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キャロリアからの手紙にはただ一言。
『兄は貴方を切り捨てるつもりです』
それだけが書かれていた。
これは……どう判断すればいいんだろう……。
ナルビークが俺を切り捨てるって言われても、今こうして色々と融通してもらってるしなぁ。
元の世界に帰るための帰還魔法の研究にも協力してくれているとも聞いているが……。
しかし、キャロリアもマーシリーケさんの話では俺達、異世界の人間に友好的らしいし……。
これは、アレか? 王族同士の権力争い的な物に巻き込まれそうになっているのか?
元の世界でも歴史を紐解けば権力者同士の潰し合いなんて珍しくもなかったし、表面上はどうあれ裏ではドロドロしてるのかもしれない。
どちらにしろ、今は情報が足りない。
下手に動いて墓穴を掘っても洒落にならないし、この手紙も今は心に止めておいて、自分達の身を守る事に集中しておこう。
ただ、切り捨てると名指しされてるのは俺だけみたいなのが気になる。いらない子扱いみたいで少し悲しい。
とりあえず、皆に余計な不安を与えないように手紙の内容はラービとレイだけに伝えておく事にしよう。
はぁ……やっぱりこのグラシオ行きも面倒な事になりそうだなぁ……。
────翌朝。
考えてみれば待ち合わせの時間も聞いていなかった俺達は、仕方がないから朝飯を食べてから城に向かうことにした。
命が危ないのに大丈夫なのかと言われそうだが、朝飯を疎かにしては力が出ないからな……しっかりと腹に収めていこう。
いつもだったらイスコットさん達も一緒なんだが、今日はみんな各々の予定で屋敷を空けていて、この場には俺達だけだった。
ラービが用意してくれたのは、『何かの焼き魚』に『何かの鳥の玉子焼き』、『葉物野菜の浅漬け』に『豆類の発酵調味料からなる味噌汁的なスープ』。
この世界では手間がかかる為に、貴重で高価な発酵調味料を使った、素朴ながらも贅沢な朝食である。
何て言うか、日本人のDNAが歓喜するようなラインナップだな……。
この異世界で和食に近い食事にありつけるなんてのも、よく考えれば奇跡的だ。
……和食といえば、初めの頃は箸を使って食事をする俺達を皆、珍しそうに見てたっけ……。
そんな事を考えれながらも、楽しく朝食を摂っていた時の事だった。
不意に来客を告げる鈴の音が玄関の方から鳴り響いて来る。
「はい、はーい!」
まるでお母さんって感じで、ラービが食事を中断して対応に向かう。
こんな朝から、一体誰が尋ねて来たんだろうか……。
と、いきなり「のわっ!」っと、玄関に向かったラービの声が聞こえてきた!
なんだ、変な声を出して?
皆が怪訝そうな顔をしていると、パタパタとラービが小走りで戻って来た。
「か、一成!あやつが……」
「ほぅ、人を散々待たせておいて、優雅に朝食とは随分と余裕じゃないか、異世界人!」
ラービの言葉を遮ぎり、嫌味たっぷりの台詞と共に姿を現したのは昨日、出会ったグラシオからの使者! 耳長族の英雄、ユーグルだった。
……でも、なんで此処に?
「貴様がいつまでたっても姿を見せないから、俺が出向いてやったんだろうがっ!」
いつまでたってもって……まだ、割りと早朝だぞ? 日本時間なら朝の六時くらいだ。
「お前、仮にも自分の命がかかっているんだぞ! なんなんだ、その余裕は!」
えっ……俺を心配してくれたのか?
「違う! その緊張感の無さを責めてるんだ!」
うん、知ってる。
って言うか、昨日の出合いが最悪だったから少しからかっただけだ。
しかし、命が……と言われてもなぁ。
正直な所、今は体に何も不調を感じていない。
どこか痛いとか苦しいとか、そんな感覚があればもっと焦るのかもしれないが、例の不安要素みたいな深すぎる眠りってやつも轟氷都市で何度かあっただけで、最近はスッキリと目覚めている。
……本当に俺の体はヤバいのか?
「貴様、『森林樹龍』様の言葉を疑う……」
怒鳴りかけたユーグルの動きが、ふわりと漂ってきた飯の匂いにぴたりと止まる。
そして一瞬、食卓に視線が釘付けになり、ブンブンと頭を振ってもう一度俺を睨み付けた。
「『森林樹龍』様の言葉を疑う……」
くー。
再び言い直そうとしたユーグルの言葉は、己の腹の音に遮られた。
くっ……あざとい! あざとすぎる!
今、顔を真っ赤にしている姿すら、ずるいと言わざるをえない!
容姿端麗、高慢、真面目、英雄、ハラペコ、耳長族……役満じゃないか!
場所が場所なら腐った方々に狩られるレベルだぞ、テメー!
内心、そのあざとさに歯噛みしながらも、俺はユーグルの肩に手を置いて声をかけた……。
「飯……食っていけよ」
俺の言葉に続くように、レイが椅子を引き、ラービが新しい皿を用意する。
「……そ、そうまで請われては仕方がないな。その誘い、受けてやろう」
台詞とは裏腹に、いそいそと着席するユーグル。
そして運ばれてきた料理を一口食べて、
「美味っ……」
思わず言葉を漏らした。
その様子をニヤニヤしながら見ていた俺達に気付き、慌てて取り繕おうとする。
「う……ん、まぁまぁだな……」
すごい力業で誤魔化すユーグルだったが、なんだか微笑ましい。
今まで英雄というと一癖も二癖もあり、対立するような奴ばかりだったから逆に新鮮だ……。
なんだろうな、ちょっと気難しい大型犬でも相手をしているような気がするぜ。
その後、食後のお茶まで堪能した彼は至福の表情で一息ついた。
さっきまで人に散々、緊張感が無いだの何だの言ってた割にえらくマッタリしてやがるなぁ。
このままほっといたら寝てしまいそうな雰囲気まで醸し出してる駄エルフだったが、ハッとしたように椅子から立ち上がった!
「食事している場合じゃないだろうが!」
バン! とテーブルを叩くユーグル。確かに。
でもまぁ、そうは言っても俺達も出立の準備は出来ているんだけどな。
「ならば、さっさと出発するぞ!時間を取らせやがって!」
イラついた態度で俺達を促す。だが……。
「……異世界の料理……悪くは無かったぞ」
ポツリと呟いてそっぽを向く。
ったく、ほんとあざといわ……。