積極的に関与してきた!」
まてまてまて! その言い方だとまるで俺達が諸悪の根源みたいじゃねーか!
確かに、それらに介入はしたけれど、ほとんどが成り行きだぞ、この野郎!
だが、調子に乗ったリョウライはさらに煽るように耳長族達に語りかける。
「神獣殺しがこの国を訪れた途端、神獣が害される……これは偶然だと思うかね? 我々がもっと早く到着していれば……」
「黙れっ!」
突然、リョウライの言葉を掻き消すようなユーグルの叫び声が響く!
「先程から聞いていれば好き勝手な事を! むしろ貴様らが族長と森林樹竜様に仇成した犯人だろう!」
ユーグルの指摘に位並ぶ英雄達は小さく肩を竦める。
「……我々がこの国の指導者を害してなんになる?」
「その罪をカズナリ達に擦り付ければ、俺達の介入を阻止して楽に事を運べるからだろう? だが、彼らは森林樹竜様から招かれた客人だ! 故に族長達に害をなす理由などありはしない!」
ユーグルの反論に、浮き足立っていた耳長族達が冷静さを取り戻そうとする。
いいぞ、ユーグル! もっと言ってやれ!
……だが、奴等は全く動揺していなかった。
「客人……ね。つーか、その話の方が本当なんかねぇ?」
ケモ耳青年がくくっと喉を鳴らすように笑う。
「彼等をこの国に案内してきたのは君だろう? 族長、もしくは神獣の客人となれば、それなりの持て成しがあるものだと思うがね」
っ……! 大事にしないために、秘密裏にしていたのが裏目に出たかっ!
まさか、グラシオの人々も四弓が国を裏切るような言い回しを信じはしないだろうが、疑心暗鬼になる切っ掛けの種が撒かれてしまった。
……なんとか反論しようとしたが、何て言えばいい?
部外者の俺達の言葉が、グラシオの人達に届くとは思えない……。
だが、その時!
低く地の底から沸き上がるような、か細い笑い声がユーグルの口から漏れ始めた。
ユ、ユーグルさん?
「貴様ら……よりにもよって、俺が族長を害する様な真似をしていただと……」
「いやぁ、そうとは言わねぇけど、その可能性も……」
ユーグルは、茶化そうとしたケモ耳青年を射抜くような目で睨み付けた!
「そんな可能性あるわけ無ぇだろ、この野郎!」
一喝した彼の怒りに呼応するように、燃え盛る屋敷の中から流星のように飛んできた弓がユーグルの手に収まる!
「テメェら、全員ぶち殺す!」
まるでユーグルの激怒っぷりを具現化するように、無数の魔力でできた矢が彼の周囲に天開された!
今にも戦いは始まりそうだったが、ちょっと待て!
こんな場所でおっ始めたら、民間人にも被害が出るぞ!
「なんとも血の気の多い英雄だな」
とりあえずユーグルを止める俺達を眺めながら、呆れたようにリョウライがため息をつく。
「今、この場で戦えば、民間人にも多くの被害が出るだろう。しかし、それは我々も望むところではない」
そう言って、奴は三本の指を俺達に向かって突き立てた!
「三日だけ待とう。それまでに大人しく『神獣殺し』を引き渡すか否かを決めるがいい」
次に、グラシオの住民達の方を見たリョウライは、彼等に呼び掛けるように叫ぶ!
「彼等が素直に投降するなら我々はこれ以上なにもすまい! だが、あくまで抵抗するのならばこの国は戦場になるだろう!」
くっ、なんちゅう性格の悪い……そんな言われ方されたら、俺達が吊し上げられるに決まってる。
「引き渡し場所については、後で使者を立てよう。よい返事を期待している」
リョウライがそう告げると同時に、仮面の女魔術師が神器を振るう!
すると、奴等六人の体が光に包まれ、空を飛んだ!
なんじゃそりゃ!?
「それでは、三日後にまた会おう!」
俺達を見下ろしながら最後に声をかけて、敵の英雄達は空の彼方に飛び去っていった。
むぅ……空を自由に飛べるとは……。
……目下の敵が去った今この場所は、静かに……しかし確実に俺達に向けられたヘイトが蓄積されつつあった。
迂闊に動けば、それが起爆剤となって暴動になりかねない。
まるで自縄自縛に陥ったような状況にロクな消火活動もできず、屋敷が燃え落ちるのをただ茫然と眺めている事しか出来なかった。
「フィラーハ……」
怒りをぶつける対称が居なくなり、崩れ落ちはじめた屋敷を見ながら、ユーグルが小さく妹の名を呼んだ……。