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インセクト・ブレイン  作者: 善信
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「いったい、どういう事だ!」

怒号と共に、ユーグルがテーブルに拳を降り下ろす!

その衝撃でいくつかの食器が床に落ちて砕けるも、ユーグルは意に反さず、報告を持ってきた使者を睨み付けていた。


荒く息をついている女兵士は、フィラーハから差し出された水を受けとりそれを飲みほす。

そうして呼吸を整え、改めて城で起きた惨状を語り始めた。


……それは、いつもと変わらぬ朝だったという。

昨日、俺達が族長と謁見した広間の奥には彼女の私室があり、そこで族長は寝起きをしていたそうだ。

朝食を運んできた族長の秘書が私室に向かおうと広間の扉を開けた時、その目に飛び込んできたのは首を切り落とされ、事切れた森林樹竜と倒れ付した族長の姿だったという……。


「──扉の前で警護していた者達は、夜の間は誰も通しておらず、室内からは物音一つしなかったと証言しております」

むう……そんな密室トリックみたいな事が……。

まぁ、魔法なんかがある世界なんだから不可能犯罪では無いんだろうが、それでも一国をまとめる党首を狙うなんてのは普通じゃない。

ましてや神獣を殺すなんて……確実に英雄クラスの連中が動いているだろう。

それはつまり、国家レベルの相手が裏にいるという事だ。


グラシオの英雄であるユーグルは、慎重に動かねばならない立場だろう。

しかし、彼から立ち上る殺気は、報告に来た彼女を怯えさせる程のプレッシャーを与えていた。


「……族長は……族長の容態は?」

圧し殺したような声でユーグルが尋ねる。

自分が叱責されているわけでもないのに、ガチガチに緊張しながら女兵士は答えた。

「ぞ、族長は回復魔法や魔法薬ポーションのお陰で一命はとりとめました。ただ……」

そこまで言って、彼女は口ごもる。


「ただ……どうした!」

問い詰めるユーグルに、女兵士は震える声で答えた。

「族長は……襲撃者により、か、顔と髪を焼かれ……重度の火傷を……」

そこまで聞いて、ユーグルは部屋を飛び出した!

フィラーハに待機してるよう声をかけ、矢のように駆けていったユーグルを追って、俺達も一斉に走り出す!


町を抜け、門を越え、巨木の城内に飛び込む!

勝手の解らない俺達は、ユーグルを見失ったらあっという間に迷子になってしまうだろう。

そうならないように奴の背中を追っていたが、ある人物を見かけてユーグルの足が止まる!


「ロディネ秘書官!」

族長の付き人として働く四人の秘書官の一人であるらしい、ロディネと呼ばれた中年の耳長族の男が詰め寄るユーグルを、押し止めようとする。

「族長の……テナーロ師匠の容態はどうなんですかっ!」

テナーロというのは族長の名前だろう。

昨夜、耳長族の文化についてユーグルから聞いた話では、耳長族を指導する立場になった者は名前を捨て『族長』という役職を新しい名前として国のために尽くすのだという。

その前提を踏まえていながらも、族長をテナーロと名前で呼んだ彼の心境はいかほどのものか……。


「あなたと族長の関係は知っています。故に、今は見ない方がいいでしょう」

そう言ってユーグルを止めるロディネ秘書官の口調は重い。

それだけに、今の族長さんの容態が決して良くはないと理解できた。

「……助かるん……ですよね?」

すがるようなユーグルに、ロディネは一つ頷く。だが……

「おそらく、現状復帰はままなりますまい。それに意識が戻ったとしても……」

俺達に報告に来た女兵士は言っていた。


族長は顔と髪を焼かれた、と。


この世界の回復魔法や魔法薬がどれだけ再生治療の力があるのかは解らないが、ロディネ秘書官の様子から、相当の傷跡が残るであろう事は感じられる。

それは、女性にとって耐えがたいものであろう。


「どこの……どいつだ……。あの女性ひとをこんな目に合わせたのはっ!」

血を吐くような声で怒りを辛うじて押さえているユーグルに、ロディネは肩を叩く。

「我々もその怒りは共有しております。しかし、賊は元『四弓』である族長と、神獣である『森林樹竜』様を音もなく殺害する程の手練れ……並の相手ではありますまい」

確かに、すぐ扉の前にいた護衛達にも気付かれずにそれだけの事をやってのけるなんて、俺達でも無理だろう。

いや、仮に英雄でも単独では不可能だ!

