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俺はすでに神器を従えてるし、地魔神の肉も口にしたから、この争奪戦に乗るつもりはない。
まぁ、量がある地魔神の肉はともかく、神器『蟲の杖』は誰が手にするかで揉めるかもしれないな。
こう……自分が神器を持つ事でどう有効利用できるかアピールしあう様子を傍目で見学するのは、将来的(就職の際の面接とか)に役に立つかもしれない。
あと、三國志や史記なんかに登場する、弁をもって相手を断つ!みたいな説客の舌戦とかに少し憧れているのもあるけど。
魯粛さん、いいよね……。
そんな訳で熱いトークバトルを期待していたのだが、
「この神器、ワレが貰ってもいいかの?」
「ああ」
「いーよ」
トークバトル、三秒で決着!
はえーよ!早すぎるよ!
神器ですよ? もうちょっと欲しがりましょうよ!
「いや、杖とか使わないし……呪いとか怖いし……」
マーシリーケさんの言葉に、イスコットさんもウンウンと頷く。
そうだった……俺達は魔法を使えても先に手が出るゴリッゴリの武闘派ばかりだった……。
それに神器の呪い。
レイから聞いた、『赤の槍』と『白の槍』の呪いも、下手に装備するより封印した方がいいかもレベルのダメージをくらうエグいものだった筈。
でも、そんな中でなんでラービは神器を?
「そりゃ、次代の『女帝母蜂』となる者だったワレにも意地があるからの。蟲を統べる者が逆に操られてましたなんて、プライドが許さんわ」
ううん……もう人間と変わらなく思えるこいつにも、そういった本能的なプライドがあるのか……。
だが、なるほどな。
蟲を統べる神獣と蟲を統べる神器……譲れない戦いがあるという事か。
「それもあるが……もっと一成の力になりたい。ヌシと共に戦い抜く力が欲しいのじゃ!」
おいおい、やめろよ! 照れるじゃないか!
そんなにヒロインポイント稼いでどうするつもりだ?
なんとも気恥ずかしく、背中にムズ痒いものを感じていたが、「あれ? ワレ、めっちゃ健気じゃないかの?」とか呟きながらチラチラ俺の様子を伺い始める。
うん、自分で言わなきゃ最高だったんだけどね。
まったくもって、詰めの所で残念な奴だよ……まぁ、そんなところも悪くないと思ってる俺もいる訳だが。
そんな感じで俺達がアハハ、ウフフと見つめあっている所をイスコットさん達にニヤニヤしながら見られていることに気づいて、とりあえず日本人的な曖昧な笑みで返しておく。
まぁそんな青春の一ページはさて置いて、さっそくラービは『蟲の杖』を支配下に置くべく、神器チャレンジに挑む!
「チェストォ!」
気合い一閃!
鉄槌打ちの一撃で蟲の杖を覆う氷を打ち砕くと、テーブルの上に転がり落ちた神器にそろそろと手を伸ばす。
「蟲の杖……どんな呪いが発動するか、心当たりはないか?」
神器繋がりでレイに尋ねたが、杖と槍では派閥が違うから解らないとのこと。
派閥とかあるんだ……。
「予想の範囲でよろしければですが……おそらく大量の虫に襲われるといった呪いの可能性が高いかと」
レイの予想は確かに有りそうだ。なんたって「大量の虫」と言うだけで嫌悪感と危険な感じが半端ない。
もしも「蚊の大群」や「Gの大群」に襲われたらと思うと……ゾゾゾっと背筋に悪感が走る!
それとなく逃げる体制を取っているイスコットさん達を少し恨みがましく見ながら、俺はラービが神器を手に取る瞬間をじっと見詰めた。
そして、ラービが一気に蟲の杖を握りしめて天に翳す!
…………………何も起きない?
予想していた虫の大群が襲って来る気配も無く、ひょとしたらラービは神器に選ばれたのかな? 的な考えが頭を過った次の瞬間!
蟲の杖が震動し、すさまじい悪臭が猛威を振るい始めた!
くっさ!滅茶苦茶くっさ!
カメムシの出す悪臭をさらに煮詰めたみたいなとんでもない臭いに、即座に鼻が使い物にならなくなる。
ボロボロと涙が零れ、嗅覚は麻痺しているのに「臭いという情報」は心と体を責め立てる!
ヤバイ化学兵器レベルの悪臭に、すでに退避したイスコットさん達とは違い、俺はラービの側で共にその地獄に耐えていた!
