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玄関の扉の前に立った時、全員がわずかな違和感を感じ取った。
表面的には何も変わった所はない。
しかし、直感が警告してくるような怪しい気配に、軽い緊張が体を包む。
俺とユーグルは、目配せして頷くと、一気に扉の開け放ち、次に来るであろう「何か」に対して身構えた!
…………って、なんだこりゃ?
警戒していた何者かの不意討ちとかは特に無かった。
が、開け放たれた扉から見えたのは屋敷の室内ではなく、ただ暗い無明の空間。
まるで、屋敷の内部が全てブラックホールにでも飲み込まれたような暗黒が姿を見せていた。
試しに足元の小石を投げ入れてみる。
簡単に小石は暗闇に吸い込まれて行ったが、向こうで何かにぶつかったり、床に落ちるような音は何一つ無かった。
むぅ……光も無く、音もない……一体、なんなんだこれは……?
だが、屋敷の前でこうしてばかりもいられない。
原因は解らないが、この現象が族長さん達を襲った連中の仕業という可能性だってあるのだ。
「フィラーハ! 中に居るのか!」
ユーグルが大声で屋敷の中に呼び掛ける!
そうだ、留守番をしていたフィラーハが、まだ中にいるかもしれないんだ。
何度かユーグルは呼び掛けるが、やはり返答はない。
「ちっ……」
業を煮やしたユーグルは、一気に屋敷内に飛び込もうと駆け出す! って、バカぁ!
慌ててそれを追った俺は、追い付く寸前にゾクリとした悪寒を感じた!
ギリギリ、飛び込む前にユーグルを捕まえて地面に引き倒す!
次の瞬間!
猛獣の一撃にも似た鋭い斬撃が、一瞬前まで俺達の頭のあった位置を凪ぎ払う!
それを見た俺達は、転がりながらラービ達の元まで後退して、体勢を立て直す。
「バカかお前、バッカじゃねーの!」
「もしくはアホかっ!」
「猪ですか、あなたは」
考えなしに飛び出したユーグルを俺達は一斉に批難する!
「し、仕方が無いだろう! 妹の事もあるし……それに、俺の神器はまだ屋敷の中なんだぞ!」
ああ、確かに丸腰じゃ戦えないからな。
だけど、こっちもそれなりに人数がいるんだから作戦くらい立てようや!
「だ、だが……もしかしたら族長を襲ったのは……」
むっ……やはり、その辺が焦った原因か。
まぁ、ユーグルの心情からすれば解らなくも無いけれど、敵討ちの前に返り討ちにあってはどうしようもないだろうが。
「あー、ミスっちまったなー」
不意に聞きなれない声が、屋敷に巣くう闇の向こうから聞こえてきた。
それと同時に闇は収束し、玄関の内部がいつもの室内の景色に戻る。
そして、そこから姿を現したのは……。
「つーか、冗談じゃないッスよ……なんであのタイミングで外しますかね」
「んなこと言ってもしゃーねーだろ。アイツらの反応が思ったよりパネェんだよ!」
何やら言い争いながら表に出てきたのは三人の男女。
一人は目にも鮮やかな緑色の全身鎧に身を包んだ巨漢の戦士。
一人は闇のように黒い軽装鎧を纏う女。
一人は獣のような耳と尻尾を生やしたチャラい感じの青年。
どいつもこいつも面識は無いが、漂うオーラがただ者ではないと告げている。
何より俺達の目を引いたのは、奴等が持っているその武器だった!
緑の戦士と黒い女が持っている、それぞれの鎧と同色の槍!
チャラいアンちゃんが身に付けている、獣の爪のに似た刃が生えている手甲!
