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さて、イスコットさんは『女帝母蜂』の死骸回収、俺はラービの復活へと二手に別れる。
あんなでかい物を一人で大丈夫のかイスコットさんに尋ねたが、彼曰く「もっと大きい獲物をバラした事もあるから平気、平気」との事。
うーん、流石はリアルハンターさん……。
まぁ、素人の俺がちょこまかしてもかえって邪魔かもしれないし、ここはプロの言に従おう。
『では、私は人型に戻ります』
レイの言葉と同時に、槍と鎧が砕け散って細かい粒子となり、それらが集まって人の姿になっていく。
いやー、お疲れレ……イ?
再構築され、白い少女の姿をとったレイに対してつい首をかしげてしまう。
何て言うか、レイは成長?していた。
背が伸び、体のラインも起伏に富んでいて、小学生くらいだった外見が中学生ぐらいの外見に変わっている。
ちょっと見ない間に、どうしちゃったんだよ!
レイ自身も自分の外見の変化に戸惑っているようだ。
「むう……これは……そういう事ですか……」
顎に手を当て、思案していたレイだが、なにか思い当たる節があるのか、納得したように頷く。
うん、できれば俺にも教えて欲しい。
「これは私が『成長』したという事だと思います」
真顔で俺に返すレイ。
いや、それは見れば解るんだけど……?
だが、よくよく考えてみれば、神器である彼女が成長するというのも変な話ではあるな。
話を聞いてみれば、やはりそんな現象は例が無いらしく、彼女自身もどういう事が起きているのか、さっぱりらしい。
ただ調子は良いらしいし、そもそも神器が人格を得て人の姿を取ること事態が前代未聞なのだから、不便や異常が無いなら様子をみるしかないだろう。
「……ヤバいですね。ひょっとして私が最高の神器であるという証明じゃないでしょうか……」
なんか自画自賛しているレイはさておき、今度はラービを復活させないとな。
ハルメルトにラービの依り代となるスライムを呼び出してもらい、そこへ数滴の血を垂らす。
やっぱり自分で指先を切るのには慣れないなぁ……と、止血のために指をくわえている俺の目の前でスライムの表面が波打ち始め、徐々に人の形へと変貌していく。
やがて人の形になったそれは、
「ラービちゃん復活!ラービちゃん復活!」
と、毒が裏返って復活したどっかのグラップラーを讃える拳法家のように、自分を鼓舞しながらスライムの塊から美少女へと変身を遂げる!
レイとハルメルトが拍手喝采を送り、それをラービは静かに手で制した。
「心配をかけたのぅ、皆の衆!ワレ、復活したよー!」
あっちで作業中のイスコットさんにも聞こえるように、ラービは大きな声で呼び掛ける。
向こうから「よかったねー……」と返ってくるイスコットさんの返事に満足そうに頷いたラービではあったが……不意に自分の体をあちこちなで回して怪訝そうに首を捻った。
「んん……?」
体を捻り、伸びをして、胸を持ち上げる。
「なにか……前と違うの……?」
自分でもよく解らないが、何かおかしいらしい。
……そして、何気に異変は俺にも起こっていた。
「もしや、御主人様が神獣の始祖たる地魔神の血肉を取り込んだ事で、ラービ姉様の存在自体に何らかの変化が訪れたのかもしれませんね」
「ふむ……確かに胸の大きさには、やや変化があったのぅ」
ふにふにと自分の胸を揉み上げながら、ラービはセクシーアピールをするように俺にチラリと視線を向ける。
その瞬間!
俺の心臓は大きく高鳴った!
ドクドクと鼓動が早まり、赤くなっているであろう、顔は火照って煙でも出そうな勢いだ。
自分でも訳が解らない。解らないが……ラービってあんなに可愛かったっけ?
彼女が復活を遂げた瞬間から、何かがおかしかった。
外見自体は変わっていない。
しかし、内なる魅力というか何というか……とにかく輝くようなオーラを感じて、俺はまともにラービを見ていられなかった。
「一成……?」
明らかに不審者レベルだった俺の態度に、ラービが訝しむような表情で近付いてきて、俺の顔を除き込む。
うおぉぉぉぉぉっ!落ち着け、俺っ!
