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一成達がブラガロートを離れてから三日が経った。
その日、かの国の王都において極秘利に会談をする二人の人物がいる。
一人はディデゥスの騎士長、ビルシュゲル・ルゲルマン
もう一人はブラガロートの現国王、ロディナン・ドゥエ・スタフティル
余人を交えず、これからの国の行く末を決める重要な話し合いの為か、ブラガロート国王の表情は厳しく、実年齢よりも少し老けて見えるほどであった。
「……我々がもたらした情報や資料が偽りでは無いことは理解いただけたと思います」
口火を切ったのはビルシュゲル。
ロディナン王は重いため息をついて、コクリと頷いた。
「英雄を越える者……神獣殺し……俄には信じられなかったがね」
信じざるを得ない状況が我が国でも起こった……そう呟いて、王は一束の資料をビルシュゲルに差し出した。
「君達が恥を忍んでディデゥスの現状を教えてくれたのだから、我々も面子だなんだとは言っていられまい……」
それだけの緊急事態だとロディナン王は理解している……その判断に感心しながら、ビルシュゲルは渡された紙の束に目を通し始める。
それはここ数日の間に起きたとある事件の調査報告書であり、それを数枚読み込んだ辺りで、彼は軽い目眩を覚えて目頭を押さえた。
「は、はは……我が国の『七槍』にも破天荒な者はおりますが、『六杖』の方にも中々常識で縛れぬ方々がいらっしゃるようで……」
彼が目を通したその数ページには、ブラガロートの英雄である『蟲の杖』ヤーズイルがアンチェロンから神獣の死骸を強奪したとの報告が記されていた。
神獣の死骸自体はそれほど驚く物ではない。
天災に近いとはいえ、英雄が数人がかりならば倒せる物だし、神獣殺し達がいる以上、あり得なくはないからだ。
だが、他国に侵入してこれを奪い、さらに国境付近の街と砦を破壊したとなれば、それは戦争を吹っ掛けたに等しい。しかも、それだけの事をしでかせば、自分達に味方する国は一切無いだろう。
そんな滅茶苦茶な真似をする英雄が自国に居なかった事を安堵しつつ、ビルシュゲルは更に資料を読み進める。
だが、その表情はどんどん険しくなっていき、最後には紙の束を置いて顔を伏せてしまった。
滅茶苦茶だ……デタラメにも程がある!
ビルシュゲルが抱いた感想はそれだった。
この報告書の通りの事が本当に起きていたならば、先のディデゥスとアンチェロンの戦いで英雄が三人も倒された事がまだ常識的に思える。
この事件は『六杖』の英雄『蟲の杖』が他国から神獣の死骸を強奪し、街と砦を破壊。
さらに死体を操る蟲をばら蒔いてアンチェロンを混乱させ、もう一人の英雄『星の杖』と共謀してアンチェロン側からの追手と戦闘を行ったというものだ。
しかも、神獣に匹敵……いや、それらを越える魔力が検知されており、その化け物が戦いの場に居たことは確実だという。
これだけでも信じがたいというのに、アンチェロン側からの追手は全員が無事にブラガロートから撤収したらしいとの記載がある。
「その報告書を見せたのは、貴公らの申し出に対する答えだと思ってもらってよい」
威厳を保ちながらも、ロディナン王の声には疲れたような響きがまとわり付いていた。
「アンチェロンからの追手を見て見ぬふりをしたのは、もちろんこちらに非があったからだ。だがな……正直な所を言えば、問題を引き起こす厄介な英雄とアンチェロンの英雄が共倒れになってくれればと思っていたのも事実なのだよ」
伏せていた想いを話す……これは秘密の共有だ。
「ヤーズイルとバロストの両名及び所有していた神器も行方不明……十中八九アンチェロン側に接収されているだろう。ならば、これ以上やつらの増強を黙って見ている訳にはいかん」
決断を下し、かの王は手元にある書類に自らの名を書き示す。
「今をもってブラガロートとディデゥスの同盟は成った!危険極まりない神獣殺しを飼っているアンチェロンに共に立ち向かおうぞ」
ビルシュゲルは立ち上がって恭しくロディナン王のサインが入った同盟の証を受けとる。
