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『じょていぼほう』?
それって『女帝母蜂』の事か?
それに、『森林樹竜』の『シルワ・モナルカ』って……『しんりんじゅりゅう』じゃないのか?
意外に気さくな神獣と、ややこしい呼び名の齟齬に少々、混乱してしまう。
だが、おそらくは『女帝母蜂』や『森林樹竜』というのは種族名、『マザー』や『シルワ・モナルカ』というのは個体名……そんなところだろうか?
この予測を問うてみると、だいたい合ってるとの答えが返ってきた。
『ふむ……なかなか理解力がある。流石はただの苗床で終わらなかった人間よな』
感心したように頷くシルワ。
ううん……なんだか、巨大な神獣を名前で呼び、会話をするのはまだ若干の抵抗があるな……。
つーか、人間を苗床にしているのを知っている『森林樹竜』と『女帝母蜂』の関係はいったい……。
『そうだな……強いて言えば、古き盟友と言った所か』
盟友……ね。
まぁ、確かに植物系の神獣と、蟲系の神獣なら相性はいいかもな。
蟲の女帝を盟友と呼んだ樹木の竜は、今度はこちらが質問する番だとばかりに、俺の隣に立つラービを見据えて不思議そうに問い掛けてきた。
『なぜ君は人の姿を模している? 本来なら自我に目覚めた時点でその人間から離れて成虫になっていてもおかしく無いだうに』
その疑問に、ラービはニヤリと笑いチッチッチッと人差し指を振って見せる。
「そんなことは決まっておる! ワレが一成と共に添い遂げる事を望んだからよ!」
決め台詞かってくらい堂々と言い放つラービ!
もう! こっちが恥ずかしくなるじゃないかっ!
だが、そんなラービが理解できないのか、シルワはポカンと口を開けたままだ。
『え? なに? 添い遂げる? 人間と?』
「?」を山ほど頭の周りに浮かべてシルワは目をぱちくりさせた。
『つーか、あり得ねって! それに、人間! お前はそれでいいいの?』
言葉遣いが崩れるほど取り乱す神獣もなんだかなぁ……。
しかし、現代社会のオタクを舐めてもらっては困る。
人外ヒロインなんざ、俺達にとっては萌の一種に過ぎねーぜ!
……まぁ、俺もそこまで極まったのはつい最近だが。
満更でも無さそうな俺の態度に、すげえな異世界人……と、感心されたのか呆れたのか……ともあれ、コホンと咳払いをしたシルワは改めて俺達に語りかけてきた。
『少々、取り乱してしまってすまない。だが、よいのか? 君がその男と行くとなると次の女帝母蜂が生まれるまではかなりの空白の期間ができる事になるぞ?』
「仮にそれで女帝母蜂という神獣が滅んだとしてもワレの気持ちは変わらん。ワレの選んだ道を進むのみよ!」
うん、そこまで覚悟を決められると、若干重い!
でも、それくらいの重さを受け止められるような男にならなけりゃ、異世界に来てしまった甲斐が無いってもんだ!
俺とラービは見つめ合い、力強く頷いた。
『……なるほど、そこまで覚悟が決まっているなら私がどうこう言うのはお門違いか』
理解は出来ないが納得はしたような、ため息を漏らしてシルワは呟いた。
『だが、その覚悟が君の愛する男の命を脅かす事になる』
俺をチラリと一瞥するシルワ。
そう、そこが問題なんだよ! なんだって俺が死ぬって話になるんだ?
『……君の意思がどうであれ、彼の器官の代わりをしている蟲脳本体は、もう成虫に成ることを止められないからだ。これは呼吸をするのと同じくらい当たり前の生体反応なのでどうしようもないだろう……』
な、なんだってー!
つまり、どう足掻いても終わりって事なのか……そりゃないぜ、キバヤシ……。
……いや、それをなんとかする方法があるからこそ、『森林樹竜』は俺をこの国に呼んだんじゃないか!
期待を込めて神獣の方を見るが……うーん、表情が読めない。
『異世界人が期待しているであろう、君の体から蟲脳が孵化するのを止める手段はある』
おおっ! やっぱりあるんじゃないか!
だが、シルワは無理じゃねーかなぁ……ってニュアンスを含みながら言葉を続ける。
『二つ……とある条件を二つクリアする必要があるのだが、それは時間的にも内容的にも不可能に近いだろう』
おいおい、ここに来て随分とハードルを上げてくれるな……。
まぁ、今までの会話の雰囲気から、心配なのは俺ではなく、むしろ『女帝母蜂』の方だったってのは伝わっては来てた。
つまり、俺自身の事は割りとどうでもよかったんだろう。
しかし、それでもわずかな希望があるならその方法にすがるしかない。
元の世界に帰る! ラービの想いにも答える!
両方やらなきゃならないのが、男の辛い所だな……。
とにかく、やるべき事があるのに、座して死を迎えるなんて真似は出来る筈がない!
「教えてくれ、その方法!」
どんな厳しい条件でも必ずクリアして見せる!
決意を込めた俺の視線を受け止めて、シルワは口を開いた。
『君の決意は解った。ならば、教えよう』
我知らず、ゴクリと唾を飲み込む。
『一つ目の条件、それは神獣にとって天敵とも言える英雄たる資格を得ること……つまり、『神器』を手に入れ認められる事!』
「あ、それなら持ってる」
『持ってんのかよっ!』
あっさり返した俺にシルワがツッコむ!
『ええ……いや、仲間がじゃないぞ? お前自身が、だぞ?』
少し狼狽える神獣に、ようやく自分の出番がきたとばかりにレイが存在をアピールし始めた。
「私は御主人様に仕える槍の神器の化身。かつては『七槍』のひとつ『灰色の槍』と呼ばれていました」
レイの言葉を効いて、シルワは元より族長やユーグルも目を丸くする。
まぁ、神器が人の姿をとるなんて前代未聞らしから無理もないか。
『ふ、ふふふ……流石は異世界人。正直、意表を突かれたぞ』
長く生きているであろう、神獣ですら初めて目にしたレイという現象にしばらく驚いていたシルワだが、気を取り直して再び言葉に威厳を込める。
『しかし、次の条件こそ不可能に近い! いや、不可能!』
なぜか自信に溢れた口調で断言する森林樹竜。
『二つ目の条件、我ら神獣の始祖にして上位種の存在……すなわち、『地魔神』の血肉をその身に取り込む事だ!』
「あ、もう食った」
『食ったのかよっ!』
またもあっさり返した俺に、シルワの悲痛なツッコミが響き渡った……。
『なんだよ、もう! お前らなんなんだよ!』
またも言葉遣いが崩れるほど、やってらんねぇ!って感じで神獣が愚痴り出す。
しかし、釈然としないのはこちらも同じ事!
知らぬ間に条件を全部クリアしてるってどういう事だよ……。
結果だけ見れば無駄足もいい所じゃないか。
この場にいる全員が全員、言い様の無い気持ちを胸に抱きながら顔を見合せるのだった……。




