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インセクト・ブレイン  作者: 善信
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翌朝。

無駄に興奮して筋トレ祭りに突入したツケは結構でかかった。

眠気と疲れでぼんやりした頭で朝飯を食べ、ふらふらとした足取りで移動する。


そんな俺の様子を見たイスコットさん達が、「昨夜はお楽しみでしたね」って顔で生暖かく見守ってくれていた。

まぁ……何もお楽しめなかった訳だが、わざわざ説明するのもなんだし、ここはご想像にお任せしよう。


さて、この轟氷都市を出る前に、一応ティーウォンドに挨拶くらいは……と思ったのだが、見送ってくれたのは夜勤明けのダリツだけだった。

なんでもティーウォンドはやる事が山積みで、寝る間も惜しんで働いているらしい。

ふむう……女が絡むとダメ人間になるが、そうでなければ立派な大人なんだな。


「まぁ、なんかお宅らと顔を合わせるのに、バツが悪いらしいのもあるみたいだがね」

ダリツの言葉に思い当たる事もある俺達は、それ以上は追究しなかった。

少しだけティーウォンドを見直し、よろしく言っといてくれと伝言を頼んで、俺達は王都目指して出発する。

途中、神獣の森を通過するから少しはダリツ達の負担を軽くしてやれるかもな……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


轟氷都市の兵士達が詰める砦の執務室で、ティーウォンドは大量の書類と奮戦中だった。

自分が砦を離れている間にある程度の復興やキメラ・ゾンビの討伐に支障が出ないように取り計らってはいたものの、やはり現場では色々な問題が出るものである。

それらを優先順にまとめ、人手や資材の手配、さらには治安維持や他国の動向にも気を配らなくてはならないのだから、いつまでたっても仕事が減る兆しは見えなかった。


ある程度は部下に任せているとはいえ、岩砕剣のコルリアナのように面倒な事務関係の仕事を丸投げ出来ればどんなに楽かと思わないでもない。

が、そんな事をすれば今度は気になって仕方がないという、神経質な人間特有のジレンマが彼にはあった。


そんな修羅場の様相を呈しているティーウォンドの元に、茶を持ったダリツが訪ねて来たのは、一成達がここを出てからすぐの事である。

「あいつら出発しましたよ。ティーウォンド殿によろしくと言ってました」

「フッ……少しは肩の荷が降りたよ」

一息着いてダリツから茶を受け取ったティーウォンドは小さく笑う。


「そうなんですか? 随分とラービに入れ込んでたみたいですが……」

以外にもサバサバしているティーウォンドに、彼の女絡みの面倒くささを知っているダリツが珍しそうに尋ねた。

「ラービさんの事は……まぁ、残念ではあるがね」

正直な所を言えば、まだ少し未練はある。

だが、覚悟を決めた女の中には惚れた男と地獄に落ちることも厭わないタイプという者もいる事をティーウォンドは知っていた。

そして、ラービはそのタイプであるだろう。


(だからこそ、私と来てほしかったのだがな……)

