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すでに準備を整えてある荷物を部屋から持ってきて、俺達はユーグルの前に再び集まる。
「カズナリと……着いてくるのは、その二人か?」
指摘されたラービとレイが力強く頷いた。
「ワレは一成の嫁じゃからな! どこまでも一蓮托生よ!」
おいおい、止せよ。照れるじゃねーか。
だが、参ったねこりゃ……って感じではあるが満更でも無く、「あはは」「えへへ」と笑い合う俺とラービを見るユーグルの目は、すごくどうでも良さそうだった。
ちょっと! そんな目で見られたら、俺達がバカみたいじゃないですか!
そんな抗議するような俺達の視線を無視して、ユーグルの目はレイに向けられる。
「お前は……何か妙な気配がするな。お前も来るのか?」
神器の化身である事まではさすがに解らなかったようだが、それでも何か違和感を感じる辺り、結構鋭い。
今まで対峙した英雄達は、こちらから説明するか能力を明かすまで疑いもしなかったんだけどな……こいつは油断ならねぇ。
「私は御主人様の槍です。主の向かうところ、それすなわち私の目的地でもあります!」
「ほぅ……」
外見的には子供だが、その武人然とした態度や物言いに、ユーグルが感心したように呟く。
ほんと、この子は自慢の神器だよ。
「……まぁ、二人くらいなら想定内だ。さっさと行こうか」
俺達を促すユーグル。しかし、レイが彼の言葉に反応した!
「想定内……と言うのはどういう意味ですか? 何か罠にはめる準備でもしていると?」
キャロリアからの手紙の内容は、ラービとレイにだけ伝えてあった為、神経を尖らせていたレイが食って掛かる。
「警戒するのは当然だが、邪推はするな」
敵意は無いことを示すように、ユーグルは言葉を続ける。
「元々はカズナリ一人を連れていく予定だっただけだ。我らの国の内情を他所の人間に晒すにはかなりのリスクがあるからな」
確かに、こいつを見ている限りでは、耳長族っていうのは排他的な感じがする。
そこのところもエルフっぽいな。
まぁ、それでも俺を迎え入れるってのは、俺が異世界から来た人間でこの世界のイザコザを増長させるような事はしないだろうという計算と、妙な神獣の思惑のせいだろう。
「どうかのぅ……ヌシの言葉からは、残念と言うかうんざりと言うか……そんな気配を感じたがの」
レイと同じように神経を尖らせていたラービが、少し挑発するようにユーグルをジロジロと見回す。
だが、そんなラービに対して、ユーグルは小さく鼻を鳴らした。
「……確かに、少しうんざりしているよ、お前にな」
売り言葉に買い言葉。ラービにチクリと言われたユーグルが、まるで挑発し返すようにラービを指差しながら言い返した。
じわりと両者の間に不穏な空気が漂う。
いかん! 手が出るくらいエスカレートする前に押さえなくては!
しかし、俺の心配とは裏腹に、ユーグルはさっさと踵を返して玄関に向かって歩き始める。
「いつまでもやっていられん、さっさと行くぞ!」
……多分、ラービは少し煽ってみてアイツが敵意を示したり、俺達を罠に嵌めるような意思を感じたら即座に動くつもりだったのだろう。
それに乗ってこなかったユーグルに、少し不満そうな顔をするラービとレイ。
だが、あのやり取りはちょっと過剰過ぎるぞ。
それが俺を心配する事に起因しているんだろうからありがたいとは思うけど、行く先々でああもギスギスされては困ってしまう。
……うん、あれだな。
俺も気を付けるから、あまりピリピリするなよと二人に声をかけ、俺達は玄関に向かったユーグルの後を追いかけた。
「これはお前らが持っていろ」
外で待っていたユーグルがそう言って投げて寄越したのは、このアンチェロンの出国証明書だった。
ようは「今からこの国を出る人物の身分保証を国がする」っていう証だが、なんかまともな手続きって異世界に来てから初めてだな……。
元の世界では海外旅行とか行ったことなかったけど、似たような雰囲気は味わえるかもしれない。
そうして王都からから出た俺達は、一路グラシオに向かって走り出す。
デルガムイ号みたいな魔獣ならともかく、普通の馬よりは自分で走った方が全然早い。
ひとまずの目的地は、ここから普通なら馬で二日ほどかかるグラシオとの国境付近、通称『雷舞堺城』。
五剣の一人、雷舞剣と呼ばれる神器を持つ英雄が納めている砦であるが、今現在はその英雄が留守にしているそうだ。
「なんでも、危険な寄生生物が大発生して、それを駆除する部隊の陣頭指揮をとっているらしい」
あー、キメラ・ゾンビか……。
そりゃ、しばらくかかるな。
「まぁ、おかげで揉める事もないから面倒が無くていいがな」
聞けば、仮に英雄が砦に居れば、こちらが正式な書状を持っていても一悶着あって当たり前との事。
随分と交戦的な英雄なのかね……やれやれ。
そんなこんなで国境までの道のりを途中で何度か休みつつ、わずか一日で駆け抜けて、俺達は件の雷舞堺城の城下町にたどり着いた。
「な、なかなか……やるじゃないか……」
ユーグルがゼイゼイと息を切らせながら、なんとか言葉を口にする。
英雄ではあるものの、森で暮らすタイプの耳長族は平地ではあまり素早くは無いらしい。
にも関わらず、「ペース落とすなよ、英雄舐めてんの?」みたいな意地を張るから、つい俺達のペースで来てしまった。
種族的にプライドが高いせいなのか、英雄がとしての意地なのか……。
まぁ、なんとも生き難くそうだが、割りと嫌いじゃない。
さて、雷舞堺城の城下町はそれなりに楽しそうではあったが、今回はグラシオに向かうことが最優先なのでスルーする。帰るときにでも回ってみよう。
さっさと砦で手続きを済ませ、俺達はグラシオ側に面した城門から外に出る。
そこには、国境の境となる広い平地。そしてその向こうにはまるでそこから違う世界だと言わんばかりに、景色を分断するような広大な森の姿があった。
「おお……」
思わず感心していると、ユーグルが自慢気に森を指して告げる。
「あれが我がグラシオの入り口。あの森の奥に我々の王都がある」
以前、グラシオはその国土の殆どが森だと聞いたことがあったけど、どうやら本当らしい。
しかし、この雷舞堺城みたいに相手国の進行を妨げる防壁みたいな物は無いんだな……。
その疑問をユーグルに聞いてみると、やはりドヤ顔で答えを教えてくれた。
「あの森自体が我々の防壁であり、敵を誘い込んで滅ぼす罠なのだ」
ほほぅ、天然の防壁か……。
ある意味、『女帝母蜂』がいた頃の神獣の森みたいだな。
「さぁ行くぞ!ここまで来れば今日中には王都にたどり着ける」
ええ? 今、あの森がヤバいと聞いたばかりなんですけど……。
そんな俺達の不安も顧みず、スタスタと先に進むユーグル。
……ええぃ、仕方ない。
案内無しでは余計にヤバい。開き直った俺達は、先を行くユーグルの後を追って、昼だというのに暗い森の中へと足を踏み入れた。