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「いや、それにしても『地魔神』の血肉なんてどこで口にしたんだ?」
ハッとしたようにユーグルが尋ねてくる。
ああ、確か絶滅してたんだよな、魔神って。
とりあえず、簡単にではあるがブラガロートでの戦いをざっくりと話す。
「天魔神と地魔神の復活……だと……その『星の杖』の英雄は、何を考えているんだ」
唖然とするユーグル。無理もない。
でも、多分バロストに大した野望的な物は無いと思うんだよな……。
何かの目的があったと言うより、やりたいし、やれるから、やってみた……みたいな、実験とその結果だけが目的という、ある意味無邪気なマッド・サイエンティストって感じの奴だったし。
「確かに、大変な危険人物としてブラガロートからバロストという英雄が逃走したとの連絡はありましたが、まさか隣国でそんな事が起きていたとは……これは、一層の警戒が必要ですね」
族長の言葉にユーグルも頷く。
うん、是非ともあの危険人物を見つけ次第倒して欲しい。
あいつに興味を持たれた俺とラービは心からそう思う。
「ときにシルワさん。あなたの言によると、条件を満たした御主人様の体はもう大丈夫ということで良いのでしょうか?」
何となく話の雰囲気が別の方向に行きそうだった流れを、レイが引き戻す。
おう、そうだよ! 今はバロストよりも俺の状態の事が本題だ。
『ああ、もう大丈夫だろう。神器で器官代わりの幼体を抑制し、上位種の血肉で神獣という枠を越えた以上、ラービ自身がカズナリを殺してでも女帝母蜂として顕現しようとしない限りは、今の状態は保たれる筈だ』
それを聞いてホッとする。
つまり、ラービに殺されるほどの恨みを持たれたりしなければ安心ってことか。
元から蟲脳になった時点で生殺与奪の権利はラービにあるようなもんだし、とりあえずは現状維持で問題なさそうだ。
だが、シルワの話を聞いている内に、さらなる心配事が胸の内に沸き上がる。
「なぁ、俺以外にも蟲脳を宿している仲間がいるんだけど、彼らは大丈夫なのか?」
イスコットさんとマーシリーケさん。
ラービと同じように、自我が目覚めた二人の蟲脳もおそらくは神獣候補の個体だった筈だ。
だとすれば、蟲脳がジーナとノアとして覚醒した以上、それを宿していた二人も俺みたいに命の危険があるんじゃなかろうか?
『ふむ……女帝母蜂専用の栄養食である『黄金蜂蜜』を接種して覚醒したのならば、カズナリと同等の危険はあるが……どうなんだ?』
……いや、そういう訳じゃないな。
覚醒したのは地魔神の肉を食べてからだし。
『ならば、ラービ程の素質は無かったということだ。神器で抑制するまでもあるまい』
そうなのか……。
ということは、ラービはかなりの可能性を秘めた特別な個体だったんだな……ソシャゲで言うSSR位のレア度か?
「のう、一成! マジで希少なワレが、ヌシの為に全てをかなぐり捨てて着いていくってめっちゃ健気じゃないかの!」
うん、だから自分で言わなければそうなんだがな。
「もう一つ、お聞きしたい。御主人様はつい先程、猛烈な眠気に襲われていました。それは、御主人様の命に係わりは無いのでしょうか?」
あ、そうだよ! 言われるまで忘れてた。
俺達が慌ててこの城に来たのは、それがあったからだ!
『眠気……か』
シルワはポツリと呟き、『……疲れてたんじゃないの?』と投げやりに答えた。
おい! 雑に答えるなよ!
『さっきも言った通り、私の知る限りはお前は大丈夫だ。それ以外の不調にはなんとも言えんよ』
んん……言われてみれば確かに。
まぁ、ここの最近は激しい戦いがあったり、移動で走り詰めだった事もある。
疲れが溜まっていると言われればその通りだ。
『まぁ、もう急ぐこともあるまい。しばらくこの国で休んで行くといい』
シルワの言葉に族長も頷く。
「良かったら、『四弓』の皆にも他国の話を聞かせてやって下さい」
にこやかな族長とは対照的に、ユーグルの表情は硬くなる。
「族長……それは……」
しかし、彼女は首を振ってユーグルの言葉を遮った。
「我々も他国と交流を増やす良い機会です。この世界にしがらみの無い彼らなら、私たちの橋渡しになってくれるかもしれませんしね」
「それは……そうかもしれませんが……」
む……なんか話が勝手に進みそうになってる?