「パクチー!パクチー!」
少しでもその悪臭を誤魔化すために、近いの臭いの香草の名を叫ぶラービを置いて行ける筈もない。
「がんばれ、ラービ!俺がついてるぞ!」
鼻を摘まんでいるためくもぐった声ではあるが、俺は空いている手を彼女の肩に置いて一生懸命ラービを応援する!
それに答えるように、ラービも懸命に鼻を抑えつつ、神器も抑えようとしていた!
長い攻防が続き、やがて……。
ついに蟲の杖の震動が止まり、放たれていた悪臭も終わりを告げる!
「…………勝った!」
溢れ落ちた彼女の勝利宣言と同時に、俺達二人は胃から逆流してくるものを吐き出しながら意識を失った……。
その後、マーシリーケさんの回復魔法と洗浄魔法により体に染み着いた悪臭を洗い流してもらった俺とラービは意識を取り戻し、皆で食堂の掃除をする。
不思議な事に、あれだけの強烈な臭いだったにも係わらず、部屋の外にはまったく臭いが流れて行ってなかった。
これも神器のなせる業だろうか……。
さて、神器の件にケリが着いたし、次はもうひとつの案件である地魔神の肉片だ。
それを食べれば、イスコットさんやマーシリーケさんの蟲脳も新たな力に目覚めるかもしれない。
ただ……。
「それで、これを食べた経験者として、味はどうなの?」
マーシリーケさんに聞かれ、俺は一言。
「クッ…………ソ、不味いです!」
溜めて溜めて……万感の想いを込めて、俺は言い放つ!
そう! 無茶苦茶マズイんだ、アレ!
例えるなら、ゴム草履を焼いた方がまだ美味いかもしれないレベルの最悪の代物である。
ブチ切れてテンパってたとは言え、よくアレを食えたな、俺……。
そんな俺の感想を聞いて、明らかに嫌そうな表情を浮かべるマーシリーケさん。
しかし、実際に俺達を遥かに越える魔神達の存在を体感しているイスコットさんは、顔をしかめながらもチャレンジしようとしている。
「コレ……なんとか調理出来ないもんかな?」
イスコットさんがラービに尋ねる。しかし、ラービは難しそうな顔をして唸りはじめてしまった。
「うーむ、確かに肉の下拵えとか臭みを抜く手法はあるが……そもそもコレ、食材じゃないしのう……」
如何にラービとは言えども最初から食材とは呼べない、前提が違うものを料理にはできないか……。
「それに、下手に手を加えると成分が変わるかもしれんし、やはり生で行くのが一番良いのではないかの」
確かになんとか調理出来ても、目的の蟲脳強化が出来なきゃ本末転倒だ。
最悪、不味い思いだけして効果無しなんて事になったら目も当てられない。
だからこの罰ゲームじみた流れは仕方がないよな。
決して、先程の悪臭地獄からさっさと逃げた二人に対して意地悪している訳ではないのだ。
「……本当に食べなきゃダメ?」
さすがのマーシリーケさんも尻込みしているが、イスコットさんは至極真面目にその必要性を語る。
「確かにコレを口にするのは躊躇する……だけど、万が一にもあの魔神達と再開するはめになったら……まず、確実に殺されるだろう」
手練れである彼がハッキリと言う、その説得力は高い。
そして、バロストが生きている限りは、その可能性は無くならないのだ。
「僅かでも無事に帰還する可能性が上がるなら……」
覚悟を決めたように、彼はその肉片を手に取った!
そして……一気に口にかっ込む!
「ええい!やってやろうじゃない!」
マーシリーケさんも地魔神の肉片を掴みま上げて口に運ぶ!
そして二人の顔色が変わった。
顔を赤くしたり青くしたりしながら肉片を咀嚼し、飲み込んでからは痙攣しながらも吐き出す事を堪える!
先程の悪臭に耐えていた俺達のように、プルプルと震えていたが、突然顔を上げて辺りを見回した。
「誰だ、君は……」
「私達の……蟲脳……?」
見えない誰かと語り合う二人の姿に、脳内のラービと話してた時はこんなんだったのかと、思いを馳せる。
脳内の何者かが覚醒したらしい二人は、ハルメルトにスライムの召喚を頼んできた。
そうして呼び出されたスライムに、イスコットさん達は俺がそうしたように数敵ほど、自分の血をポタリと垂らす。
やがて、スライムの表面が波打ち、あの日のラービのように、徐々にヒトの形を取り始めていった……。