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「おっかえりー。お疲れさま」
王女なんてVIPの客がいるのに、いつも通りのテンションでマーシリーケさんが俺達を迎えてくれる。
まぁ……彼女の様子や、先に帰っていたイスコットさん達が一緒にお茶をしてるくらいだからなんか重要な案件があるってことでは無さそうだ。
とりあえず買ってきた食材をキッチンに運び、茶会に招かれるままに席につく。
「お久し振りですねぇ、カズナリ様にラービ様に……こちらのお嬢様は?」
あ、そうか。レイとは初対面だったな。
「私の名はレイ。御主人様の忠実な下僕です」
優雅に一礼しながら、レイは王女に頭を下げる。
いや、ちょっと……お前くらいの女の子が下僕とか言っちゃうと世間体が悪すぎないか?
「あらまぁ……素敵!」
しかし、俺の心配とは裏腹に、キャロリア王女は目を輝かせてラービと俺を交互に見つめる。
「レイ様は異世界の方ではないようですし、カズナリ様はこちらの世界で忠臣を得られるほどの器量の御方なのですね」
んん……端から見るとそうなのか?
でも、結局は俺なんぞただの高校生だし、蟲脳のお陰でやれてるようなもんだからなぁ……。
あまり過大評価されると心苦しい。
「レイ様、どうぞカズナリ様をお助けして忠義を尽くしてくださいまし」
「はっ。この身に変えても!」
いつの間にか、レイがキャロリアの命令で俺に仕えてるみたいになってる……。
ハッとしたレイが、慌てて俺の方に頭を下げる。
いや、別に気にすることはないんだが……うーん、こういう雰囲気を自然に作り出せる辺りが本物の王族ってやつなんだろうなぁ。
「って言うか、今日は何でまた王女様が? 何かあったって訳ではないんですよね」
マーシリーケさんに尋ねると、俺達の様子を確認しに来ていたとの答えが返ってきた。
なんでも轟氷都市の方から、今日くらいに王都に到着するだろうとの連絡があった為に彼女が顔を出していたそうだ。
俺達よりも先に連絡が来てたって……この世界の連絡手段ってどうなってるんだろう?
どうせだから聞いてみると、なんでも遠距離から声を瞬時に送れる魔道具があるらしい。電話みたいなもんか?
でもなるほど、全方位を敵に囲まれてるに等しい立地ならではの技術の進歩ってやつなのかもしれないな。
「まー、そうは言ってもキャロちゃんは二日に一回くらいの割合で顔を出してるけどね」
キャロちゃんて……ちょいと気軽すぎじゃないですか、マーシリーケさん?
相手は王女なのに、大丈夫なんスか?
「マー様からお聞きする異世界のお話が楽しすぎて……ついつい、あしげく通ってしまいます」
ちょっと照れながら、キャロリアは少しはにかんだ。
つーか、「キャロちゃん」「マー様」って友達かよ!
本人同士はいいかもしれないけど、周りの人間に聞かれたらなんか揉め事の種になりそうなやつだ、コレ。
面倒事が起きませんように……。
「と言うか、一応は王女様なのに頻繁に訪れるのは……暇なのですか?」
レイが小首を傾げてキャロリア王女に尋ねる。
その問いに、王女はショックを受けた少女漫画のキャラクターみたいな表情になった。心なしか、背後に雷が落ちたようにも見える。
「フ、フフフ……。レイ様、タブー中のタブーに触れてしまいましたわね……」
なんとか笑顔を崩さず、それでいてダメージは隠しきれないようで体は小刻みに震えていた。
「……実を言えば、結構ヒマなのです。国政については、お父様とお兄様が仕切っておられますから、私の出番はありませんし、外交的にも対立国家ばかりで私が現状できる事は特にありません……」
めっちゃ簡単に認めやがった。
さらに身振り手振りを加えながらキャロリアは語る。
んー……なんだろう、異世界の連中はオーバーアクションが過ぎる気がするのは……。
俺が控えめな日本人過ぎるだけか?
「来る日も来る日もゴロゴロするだけの退屈な毎日……異世界からいらした皆様の活躍を見聞きする事が唯一の楽しみなのです」
忙しい現代日本の大人達が聞いたらブチ切れしそうな悩みを王女は悲しげに告白をして、再びお茶で喉を潤す。
「そんな訳ですので、どうぞ私に色々とご教授くださいね」
ああ、ようは暇潰しのお喋りに付き合えってことか。
「皆様も、私から得られる情報等が御座いましょう?」
その一言、そして一瞬だけ見せた策士然とした表情にドキリとさせられる。
こいつは……ヒマをもて余した王族の道楽って訳じゃないのかもしれないな。
「まぁ、そういう事よ。私も留守番してる間に色々聞けて楽しかったわよ」
王女の言葉を継ぐようにニヤリとマーシリーケさんも笑う。
むぅ……戦術よりも戦略的な情報を集めているという事だろうか。
確かに、その辺はあまり気にしてなかったな。
なんとも抜け目ない人達だ。
「まぁ、とにかくワレは夕飯を作ってくるでな。よかったら王女殿も飯を食べて行くか?」
「異世界の……お食事!」
ラービが誘うと、さっきまでの出来る才女の顔がたちまち駄犬のそれになる。
「うう……お、お誘いはありがたいのですが、今日だけは……王宮での行事がありまして……」
おあずけをされてる賢い犬みたいな、半べそ状態でキャロリアは辞退した。
……あれは相当惜しがってるな。
「王族ともなれば仕方がないか。なら次の機会には腕を振るうとしよう」
「その時は是非っ!」
まるでラービに食いつく勢いで、キャロリアはラービの手を取り約束を交わす。
うん、王族で腹ペコキャラっぽい辺りは好印象だな。
その後、後ろ髪引かれるような顔でデルガムイ号に乗って帰っていったキャロリアを見送り、俺達も晩飯にありついた。
ちなみにメニューは「八宝菜っぽい物」、「回鍋肉らしき物」、「鳥の揚げ物の甘酢餡掛け風」そして「たっぷり野菜のスープ」に「白米的な穀物」。
意外にもこの世界の食材は、俺達の世界に近い物が多いみたいで、料理も再現しやすいとのこと。
調味料やスパイス、一部の嗜好品以外ならわりと安価で手に入るあたり、生産性は安定しているのだろう。
それを大街道で流通させて、しっかりした供給を実現しているらしいと聞いて感心してしまった。
異世界って、もっと不便で面倒なもんだと思ってたよ。
まぁ、この国だけの話かもしれないが。
それから料理を前にした戦場のような夕食を終えて、その日は皆早々に床についた。
そして翌朝。
再び食堂に集った俺達の前には、今回の戦いで手に入れた戦利品がテーブルの上に鎮座している。
氷漬けになった神器、『蟲の杖』。
そして地魔神の肉片。
これらをどうするか……こらから始まるであろう論戦に、勝手に「孔明と呉の賢人達の舌戦」を連想して、俺は一人ワクワクしていた。