それから感じられるプレッシャーはおそらく……。
「『神器』……ですね」
同じく神器の化身であるレイが、俺の予想を裏付けるように頷いた。
「やっぱり……『英雄』かよ、お前ら……」
「そうッス」
俺の問いに黒い女が答えた。……が、答えたっきり、なんらアクションを起こそうとしない。
俺達に対峙しているけれど、ぼんやりと突っ立ったままだ。
えー……何なの、コイツら……。
「お前らが……族長をあんな目に会わせた奴等か……?」
殺気をはらんだ声でユーグルが尋ねる。
一緒に酷い事になった神獣の事も、たまには思い出してください……そんな声が聞こえた気がした。
「さーて、なんのことやら?」
そんなユーグルの怒りを嘲るように、わざとらしく小バカにするような物言いでケモ耳の男が惚けて見せる。
しかし、さっきの暗闇を作り出す能力……どいつの力かは知らないが(イメージ的には黒い女だけど)、あれを使えば近くの人間に気付かれずに暗殺も可能なんじゃないか?
だとすれば、コイツらが神獣殺害と族長襲撃の犯人の可能性は高くなる!
今なら、俺達が有利だ。
丸腰のユーグルを差し引いても三対三。
うまいことユーグルが神器を取ってこれれば、四対三!
少し心配なのは町中だということだが、魔法使いらしき姿は無いし、場合によっては『限定解除』を使って、即座に鎮圧すれば大丈夫か……。
「よし……」
俺の呟きと同時に、ラービ達も構えていつでも動けるよう、相手に集中する。
しかし、相変わらずぼんやりたっている目の前の英雄達。
あまりにもこのスキだらけの姿が逆にスキが無いように見えて、迂闊に踏み込めない。
睨み合うこと数秒……。と、その時!
「まったく……お前ら、もう少しマジメにやったらどうだ?」
またも聞きなれない声が俺達に届く!
驚きを隠しつつ、声のした方向に目を向けると、ユーグルの屋敷と隣家との間の場所から、さらに三人の人物が姿を表した!
青年と同じようにケモ耳尻尾で三十代半ばの中年男性に、魔術師風のローブを纏った二人の男女。
男の方はこれといった特徴の無い限定青年と同年代っぽい優男なんだが、女の方は特徴的だった。
仮面で顔を隠し、目深にフードを被って頭をガチガチに守っているくせに、羽織っているローブの下は、胸元の大きく開いたドレスを思わせる派手な服装に身を包んでいる。
……いや、決して敵の立派な胸に見とれていた訳ではないので、尻をつねるのを止めてください、ラービさん。
しかし、これはヤバイ……一気に形勢が逆転してしまった。
後から現れた三人も、爪付きの手甲と杖を身に付けている。
『槍』、『杖』、『爪』……。
それらが全て神器だと言うなら、こいつらは『七槍』と『六杖』と『五爪』……つまり、三か国の英雄が揃い踏みってことだ!
「……なるほど、ブラガロートとディドゥスが同盟を結んだかもしれないなんて話はあったが、まさかスノスチまでそれに乗ってるとはな……」
特にケモ耳の二人に対して敵意を露にし、ユーグルは居並ぶ英雄達を睨み付ける!
「我々は……」
「俺の妹はどうしたっ!」
奴等のリーダー格らしいケモ耳の中年男性が口を開きかけた時、ユーグルがその言葉を遮った!
まるで、ケモ耳の言葉など聞くに値しないと言わんばかりの剣幕なのは、エルフっぽい『耳長族』とケモっぽい『耳尾族』の間にあるという確執のためだろうか……。
言葉を中断させられたケモ耳中年が咳払いをすると、代わりに魔術師の優男が何かを思い足したように手を打った。
「あー、そっか。そういうことか。なら安心してよ」
一人で何かを納得しながら、優男は仮面の女に目配せをする。
次の瞬間!
杖を頭上に翳した仮面の女が放った炎の魔法が屋敷に撃ち込まれ、爆発炎上してユーグルの屋敷内が炎に蹂躙された!
内側から窓ガラスが弾け飛び、踊るような炎が吹き出し揺れる!
そんなパチパチと炎上する屋敷を背にして、優男は笑う。
「これでしがらみは無くなりました」
こんな真似をしておきながら、優男の魔術師はまるで親切でもしたかのような爽やかな笑顔を見せる。
一瞬、唖然とした俺達に、再びケモ耳中年が語りかけてきた。
「さて、話し合いをするとしよう」
この状況で……何を話そうってんだ、コイツらは……。