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しかし、何だって他国の英雄が、わざわざ俺の心配をしてくれるんだろう……。
もしかして、俺って知らない内にファンが出来るくらい裏で有名になっていたとか?
「本来なら我々とて貴様ら異世界人など、どうでもいいのだがな……」
俺の妄想を砕くように、ユーグルと名乗った耳長族の英雄はこれ見よがしにため息を吐く。
「だが、我が国の『森林樹龍』様が貴様らの動向に深い興味を持っておられる。そのお陰で貴様が死にかけていることを知られ、救いの手を差しのべられたのだ」
……そりゃ、ありがたい話だが随分と恩着せがましい言い分だな。
事の真偽はともかく、感謝していいんだろうけど、こうも嫌悪感丸出しの態度を取られると素直に感謝する事もできやしない。
大体、『森林樹龍』様って誰なんだよ?神獣みてえな名前しやがって……。
「『森林樹龍』はグラシオに住む神獣だ……」
ナルビークがポツリと呟く。
って、マジで神獣かよ!
「グラシオでは神獣と耳長族が共生しているとは聞いていたが……」
神獣と共生!?
ふと脳裏に『女帝母蜂』の姿が思い浮かぶ。
あんな怪獣レベルの生物と共生するなんて……。
耳長族は特撮映画の蛾の怪獣を奉る小人かなんかだろうか……。
「この国にいた虫の化け物と一緒にするな。『森林樹龍』様はその広大な見識と知識を持って我々と共に暮らしているのだからな!」
なんかこう、いちいち物言いがカチンと来るな。
だが、創作のエルフなんかも初対面だとこんな感じだし、ひょっとしたら共に旅をすれば打ち解けるかもしれない。
ここは一つ、俺が大人の対応をしよう。だから、殺気を出すのは止めような、お前達。
「なんにせよ、俺達を助けてくれるって言う事なんだから、ありがたく話は聞かせてもらうよ。それで、どこでその神獣様の話は聞けるんだ?」
「無論、我が国であるグラシオまで出向いて貰う。だがその前に一つ言っておく」
申し出を受ける旨を伝えると、ユーグルは俺を睨みながら吐き捨てるように言う。
「『森林樹龍』様の指示だから貴様を我が国に招くのだ。だが、誰一人として他国の人間なぞ歓迎してはいないからな!」
キッツいなぁ……。
一応、一緒にその国に行くことになるだろうに、なんでそんな事言うの……。
「さて……では、カズナリ達がグラシオに行くことを許可しましょう。通行書を発効するから、明日まで待ってください」
やや空気が重くなった所に、上手いことナルビークが間に入ってくれた。
「カズナリ達も準備があるだろうしね、ユーグル殿には部屋を用意するので少々、お待ちを……」
そう言って、ナルビークがキャロリアとメイド達に指示を出していた時、ユーグルが小声で俺に尋ねてきた。
「お前、ここ最近で異様に眠りが深くなったりすることはなかったか?」
突然ではあったが、その問いかけにふと思い当たる節があった。
そう、あれはこの前の戦いで轟氷都市に泊まった時。
あの時、俺は何度か薬でも飲まされたのかってくらい深い眠りに落ちていたが、まさか……。
「進行はそこまで進んでいたか……」
何?何なの?
ポツリと呟くユーグルが怖い!
しかし、奴はそれ以上何も言わず、メイド達に案内されて部屋を出ていった。
「では、カズナリ様。私達も戻りましょう。送らせていただきます」
来た時と同じように、デルガムイ号で送ってくれると言うキャロリアに従い、ナルビークに一声だけ掛けて俺達も部屋を出た。
そうしてまたも女子は馬の背に、俺はテクテク歩いて屋敷に戻る。
ユーグルの態度やら、体調の事やらが引っ掛かってモヤモヤが消えない。
……そんな気持ちを抱えたまま、屋敷にたどり着く直前の事だった。
「カズナリ様……これを」
そう言ってキャロリアが手渡してきたのは、封をされた一通の手紙。
「……後で読んでくださいまし」
ニッコリと微笑み、手を添えながら渡される。
…………え?ナニコレ?
ひょとして、ラブレターってやつ?
マジで?
初めて女子から個人宛の手紙を貰い、テンションが上がるのを感じる!
しかもそれが王女様って、どこのヒロイックサーガだよ(最高)!
「それでは皆様、ごきげんよう」
玄関で見送る俺達に、軽やかな笑顔と地響きの様な蹄の音を響かせながらキャロリアは去っていった。
むふふ……自然と顔がにやけるのが止められない。
が、ふと顔を上げた時、俺のにやけ面は一瞬で硬直した。
目の前には満面の笑みを湛えつつ、背筋も凍るようなオーラを放つラービがいたからだ……。
「……随分と浮かれておるのう」
「べ、別に浮かれてなんか……」
ラービの口調は穏やかだ。だからこそ恐ろしい。
「まぁ良い。ヌシがモテるのはワレの目に狂いが無いことの証拠じゃからな。それに、ヌシが『異世界の王女』というブランドに目が眩んで不義理を働くような愚か者でない事くらいは重々承知しておる。そうであろう?」
し、信頼してくれるのは嬉しいよ。でも、なんで捲し立てるの?