そして大きく頭を下げ、謝辞を述べた。
「我が国の王、グルスタ・クィン・ジャフルの代理としてロディナン王のご決断に感謝を申し上げます。来るべき日に、共に轡を並べて戦える事を喜ばしく思います」
うむ、と仰々しくロディナン王は頷き、ビルシュゲルへのもてなしと、残る『六杖』達との面通しの為の宴を催す旨を伝える。
今後の共闘の為にもビルシュゲルに異論などあるはずもない。
もう少し話を摘めるため、二人はその部屋から連れだって出ていった。
──後日、この二国の同盟は驚きと戦慄を持って他の国々に伝えられる。
その中でも、もっとも衝撃を受けたのは、現時点で王の代わりに様々な事柄を取り仕切っていた、アンチェロンの王子ナルビークであった。
そして時間は少し遡る。その時、一成達は────。
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「私が……あの化け物どもを倒した…… ?」
ポカンと口を開け、ティーウォンドが呟く。
「そうそう。まぁ、スゲー活躍だったわ」
かなり適当に相槌を打つ俺の言葉に、奴は混乱したように首を傾げる。
今、俺達はあの戦場から大分離れたブラガロートとアンチェロンの国境近くで休憩をしていた。
本気で移動したら着いてこれないハルメルトを、イスコットさんの工房に入れる事で高速移動が可能になった為、ここに来た時よりも遥かに早く国境付近に戻ってくる事が出来たのだ。
で、少し前に目を覚ましたティーウォンドが事のあらましを聞いてきたので、事前に打ち合わせていた通りティーウォンドに全ての手柄を擦り付ける為に嘘の証言をしていた所である。
しかしまぁ、皆して話を盛るわ盛るわ。
まるでティーウォンド無双! って感じで、在りもしなかった大活躍をこれでもかと褒め称えてみせた。
普通、ここまで話を盛れば怪しまれたりしそうな物だが、
「なんという事だ……私は知らぬ間にそんな偉業を成し得ていたとは……」
と、割りと信じてしまったご様子。
あれ……コイツ、こんなに馬鹿だったっけ?
それとも気絶してる内に馬鹿になったのか?
どうやら俺達の話を信じ込んだらしい奴に、ラービも乗っかって適当に誉めてみせる。
「いやはや、本当に見事な物じゃったよ。ワレもお陰で助かった」
ラービに誉められ、いやいやと謙遜しながらもティーウォンドは俺とレイをチラリと見ながら鼻で笑う。
……いや、たぶん勝ち誇っているのだろうけど、なんていうか……ムカつくというより若干哀れになってくるな。
しかし、そんな俺達の胸の内を知らない奴は、いよいよ調子に乗ってラービの手を取る。
そして、満を持したかのようにラービに向かって告白を始めた!
「ラービさん……今回の件で、貴女のパートナーに本当に相応しいのは誰なのか解って頂けたでしょう。どうか……こらから私と共に人生を歩んでもらえませんか……?」
「ん? いや、無理」
ラービ速答。
う、ううん……やっちまったなぁ……。
あまりにバッサリ切り捨てられた為に、今一ティーウォンドは彼女の言葉を理解できていないようだ。
「……私と共に人生を歩んでもらえませんか?」
だからもう一度、ティーウォンドが同じ告白を繰り返す。
もう止めて!お前のHPはゼロよ!
「いや、ワレは一成のものじゃから、ヌシとは行けぬよ。すまんの!」
再びティーウォンドをバッサリ切り捨てて、ラービは俺の手をそっと握る。
ううん……嬉しいやら、照れ臭いやら…… やれやれ、参ったな。
そんな俺達をニヤニヤと眺めるイスコットさん達の視線がちょっと気恥ずかしい。
だが、ティーウォンドだけは俺達をこの世の物とは思えないほど愕然とした表情で見つめていた。
「そんな……私が……こんな凡骨な少年に……」
よほどラービが俺を選んだ事がショックだったのか、ティーウォンドは頭を振りながら数歩下がる。
そしてゆっくりと崩れ落ちていき……再び気を失った。
……そんなにショックか? まったくもって面倒くさい奴だよ。
次に目が覚めた時は少しはマシになっている事を祈りつつ、またティーウォンドを担いで、俺達は国境を越えるために移動を開始した。




