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「──ってな訳で、命の危険があるらしいんで、それを何とかしてもらう為に来たって事さ」
俺の話を聞いていたフィラーハは、ポカンとしたまま俺達を眺めていた。
あれ? お茶の席の話題で、この国に来た経緯を簡単に話したつもりだったんだが……ひょっとして耳長族的にイマイチだったか?
やはりラービの「滑らない料理でのあるある話」の方が良かったかな……。
「……あ、す、すいません、ボーッとしちゃって……。ご、ご自分の命がかかっているのに、あっけらかんとお話するカズナリさん達にびっくりしちゃって」
ああ、俺の話がスベってたんじゃなくて、驚いてたのか。
んー、でも本当に「命の危険」ってやつの実感が無いんだよなぁ……。
今まで戦闘中にそれを感じた事は何度かあったけど、平和に過ごしている……いわゆる日常パートで言われてもピンと来ない。
大体、何かの病気だったとしたらラービの蟲脳がそれを知らせて来るだろう。
気になって一度受けてみた「蟲脳のメディカル・チェック」によれば、異常は見られなかったとの事だったし。
「でも……すごいですね、カズナリさん達は。いくら『森林樹竜』様のお誘いとは言え、見知らぬ他種族の国まであっさり来られるなんて……籠りがちな私にはとても……」
そんな自信も行動力も無いなぁ……と自嘲気味に呟いて、フィラーハは顔を伏せた。
落ち込むような、そんな彼女にラービが疑問をぶつける。
「立ち入った事を聞くようじゃが、先程のやり取りでヌシの行動はユーグルから制限されているように見受けられる。ヌシが引きこもり気味なのは、ユーグルの締め付けのせいではないのか?」
うん、確かにさっきのやり取りは家庭内暴力の匂いを感じさせる、ちょっと危ういものだった。
だが、フィラーハは慌てて首を振り、私が悪いんですと口にする。
いや、そんな態度を取られると、ますます疑いが深まるんだが……。
「……私は英雄たるお兄様に比べて、動きもどんくさいし、こんなだらしない体つきなんで、お兄様にとって恥ずべき身内なんです……」
悲しげにフィラーハは言う。
たが、ちょっと待てよ!
その巨乳は、現代日本だったら一時代を築ける逸品だぜ!
流石に失礼だから口には出さないけど、ラービやマーシリーケさん以上のスペックをもっていそうなのに……。
「耳長族は、均整のとれた細身の肉体が美しいという価値観なんです。それに弓の腕に誇りを持つ種族なので、胸なんて無い方が良いとされます……。胸が大きくなってから、それが邪魔でろくに弓も引けなくなった私は、ずっと落ちこぼれ扱いでした……」
恨めしげに自分の胸元を見つめながら、彼女はため息をついた。
くっ……まさか種族全体が無乳推進派とは……。
わからない……文化がちがう……。
「あー、でもあれだよ。弓とか引けなくてもさ、何か自分の長所を伸ばせばそんな引け目を感じなくなるんじゃないのか?」
慰めにもならないかもしれないが、とりあえず元気付けるように励ましてみる。
すると、フィラーハは少し陰はあるものの、にこりと笑みを浮かべて頷いた。
「そうですね……前向きにやれることをやってみます」
うんうん、やはり女性は笑顔の方がいい。
だから、ラービさんもそんな目で俺の事を見ないで微笑んでいてほしいな……。
「あ、お茶のお代わりを持ってきますね」
フィラーハが立ち上がり、俺達の空になったカップを持って奥へと下がっていた。
俺達三人になった途端に、ラービが不機嫌そうに俺を睨む。
な、なんだよ……どうしたんだ?
「フン……なんじゃ、ワレより胸の大きい娘が現れたくらいでデレデレしおって。おまけに親身に相談に乗ってフラグ立てとか、どこのゲームの主人公じゃ」
いや、しょうがないじゃん!
男だったら目の前で荒らぶる巨乳から目を離せなくなるのは本能みたいなもんだ!
それにお前だって割りとフィラーハの事を気にしてたじゃねーか!
