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「なんだ、お前ら! さっきまでのお気楽ムードはどうしたんだ!」
ユーグルを引きずるようにして、俺達は神獣がいるというこの国の城へと向かう。
「くっ、確かに族長も『森林樹竜』様もお会いになるとは言っていたがな、それなりの儀礼というものが……」
なにやらユーグルはぎゃあぎゃあと騒いでいるが、それどころではない。
こちとら命がかかってるんだ!
それに呼んだのはその族長と神獣だろ? 待たせる方が失礼ってもんじゃない!
我ながらヒドイ手のひら返しだとは思いつつ、ずんずん進む俺達の前にやがて彼らの誇る城が姿を現す。
その城は、スカイツリー程もある巨大な樹をベースに造られていた。
巨木をくり貫き、内装を整えた労力と年月は相当なものだったに違いない。
自然の力が溢れる耳長族の城は、人工の建造物とはまた違う迫力に満ちており、今まで見学したことのあるどの城よりもインパクトと感動を俺達に与えてくる。
あまりの壮大さに、慌てていたはずの俺達も、暫し言葉を失う。
すごいな……ゲームや漫画なんかで見かける、世界樹ってやつはこういう樹なんだろうなと思わせる『力』が感じられた。
……ただ、大樹の城から耳長族達が出入りしている様子を見て、白蟻みてぇだ……と内心思ったのは口にしないでおこう。
「ええい、ここからは俺が先導する!」
ようやく冷静になった俺達を振り払って、身だしなみを整えたユーグルが先に進む。
そうして門番的な兵士になにやら命令を下すと、兵士は慌てて城内へと走っていった。
それを見送り、ユーグルは着いてこいと促す。
某有名ロールプレイングゲームの如く、縦に一列となって俺達は進んでいく。
途中で適当な部屋に飛び込んで、タンスを開けたり壺を割ったりしたくなる衝動に駆られるも、なんとかそれを押し止めて俺達はひときわ大きい扉の前にたどり着いた。
扉の前にはやはり警護の兵が立っていたが、先程ユーグルに命じられていた兵士から話が伝わっていたのだろう。
俺達の姿を見ると敬礼をして扉の前から引き下がる。
ユーグルはそのまま扉の前まで進んで、中の人に呼び掛けるように自身の来訪を告げた。
『どうぞ……』
扉の向こうから、か細い……しかし威厳のある声が届く。
その声に従うように、兵士達が大扉を左右に開いて室内へと誘った。
そこは、この国の王に等しい耳長族の族長が鎮座する謁見の間だった。
たっぷりと陽の光が取り込める作りになっているのだろう、照明機具は見当たらないのに室内はとても明るい。
夕方に近い時間帯ということもあり、少しオレンジ色に染まった室内が神秘的で、荘厳さに拍車をかけていた。
その広い室内の一番奥に、玉座を思わせる豪華な椅子に座ってこちらを見ている耳長族の女性が一人。
あれがおそらく耳長族の族長なんだろう。
そしてもうひとつ、この室内には目を引く物があった。
族長が座る玉座の上方、そこにまるで壁から生えているような形で飾られている巨大な木彫りの竜の頭部。
今にも動き出しそうなその精巧な造りは、さぞかし名のある名工の手による物なのだろうと、俺みたいなド素人の目にも解る程の逸品だった。
まぁ、あれだな。
ゲームとかだとあの木彫りの竜が神獣だったりするんだろうが、それじゃあまりにもベタ過ぎるよな。
さて、族長と木彫りの竜。
この二つに見とれていた俺達にユーグルが声を掛けてくる。
「おい、呆けているんじゃない。行くぞ」
その声にハッとした俺達は、ユーグルに着いて室内を真っ直ぐ歩いて行く。
そして、族長から数メートル手前で歩みを止め、今度は横一列に拡がった。
「突然の謁見の申し出、申し訳ありません。異世界からの訪問者達をお連れいたしました」
割りと高圧的な態度を俺達にとるユーグルはナリを潜め、配下として敬意を払いながら族長に俺達を紹介していく。
「随分と慌ただしい登城でしたね」
一通りの紹介を受けた族長が口を開く。
「申し訳ありません」
その言葉にユーグルは頭を下げるが、
「うふふ……迷惑と言うわけではありませんよ? 客人がお疲れでないか気になっただけです」
族長の台詞には唐突さを責めるような響きは感じられない。
むしろ楽しげですらあった。
それにしても……。
あらためて耳長族の族長を眺めてみる。
パッと見の印象で言えば、スゴい美人だ。
切れ長の瞳に長い睫毛、サラサラで輝くような長い金色の髪。
白い素肌は雪のようで、まさに「エルフの中のエルフ……いや、ハイエルフや!」って言いたくなる程の美しさである。
それでいて表情は柔らかく、親しげな雰囲気を醸しだしており、彼女に比べたらユーグルは反抗期の子供みたいな印象になる程の大人なオーラに包まれていた。
ただ……。
ソッと胸元に視線を移す。
そこには平たい……あまりにも平たい世界が広がっていた。
どっかで聞いた「大草原の小さな胸」というフレーズが頭を過る。
「……お前、いま失礼な事を考えたりしてないだろうな」
横から睨むような目付きのユーグルに言われて、そんな訳がないじゃないかと軽く返しておく。
まぁ、邪な事を考えたわけじゃないからセーフだろう。
それにしても、ユーグルが族長を見る目はなんだか怪しい。
何て言うか、憧れのお姉さんを見つめる少年のような瞳をしている……みたいな感じだ。
まぁ、十中八九こいつは族長に気があるとみた。
しかし、そこをつついてからかう程、俺も野暮ではないので触れずにおくことにしよう。
「カズナリさん……と仰いましたね。てっきり明日が顔合わせになると思っていましたが、何か慌てるような事態になりましたか?」
気遣ってくれるような族長の声は耳に心地よく、ついうっとりと聞き入りそうになってしまう。
そんな俺を、突き刺すようなラービとユーグルの視線が正気に戻し、我に返った俺は唐突に眠気に襲われた経緯を話す。
以前、ユーグルから向けられた質問から、『深すぎる睡眠』や『突然の眠気』なんかが、俺の命を脅かしているという事象に関係しているらしいというのは推測できる。
ならば、こんな事態も想定内なのだろう。
しかし、それを聞いた族長は少し俯いて思案するような仕草を見せた。
え……ひょっとして、思っていた以上になんかヤバいのか……。
不安に駆られそうになっていると、
『次代の女帝母蜂の誕生は間近に迫っているようだな……』
突然、聞きなれない声が室内に響く!
その声に、族長とユーグルが木彫りの竜の方へ視線を向けた!
もしかして……。
俺達も彼らと同じ方向に目を向けると、そこにはパキパキと小さな音をたてながら動き出し、こちらを見下ろす木製っぽい竜の頭部。
『初にお目にかかる、異世界の訪問者よ。私が神獣、森林樹竜のシルワ・モナルカという』
目を見開き、人の言葉を発して自己紹介をした神獣は、シルワと呼んでもらえば結構……と、気さくに語りかけてきた。
かつて戦った神獣は意志の疎通はできそうにもなかったというのに、怪獣っぽい容姿という所が共通しているこちらの神獣は知的に振る舞っている……。
そのギャップに戸惑いながらも、俺の中に浮かんだ感想は「やっぱりベタな展開だったか……」といったものだった……。