そこから考えられる可能性……それは、複数人の英雄の関与。


「まずは他の四弓の方々にも招集をかけております。本日中にはお揃いになると思われますので、ユーグル様もそれまでご仕度をなさっていてください」

敵が複数と推測されるからには、こちらも数を揃えなければならない。

さすが秘書官なんて役職に着くだけあってその辺の手際がいいな。

それに回復魔法が使えるでもない俺達(ラービもまだ初歩くらいしか使えない)では、ここにいても邪魔にしかならない。

だったら、今は行動する時が来るまで備えておくべきだ。

だが、その前に……。


「あの、良かったからコレ、使ってください」

そう言って、俺は小さな小瓶をロディネに渡す。

「あなた方はたしか……。それで、コレは一体……?」

族長の秘書官って立場だし、俺達の素性は知っているんだろう。

それでも、少し怪しげに小瓶と俺の顔を交互に見回す。

「それはこの世界の素材と、異世界の技術で作られた薬です。体力回復と滋養強壮にかなりの効果があるんで、使ってみて下さい」

そう、俺が渡しのは黄金蜂蜜からマーシリーケさんが作った、いつもの回復薬。

限定解除リミット・オーバー』の激痛も一瞬で癒す程の薬効だから、容態が悪化した時は役に立つかもしれない。


「ありがとうございます」

深々と頭を下げてロディネは薬を懐にしまう。

そして、ユーグルに向き直って再び一礼した。

「それでは、他の皆様の到着に合わせて迎えの者をやります。それまで、ご自宅でお休みください」

「ええ……わかりました……」

休める時に休むのは鉄則だ。

ユーグルもそれを理解している一流の戦士だから、ロディネの言葉に従う。


そうして俺達は、急いでここまで来た時とは逆に、とぼとぼと足取りも重く、ユーグルの屋敷に続く家路を歩いていた。

町はすでに城が襲撃された話題で持ちきりで、あちらこちらで族長の安否を気遣う声が聞こえてくる。


しかし……敵の正体、その手口、そして目的……。

全てが謎で、どうしても後手に回ってしまう。

そんな現状がもどかしくもあるが、焦れば焦るほど敵の術中とも言える。

ここはドンと構えて、いざという時に反撃をガツンと加えてやろう!


だが、不意にユーグルは俺達の方に振り向き、意外な事を口にする。

「カズナリ……お前達はアンチェロンに帰った方がいいんじゃないか?」

……おいおい、今さら何を言ってんだ?

何かの冗談かと思ったら、ユーグルの表情は至極マジメだ。


「今回の件は、グラシオと他国の抗争になる可能性が高い。そうなった時、関係の無いお前達も戦いに巻き込まれる事になるぞ」

ユーグルが俺達を気遣ってくれているのが解る。

しかし俺は、

「水くさい事を言うなよ。知り合いがあんな目に合わされて、黙っていられるか!」

そう言って、ユーグルの肩を叩いた。


「だ、だが、お前達と族長達は昨日会ったばかり……」

そこまで言いかけたユーグルの言葉を、俺は手を翳して遮った。

そう、昨日会ったばかりだけど、仲良くなりたいって気持ちに時間は関係ない。

族長さんにしろ、シルワにしろ結構、俺は気に入っていた。

だったら、彼らの敵討ちにも助太刀するのも当然だ!


「気にすることはないぞ、ユーグル。戦いの最中での結果ならまだしも、なぶるように女の顔や髪を焼くような外道は、同じ女として許せん!」

うんうん、まったく同感だ!

「戦いは私の使命ですが……御主人様とラービ姉様を通して伝わってくる感情が、こんな真似をする輩を許すなと言っています」

決意を固めている二人に頷き、改めて俺はユーグルに協力を申し出た。

「……すまない、ありがとう」

おお、素直に礼を言われるとは、明日は矢でも降ってくるのか?

茶化す俺の言葉に、ユーグルが弱い笑みを浮かべる。

うん、少しはリラックスできたようで何より。


……ただ、一つ気になる事がある。

今回の一件、俺達がこの国に居る時に起こるってのは、タイミングが良すぎる気がするのだ。

ひょっとしたら、敵の狙いはこの国と俺達を同時に潰す事なんじゃなかろうか?

ふとキャロリアからの手紙の一文が頭を過る。


ナルビークが俺達を切り捨てようとしている……か。


真偽はともかく、今回の敵を締め上げたら、その辺の情報も手に入れられるだろうか……。

そんな事を考えながら歩いていた俺達は、ようやくユーグルの屋敷まで戻って来たのだった。

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