静かに落胆している所をダリツに気遣われても面白くないので、ティーウォンドは少しおどけるように言葉を続ける。


「これ以上、馬鹿を演じるのもごめんだしな。まぁ、ラービさんの無事くらいは祈っておくさ」

馬鹿を演じるとの言葉が出た時、フッとダリツの表情が緩む。

「やはり、彼等の言い分は信じてなかったんですね」

「当たり前だろう。どこの世界に、あんな魔神バケモノどもを意識もなく倒せる者がいるというのか」

一成達の説明するティーウォンド大活躍の回想がデタラメなのは子供でも判ることだ。

にも関わらず、ティーウォンドがそのデタラメを真に受けた振りをしたのは、彼等の都合を汲んだ為である。

手柄も要らず、自分達が目立たない方がいいと彼等が思っているなら、その意図に乗ってやる事がティーウォンドなりの誠意だった。


「……なるほど。しかし、彼等がそう望んでも上手くいきますかね?」

「まぁ……無理だろうな」

軽くため息をつきながら、歴戦の英雄の顔でティーウォンドは断言する。

彼等は強い。

その強さは英雄である自分達よりも上であろう。

異世界から異邦人がこの世界で最も強いというのは、出来れば認めたくはない。しかし、それが現実なのだ。

だからこそ、それを隠し通す事は不可能だし、いずれは……。


「剣を交えるかもしれないな……」

「? なんです?」

ポツリと溢したティーウォンドの言葉がよく聞こえず、ダリツが聞き直す。

「……いや、なんでもない」

頭を振って、言葉を濁す。

そして、すっかり空になった茶の容器をダリツに返して、夜の任務に備えてもう休むよう、指示を出した。

色々と思うところはあるようだったが、その言葉にダリツは従い、執務室を後にする。


再び書類の山と対峙する事になったティーウォンドは、先程の自分の呟きが現実にならねば良いがな……と一人漏らす。

どれだけ一成達が個々で強かろうも、『五剣』の英雄が全て集まった時、彼等は勝てはしないだろう……。

自分が認めた連中と、自分が惹かれた女性をこの手にかけるような事が無いことを願いつつ、彼はまた机に向かって事務処理たたかいに没頭していくのであった……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


轟氷都市から出発した俺達は、一路、王都目指して突き進む。

最初にあの砦に向かったルートを逆走するのではなく、森を突っ切って文字通り、一直線に王都へ向かうルートである。

普通なら地図もナビも無しにそんなルートを取れば迷う事は必至だが、イスコットさんの体内磁石は渡り鳥並ということなので、進行方向の確保は彼にお任せしていた。


初日は森の手前まで。

翌日、森を一気に突っ切る!

そして次の日の昼を過ぎ、夕方の少し前くらいに俺達はアンチェロンの王都にようやく戻ってきた。


道中、森の中で何度かキメラ・ゾンビや普通(?)の魔獣なんかと戦いつつ、良さげな食材をゲットしてきたので、ラービの作る晩飯が楽しみだ。

「ふふふ……再びワレの女子力を味わわせてやろう……」

なんかノリノリなラービの様子に、美味い飯への期待が高まる。


さて、拠点になってる屋敷に戻る前に、市場で食材や調味料の類いを買いたいというラービの言葉に従い、俺とレイは市場に付き合い、イスコットさんとハルメルトは一足先に屋敷に向かう。

先ずは一緒に屋敷に戻ってマーシリーケさんを安心させた方がいいかもしれないが、積もる話に買い物の時間が無くなるといかんと言うラービの主張を通した形だ。

まぁ、食事しながらの結果報告の方がいいかもしれないしな。


そうして、市場を回り買い物を済ませてから屋敷に向かう頃にはすっかり夕暮れになってしまっていた。

「やれやれ、皆が腹を空かせているかもしれん。急ぐぞ、二人とも」

まるでお母さんなラービに急かされて屋敷に戻った俺達だったが、その近くまで来た時にピタリと足が止まる。

その理由……屋敷の前に佇む巨大な影があったからだ。

が、一瞬、警戒はしたものの、それが見覚えのあるものだと判って緊張を解く。


玄関近くに繋がれていた、並の馬型の魔獣よりもはるかに大きいその個体。

その正体は、王家専用の軍馬デルガムイ号。

以前、岩砕城壁に向かう際に乗った事がある六本足のその魔獣だが、こいつがいるって事は王族の誰かが来ていると言うことだろうか?


「久しぶりな感じじゃな!」

ラービが挨拶をすると、デルガムイ号はブルルッと嘶いて挨拶を返す。

うむ、俺達を覚えているようだな。なかなか賢い馬だ。

「よう、また背中に乗せてくれるか?」

俺もフレンドリーに語りかける。が、小バカにするように鼻を鳴らして器用に唾を地面に吐き捨てた。

こ、この駄馬が……。


もう一回ビビらせてやろうかと考えていると、俺より先にレイが殺気を放ち始める。

「駄馬が……」

ポツリと漏らして踏み込もうとしたレイを慌てて捕まえ、なんとかなだめて事なきを得た。

レイの殺気に、デルガムイ号は足がガクガクと震えていたが、それでも顔つきだけはキリッとして崩してはいない。

うむ、同じ男としてその心意気や良し!


さて、デルガムイ号とのスキンシップはこれくらいにして、一体誰が来ているのだろう……?


少し急いで玄関を潜り、ただいまと奥に声を掛ける。

食堂の方から返ってきた返事を頼りにそちらに向かうと、


「お帰りなさいませ~」


皆とテーブルを囲んでにこやかに、かつ優雅に紅茶を飲んでいたひとりの女性に出迎えられる。

この国の第一王女、キャロリア姫。

場違い感があるこんな場所で、ひらひらと手を振る彼女の姿に、俺は少しだけ嫌な予感を感じてしまっていた……。

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