怖いよぅ……。
「で、ヌシが読み終わった後はワレにも見せてくれるよな?」
え? いや……こういうのは渡してくれた人の気持ちもあるし……。
「見せてくれるよな?」
は、はい……一成、ラービに手紙を見せます……。
将来的に尻に敷かれそうな漠然とした不安を抱きつつ、自室に戻った俺はキャロリアからの手紙を開いて内容に目を落とす。
見慣れない異世界の文字ではあるが、優秀な蟲脳による翻訳機能はしっかり働いて、その意味を俺に伝え……。
「なん……だと……」
その手紙は短い文章で一言。
しかし、その内容は俺を驚愕させ、言葉を失わせた……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ただいま戻りました」
「ああ、ご苦労」
一成達を送っていったキャロリアにナルビークが労いの言葉をかける。
しかし、普段なら彼の仕事の邪魔にならぬよう、早々に退出するはずの彼女は、今日に限って今だ部屋の中でナルビークを眺めていた。
「何か私に用事でもあるのか?」
珍しい事もあるものだと思いながら、キャロリアに尋ねる。
すると彼女は、口を開いて「聞きたいことがある」と言葉を紡いだ。
「お兄様は何故カズナリ様をグラシオへ向かわせたのですか?」
妹の問いに、兄は少しだけ思案してからそれに答え始めた。
「ディドゥスとブラガロート、それにスノスチの三国が極秘利に同盟を結んだとの情報が入った」
一見、キャロリアの質問とは的はずれな答えが返ってくる。
しかし、キャロリアは反論することなく、ナルビークの言葉の続きを待つ。
「この三国は『神獣殺し』討伐の為、複数の英雄によるチームを作ってそれに当たるらしい。さて、そこで神獣殺しの一人であるカズナリが単独でアンチェロンを離れる……それを知ったら、彼らはどう動くと思う?」
「……理解しました」
キャロリアはそれだけを口にする。
つまり、ナルビークは魔工武具職人や魔法薬剤師と違い、生産性が無く戦闘力だけ高くて利用価値が低い……しかも死の可能性がある一成を生け贄にするつもりなのだ。
単独行動をさせ、狙われた一成が他国の英雄を一人でも多く道連れにしてくれれば良し、仮に返り討ちにしてくれれば、なお良し。
しかも戦闘の場はグラシオだ。
多大な損害が出るような派手な戦いでも起きれば、労せずグラシオの国力を低下させられる。
一成一人の犠牲で、アンチェロンが得る利益は莫大な物となるだろう。で、あるなら使わない手はない。
「お兄様……貴方という人は……」
キャロリアが口元を押さえて顔を伏せる。その肩は小さく震えていた。
「なんだ? まさか、アイツに惚れていたなんて言うんじゃないだろうな」
「そういう訳では……ありません……。ですが……友人に……なれるとは……思って……いました……」
震える声でキャロリアは答える。
彼女が異世界人達と懇意にしていたことは知っている。
むしろ、友好が深まっていた方が利用しやすいだろうと放置していたくらいだ。
しかし、ここまで情が移っていたとは、少し意外ではあった。
後々に政略結婚くらいにしか使えない道具ではあるが、兄妹の情が全く無い訳ではない。
涙を堪えているのか、震える妹の姿に少し居心地が悪くなったナルビークは、ぐるりと椅子を回してキャロリアに背を向けた。
(お兄様……本当に貴方という人は……)
……そんな兄の背を見つめながら、キャロリアは必死にある衝動を押さえていた。
(私の予想通りに動いてくださいます!)
キャロリアが押さえていた衝動……それは嘲笑。
一見すれば泣いているようにも見えた彼女は、ただ肩を震わせて笑いを堪えていた。
(貴方がカズナリ様を捨てると言うなら、ありがたく私が拾わせてもらいますわ)
キャロリアの抱く野望……そのピースの一つとして、一成の存在は是非とも欲しい。
(そろそろ、私が渡した手紙を読んでいる頃でしょう……。そして、グラシオで襲われればあの人達は私に付く事になる……)
キャロリアはそっと部屋を後にする。
自分の思い通りに事が進んでいる……そう考えている兄の姿が道化のようで、これ以上彼を眺めていると大声で笑ってしまいそうだったから……。
(さあ、これから面白くなりそう)
深呼吸をして気持ちを落ち着かせてキャロリアは歩き出した。
次の一手を打つ為に……。
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