13
『しまらんのぉ……』
ああ、まったくだ。頭の中に響く謎の声に答えつつ、俺はため息をついた。
イスコットさんやマーシリーケさんと力を合わせて女帝母蜂を倒す!
これはうまく行った。問題はその後。
女帝母蜂の頭を打ち砕いた後、そのまま俺は地面に激突し、胸の辺りまで大地に埋まってしまった。頭部を貫通してきた為に全身は体液にまみれ、泥や埃がまとわり付いて不快な事この上ない。
さらに『限定解除』の後遺症で、肉体に激痛が走り身動きすることが出来なかった。
ヤバイな、こんな状態で大鷲蜂に見つかったら、為す術なく殺られてしまうかもしれない。
『その心配は無さそうだがな。ほれ、上を見てみよ』
謎の声に言われて上空に目をやれば、女帝母蜂に呼び寄せられていた大鷲蜂の群れが、(蜂のくせに)蜘蛛の子散らすように四方八方へと飛び去っていく。
はぁ……どうやら、終わったみたいだな。
当初の「この世界に俺達を呼んだ召喚士を捕まえる」から大分予定はずれてしまったが、あんな怪獣を相手に生き残っただけでも良しとしよう。それにスライム召喚をする少女も捕獲……保護したから、何らかの話は聞けるだろう。
ひとまず危機は去った。
そこで、俺はしまっておいた疑問をようやく口にする事が出来た。
「なぁ……お前は誰なんだ?」
頭に響く謎の声に俺は問いかける。
『ふむ、そろそろ聞かれる頃かと思っておった。だが、なんとなく検討は付いておるのだろう?』
そう、俺にはこの声の主について心当たりがある。
「あー、やっぱりあれか……?俺の頭に巣食ってる……」
『その通り!いまやヌシの脳みそ代わりをしておる元大鷲蜂である』
うわぁ……喋ってるよ。この蟲。
確かに、俺の呼び掛けに答えてストッパーを外したり、上空の蜂達に干渉したりしてたから、ひょっとしてとは思っていたけど、本当にそうだと若干、引くな……。
それに端から見たら、頭の中の誰かと会話してる危ない人に見えるんじゃないか?
いや、疑問を持つまでもなく危なく見えるな。
『何やら随分と失礼な事を考えておらんか……?』
むう、蟲のクセに……
「何が失礼な、だ。偉そうに」
『まぁ、ワレはある意味偉いからな。何せ、次代の女帝母蜂となるべき器を持つ個体であったし』
さらりととんでも無いことを言われた。
「な、お、お前が次代の女帝母蜂!?」
『うむ。言わばプリンセスである!……敬っても良いのよ?』
やかましい!
つーか、あれか!このままだと、成長してから俺の頭を食い破って出てきて、「キシャー!キシャー!」と鳴きながら周辺に破壊を撒き散らすのか!
俺の頭に恐ろしい未来予想図が展開する。やだ、怖い!
『のぅ、やはり失礼な事を考えておらんか……?』
懐疑的な蟲のセリフから、どうやらコイツは俺と会話はできても俺の思考は読めないようだ。
これはある意味チャンスだな。なんとか出し抜く方法を考えなければ……。
『ふむ、どうせヌシの事じゃ、ワレがヌシの頭を食い破って出てきて、キシャーキシャーと鳴きながら暴れまわるとでも思っておるのだろう?』
なにぃ!俺の思考を読んだのか!
『……図星か。本当に失礼な……。まぁ安心せよ、そんな事態にはならぬよ』
「なん……だと……?一体、どういう事だ?」
『イスコットやマーシリーケにも言える事だがな。そもそも脳の代わりをしている時点で、ワレに成虫になる力はもうないのだ』
成虫になれない?
『ワレらは人に寄生した際にその脳を喰らう。そして、肉体が死なぬよう、脳の代わりをしながら宿主の知識や経験を解析して生きるのに必要な情報を得るのだ』
なんだそれは!そんな高度な真似をしているのか!
生き残る為の知識ばかりじゃなくて、あらゆる知識を得れば凄い進化でもしそうな物だが……。いや、生き残る為の知識しか欲っさないから蜂のままなのか。
『本来なら、必要な情報を得れば羽化してさようならだが、時折、ヌシらの様に人並み以上の知識や、常人では得られぬ経験をしている者がいる。そういう者が宿主だと、ワレら情報の解析に手一杯になり、羽化するための力もそちらに取られてしまう』
「なるほどな……。そうなると蟲脳を宿した超人が生まれるって訳か……」
『そういう事だな。なかなか、察しが良い』
ええい、さっきから上から目線で……。だが、とにかく理屈は解った。って言うか、なんでそんなことを知っているんだ?
『そりゃ、ワレは偉いからの!もしくは……本能?それか、ワレが天才とか……』
うん、こいつ自分でも解っちゃいねぇ。
まぁ、予想としては蓄積された女帝母蜂の知識か……?
虫の中には一匹が得た情報を群れ全体で共有するタイプがいるみたいな話を聞いた事があるし、こいつも歴代の女帝母蜂から知識を共有、継承してるのかもしれない。
『他に聞きたい事は無いか』
なぜかウキウキした様な口調で質問を促してくる。まぁいい、この際だから全部聞いておこう!