ラービ相手に何を緊張してんだっつーの!
所詮、外見が俺好みで、声が可愛くて、胸が大きくて、俺の事を好いていてくれてるだけじゃねーか!
……それって、控えめに言って天使なのでは?
そんな内なる声を押さえ込み、ラービに背中を向けて落ち着くために空手の『息吹』を行う!
落ち着け……落ち着くんだ……。
軽く混乱している心を静めるべく、素数でも数えようかとしていたその時!
それらを一気に掻き乱すような衝撃が、背中に押し付けられた!
柔らかな感触の二つの塊……男なら抵抗する事を許されない、その暴力的な心地良さに、俺は成すすべなく方膝をついてしまった。
「一成、なぜワレと顔を合わせん……」
少し鼻をグズらせたような声でラービが呼び掛けてくる。
ひょっとして泣いてるのか……?
「ち、違う……これには訳が……」
慌ててラービに取り繕おうとしたが、「じゃあ、なぜちゃんと向き合わぬ?」と聞かれて言葉に詰まる。
くっ……立ってるから、立てねぇんだよぉ!……そう言えればどんなに楽か。
そんなすれ違う俺達を見かねたのか、レイが間に入り一旦ラービを引き剥がす。
「落ち着いて下さいラービ姉様。私が御主人様にお話を聞いてきます」
ラービは頷き、グスッと鼻を鳴らす。
凄まじい罪悪感に襲われながら、俺の元に駆け寄ってきたレイにこうなった訳を簡単に説明する。すると、レイは僅かに考えた後に以外な事を言い出した。
「おそらく……ラービ姉様は御主人様から独立した一個人となりつつあるのだと思います」
……どういう事?
首を傾げる俺に、レイは「仮定では有りますが」と前置きしてから自身の考えを口にした。
「地魔神の血肉を得て復活するまで、御主人様とラービ姉様は同じ血肉を分けたほぼ同一の存在でした。ですが一度死に、さらに覚醒したことでラービ姉様は確固たる個を得たのだと思います」
言ってみれば「兄妹」から「遠縁の親戚」くらいに肉体の因子が離れたという事だとレイは説明してくれた。
んー、なるほど……。
だから俺は、急にラービを一人の女として意識してしまったということか。
確かに、ラービ復活の前までは妹みたいなもんと認識していたから、家族愛はあっても恋愛感情までは行かなかったが……。
しかし、そうなると俺は一体、どうラービに接すれば……と、そこまで考えてふと気がつく。
いや、別に問題なくない?
実の妹ってんじゃなくて、ただの妹分ってだけなんだから、後は俺とラービの気持ち次第じゃん!
だとすれば、後は覚悟を決める(開き直るとも言うが)だけじゃないか!
そう思い至った瞬間、まるで霧が晴れるように今の気持ちがクリアに見えた。
「ラービ!」
その名を呼んで、彼女に向かって行く!
「ひゃい!」
なぜか怯えたように返事をしたラービの肩を掴んで、その言葉を告げる。
「どうやら……お前に惚れたみたいだ……俺と付き合ってくれ!」
我ながらもうちょっとスマートに告白したかったが、とにかく勢いが大事!
先ずは気持ちを伝える事だ!
「……………………は?」
あまりに唐突な俺の告白に、理解が追い付かなかったのか、ラービが間の抜けた声を漏らす。
しかし、その意味を認識した瞬間、真っ赤になってあわあわ言い出した。
自分から攻めて来る時は自信満々で迫って来るくせに、こちらから攻められるとポンコツになるのは覚醒しても変わらないみたいで、なぜかホッとする。
「ふ、ふちゅちゅかものだが……よ、よろしく、お願いしましゅ……」
やがて、モジモジしながら少々、舌の回らない言葉でラービは返事をしてくれた。
彼女のOKの返事に俺も嬉しくなって、ラービを引き寄せ抱きしめる!
拍手をしてくるレイとハルメルトの祝福を受け、腕の中で固まってるラービを感じながら、俺は空を仰いで元の世界にいる家族の顔を思い浮かべ、心の中で報告する。
父さん……母さん……そして妹よ……。
俺、異世界で彼女ができました。