「それは当たり前じゃろう! ヌシがデレデレしとったからといって、目の前のDV案件かもしれん状況を見過ごせるか!」
まぁ、俺達の世界の価値観でこの世界の良し悪しを決める事はできないが、それでも目の前の暴力は止めるべきだよな……それだけの力はあるわけだし。
うん、だがラービがそこまで他人を思いやる事ができるなんて、なんだか少し嬉しい。
「……何をニヤニヤしておる」
にこやかに見つめる俺に、ラービは不信そうな目でにらみ返して来た。
「いや……お前は本当にいい女だなと思ってさ」
「……………………はあぁぁっ!?」
唐突に誉められた彼女は真っ赤になってへんな声を上げた。
「あ、あほう! そ、そんな事を……い、いきなり持ち上げても、ワレは怒っておるんじゃからな!」
ああ、うん。そうも素直に焼きもち妬いてるって言ってもらえると、こっちも素直に気持ちを伝えた方がいいかもって気持ちになるな……。
「いや、茶化したりしてるわけじゃないんだ。こんな異世界に飛ばされて来て不幸だと思った事もあったけど、お前に出会えたのは幸運だったと今は思えるよ」
芝居かかった動作で手を握りながら伝えた俺の台詞に、ラービは真っ赤になってあわあわ言ってるだけだ。
…………あれ?
ラービの反応が面白くてカッコつけて話していたけど、俺ちょっと調子に乗りすぎてないか?
客観的に見たら、結構恥ずかしい事を言ってる……?
不意にそんな思いが頭を過った理由……それは、俺達をジッと見つめるレイの視線に気付いたからだった。
(なるほど……一度揉めてから仲直り的にイチャイチャするのがお二人のプレイスタイルですか……)
まるで、そう訴えかけるような彼女の視線……いや、ただの被害妄想かもしれないけれど。
いかん!なんかこの流れはいかん!
しかし、気恥ずかしくなってラービの手を離して少し間をとろうとした、その瞬間!
クラっと周りが揺れるような感覚と共に目眩を感じて、俺は方膝を付いた!
なん……だ、これ……。
急激に瞼が重くなる。これは……眠気?
突然、朦朧とした頭の中に、ユーグルに言われた言葉が響いた。
『進行はそこまで進んでいたか……』
……怖っ! 進行ってなんだよ!
ひょっとして、今俺が襲われているこの眠気が例の「命に関わる事」と関係があるのか……?
明確に体調不良を感じた俺の背筋に、じわりと冷たい物が流れる。
「か、一成! しっかりせい!」
「御主人様!」
慌てたラービとレイが俺の体を抱き締めながらおろおろと辺りを見回す。
ううむ、俺と魂的な繋がりがあるこの二人はなんともないようだし、おかしいのは俺だけか……。
「寝るな、一成! 寝らた死ぬぞ!」
いや、雪山じゃあるまいし、いきなりは死なないだろう。
……死なないよな?
少し不安の残る俺の顔をバチバチ叩きながら、ラービは懸命に訴えかけてくる。
……いたっ……痛い! おい、ちょっ、まっ……ったっ……痛いわっ!!
だんだん力強くなっていくラービの往復ビンタに慌ててストップをかける!
このままエスカレートしていったら、動転した彼女に首を落とされるかもしれない……そんな不安が一瞬、脳裏に浮かび上がるほど、威力が上がってきていた。
大丈夫、もう眠気もふっとんだから!
そう言ってラービをなだめて、彼女の手を止めさせた。
しかし、レイも含めて二人は不安そうな雰囲気で俺の様子を伺っている。
「ど、どうしたんですか皆さん!」
新しいお茶を入れて戻ってきたフィラーハが、驚いた様に声を上げる!
戻ってきたら、いきなり慌ただしくバタバタしていたんだから驚かせたのかもしれん。
しかし、騒がしい客間に負けない勢いで、玄関の方から大きな声が届く!
「今、戻った! カズナリ、それにお供の二人! すぐに出るぞ!」
有無を言わさぬユーグルの声。
もしや、この調子だと国王や神獣と面談できるチャンスがきたか?
「ちょうど良かったぜ……」
実際に不調があった俺には渡りに船だ。
フィラーハには騒がしくしたことを詫びて、俺達はユーグルが待つ玄関に向かう。
体に異変があれば、もっと切羽詰まるかもしれない……そんな風に思っていた予想は見事に当たり、今は一刻も早く俺達を呼びつけた神獣に会いたい気持ちが溢れていた。