「お前が急に話せるようになったのは何故だ?」
『まぁ、元々が次代の女帝として器が大きいのと、ヌシらが喜んで食べていたあの蜜。あれが女帝母蜂専用の極上の蜜だったからエネルギーを得られた事。あとは……ヌシの熱い呼び掛けのおかげかのぅ』
うっとりした声を出すんじゃない!
しかし、あの蜜がそんなに凄い物だったとは……。だが、確かに味も薬効も極上だったから、納得もできるけど……。
「えっと……次の質問な。その話し方と声はなんなんだ?」
ある意味、コイツが語りかけてきてから、最大の疑問を口にした。
『うん?何かおかしいかの?』
おかしい……断然おかしい。なぜならコイツの声は……可愛すぎる!
『ヌシの知識の中から、ヌシが一番気に入っている「声優」とやらの声と、「貴族系ロリババァ口調」と言うものを模したのだが……気に入らなかったか?』
くそっ、道理で……。
気に入らない訳がないだろう!めっちゃ、キュンキュンしとるわっ!
ちくしょう、蜂のくせに!蜂のくせにっ!
「カズナリ!良かった、ここにいたか!」
不意に俺を呼ぶ声が聞こえた。痛む首を回し、なんとか声のした方を向くと、スライム召喚士の少女を小脇に抱えたイスコットさんが森の中から現れた。
「マーシリーケ、こっちだ!」
スライム少女を地面にそっと下ろし、マーシリーケさんを呼ぶと、イスコットさんは埋まっている俺を引っ張り上げてくれた。
「た、助かりました。『限定解除』の後遺症で、動けなかったんですよ……」
「そうだと思ったよ。マーシリーケが来たらすぐに回復薬を飲ませる」
俺の持っていた回復薬は、さっきの必殺キックの影響で容器が壊れて、こぼしてしまっていため……ありがたい。
「あー、カズナリ!良かった、無事だったみたいねー」
マーシリーケさんが明るい声を上げながら森から飛び出してくる。あまり無事じゃないけど、俺はなんとか笑みを浮かべた。
「マーシリーケ、回復薬を」
「オーケー!」
マーシリーケさんは俺の頭を抱えると、口に回復薬を流し込む。
……こんな時に不謹慎ではあるが、密着するマーシリーケさんはとてもいい香りがしました。
『やれやれ、デレデレしよって……』
不機嫌そうな声が頭に響く。うるさい、これは生理現象だ。
「ところで……君は例の作戦を立てた人と話していたのか?会話みたいな声が聞こえたんで、君を見つけられたんだが……」
「いや、ここにいたのは俺一人なんですが……とりあえず、後で説明します」
回復薬が直ぐに効いた俺は、立ち上がりながら答える。
「とにかく、カズナリも回復したなら、さっさとこの場を離れましょう」
マーシリーケさんが急かす様に言う。
「ああ、これだけでかい騒ぎになれば周辺の村や領主……場合によっては国が動くかもしれないからな。ひとまず、拠点に身を潜めよう」
イスコットさんも引き揚げるべく、スライム少女をかつぎ上げる。ぐったりとしている少女を全身鎧の人が運んでいる姿は、ちょっとヤバイ絵面だと思いつつ、全く動かない少女が気になった。
「イスコットさん、彼女は大丈夫なんですか?」
「ああ、気を失ってるだけだよ。……ショックな事が多かったから、無理もないがね」
大鷲蜂や女帝母蜂の強襲、村の壊滅、俺達の存在……確かに、少女の身には重すぎる事が多いよな……。
俺達をこんな事態に巻き込んだ連中の仲間ではあるが、少し同情してしまう。
「ほら、早く早く!」
マーシリーケさんに促され、俺とイスコットさんも闇深い、夜の森に飛び込んだ。
木々の間を抜け、殿を勤めて走る俺は、ふと思い付いて蟲脳に語りかけた。
「なぁ、そういえばお前に名前はあるのか?」
『いや、名前はないのう』
そうか……。一応、人格があるみたいだし「お前」とか「コイツ」って呼び方しか無いのはちょっとな……。
「このままだ少し呼び辛いから、何か名乗りたい名前があったら教えてくれないか?」
『ん……そうか。そうじゃな……ヌシが「カズナリ」だから、ワレは「フタナリ」……』
「ストップ!それはダメだ!」
ちょっと変わった趣味嗜好みたいな名前はヤバイ!
『むう、ならば、ヌシが名付けてくれ』
「俺が?」
『うむ。ヌシがくれる名前ならば、きっと気に入るだろう』
そんな事を言われたら、ちょっとプレッシャーだし、照れるな……。ううむ、じゃあ……。
「……ラービ。ラービでどうだ?」
キラービーを捩った名前を提案してみる。まぁ、実際は大鷲蜂だから「グルービー」かとも考えたが、何だかテンションが高い人っぽいから却下。
それに「ラービ」の方が少し可愛いい感じがするしな。
『ラービ、か……。うむ、良いな!』
どうやら気に入ったみたいでなにより。
『改めてよろしく頼むぞ一成』
「ああ、よろしくなラービ」
なにやら奇妙な同居人をすでに受け入れつつある現実に、我ながら順応性が高くなった物だと、ひとつため息をついた。