確かにしがらみは無いけど、国のやり取りに口を出せるほどの影響力も無いんだが……。
「そういう訳ですから、ユーグル。あなたには引き続きカズナリさん達のお世話と監視をお願いしますね」
今、さらっと監視って言いやがった!
「し、しかし俺……私には『四弓』の英雄として族長を御守りする使命が……」
「私を誰だと思ってるんです? それに、彼らが万が一暴れだしたら英雄以外の誰が止められると言うのですか!」
あの……本人達を目の前にして、めっちゃ警戒してるからなって会話をされるのはちょっと……。
「とにかく!あなたはカズナリさん達をしっかり案内してあげなさい。できれば、恋人同士がひっそりと逢瀬を重ねられるような場合を、ね!」
最後の「ね!」は明らかに俺とラービに向けられたものだ。
……やれやれ、警戒心にしろ好意にしろ、こうもあからさまにされると、逆に好感を抱いてしまうものなんだろうか?
それとも、族長さんの人柄か?
なんにせよ、俺達はユーグルの監視も受けつつ、観光させてもらう事に同意して城を後にする。
いつの間にやら、外は陽も落ちかけ、夜に近い時間帯になっていた。
族長達と会っている最中に、自然の光が魔力で作られた光にとって変わっていたのは気がつかなかったよ……。
さて、グラシオに滞在中は、ユーグルの屋敷に泊めてもらうことになったので、俺達は一緒に屋敷までの帰路に着いていた。
「ったく……なんで俺が……どうせなら族長と……」
ブツブツと愚痴をこぼすユーグルだが、その愚痴の大半を要約すれば「独り身の俺が恋人同士を案内するとかムカつく」や「むしろ族長とデートしたい」といったものだ。
素直なのはいいことだけど、もう少し心の声は聞こえないようにして欲しい。
「つーか、ユーグルと族長ってどんな関係なんだ?」
何となく親しげに……というか、近所の綺麗なお姉さんと会話している少年みたいな雰囲気だったので、ちょっと聞いてみる。
途端に、真っ赤になってユーグルは俯いてしまった。
なにこの初な反応!
「族長は……先代の『四弓』の一人で、俺の師匠でもある。俺は……大恩のあるあの人を支えられる男になりたい……」
そして、それから堰を切ったようにユーグルは胸に秘めていた想いの丈を語り出す!
余所者にだったら思っいきりぶちまけられるぜー! と言わんばかりのマシンガントークに、少し引いてしまう。
「しかしのぅ、その族長に向ける思いやりを、もう少し妹に向けてやってはどうじゃ?」
ユーグルのトークがようやく止まった所で、ラービが懸念していたことを告げる。
確かに、ユーグルがフィラーハに向ける態度はかなりキツい。
妹を持つ同じ兄貴という立場で見ても、あれは少し行き過ぎだろう。
フィラーハにきつく当たるから、反って萎縮してしまうんじゃないかと忠告すると、自分でも思い当たる節があるのか、ユーグルは小さくため息をついた。
「お前らが言うこともわかる。だが、アイツに甘く当たると俺に依存し始めるから、少しくらいキツく当たるのがアイツの為なんだ……」
聞けば、両親と死に別れてから、ユーグルはフィラーハの親代わりも勤めてきた。
その為、一時期は任務中や修業中にも常にユーグルにくっついて来て大変だったらしい。
うーん、なるほど……。
まぁ、理由を聞けば、愛のムチ的なものだったと納得できなくもない
とはいえ、身体的なコンプレックスをいじったらいかんよとだけアドバイスしておく。
場所が場所なら、あのボディは薄い本クィーンになれる逸材だからな……とはさすがに口にしないでおいたが。
まぁ、こうして駄弁っていると、少しは打ち解けられたかなとも思う。
そうこうしている内に屋敷に到着した俺達は、また急な眠気に襲われぬように早めに休ませてもらうことにする。
前にディドゥスやブラガロートに出向した時とは違い、今回はのんびり出来そうだなと安堵していた。
だが翌朝、事態は急変を告げる。
早朝、ユーグルの屋敷に駆け込んできた城の兵士から告げられた一報。
それは「神獣の死」と「瀕死の重傷を負った族長」という、信じられない報告だった。




