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やがて超魔法の光が光を失って辺りに静寂が訪れる。
あとに残ったのは、体積の八割ほどを失い、胸元から上の人間部分だけが辛うじて残っていたコルノヴァの残骸だけだった。
勝った……うん、勝つには勝ったんだけど、なんというか、こう……。
大苦戦からの逆転ってのは、我ながらドラマチックで良かったと思うんだけど、今一つモヤモヤが晴れない。
多分なぁ、骸骨戦隊のアレな部分が見えちゃったせいもあるよな……。
厨二な雰囲気は自分がやるのは許せるけど、他の人がかましてるのを見聞きすると居たたまれなくなるのはなぜなんだろう……。
そんな、宇宙の深遠に想いを馳せるような(つまりはどうでもいい)事を考えていると、静寂を突き破る絶叫が轟いた!
「コルノヴァ君!コルノヴァくうぅん!!」
天魔神と地魔神、最強にして最大の切り札を失ったバロストが、コルノヴァに覆い被さるようにしてその名を呼んでいる。
錯乱しているみたいだけど、まぁ無理もないか。
本来なら神話とかに出てくる神様クラスの奴等が、まさかやられるとは思わなかっただろうしな。
しかし、精神的ショックはでかいだろうが、こんな真性のサイコ野郎に同情なんかできないしする気もありゃしない。
「ふんぐうぅぅぅっ、ガァズナリじょうねんんん!」
多分、「カズナリ少年」って言ったんだと思う。
吠えるように名を呼び、目を血走らせて俺を睨み付けて手にした神器を振りかざす!
「大火炎球!」「雷閃光!」
バロストの口から呪文が放たれ、炎と雷が真っ直ぐ俺に向かって飛んでくる!
しかし、こんなもん避けるまでもない。
飛来する炎と雷を軽々と平手で弾き、槍を振るってカウンターの斬撃を飛ばす!
「ごぶっ!」
俺の一撃は狙い通りバロストの腹を切り裂き、奴は口と腹から血を吹き出してヨロヨロと後退する。
どうせ自動回復持ちの奴の事だ、すぐに治ってまた悪あがきをするに違いない。
今後の為にも、この場で倒しておかなければ!
『そうじゃ、そうじゃ。聞けばワレが死んでる間に魔人とまぐわせる計画を口走っていたそうではないか!こんな特殊性癖エロ漫画野郎は斬った方が世のためじゃ!』
ひどいネタにされかけていたラービの怒りが伝わってくる。
まぁ、そういうネタを好む人を否定するわけではないが、ネタにされた方は怒っても仕方ないと思う。
とりあえず首をはねてみるかと、自分でも意外に思えるほど冷静かつ簡単にそう思い至る。
うーん、今はいいかもしれないし必要な判断ではあるけれど、元の世界に帰る際には気を付けなきゃいけない案件だな……。
「う……くくっ……ぐぅ……」
踞り、苦しげな声を漏らすバロスト。
俺は槍を構え、奴の首を落とそうとして……異変に気づいた。
「くっ、くく……クハハハッ!」
……バロストは笑っている。
楽しくてたまらないと言わんばかりに肩を揺らし、血を流しながら笑みを浮かべていた。
その異様さに、一瞬だけ呆気にとられてしまう。
その隙を逃さず、バロストは自らも巻き込む近距離で魔法を発動させた!
「爆発魔法!」
バロストの力ある言葉と同時に爆発が起こり、俺と奴を炎と衝撃が襲う!
魔法防御が高いこの鎧と、とっさに後方に跳んだために俺はダメージを受けなかったが、爆発の間近にいたバロストは体の半分に大きな火傷と肉がえぐれるような傷跡を残していた。
「くくく……素晴らしい、素晴らしいぞカズナリ少年!まさか魔神を凌駕し、英雄を赤子扱いするような力がこの世界に有ったとは!」
逆再生のように回復していく中、バロストは興奮しながら俺に語りかけてきた。
「異世界から来た人間と蟲脳に、これ程のポテンシャルが有ったとは驚きだ。ただの能力ブースターだという認識を改めてしっかり研究しなければ……ああ、カズナリ少年達以外に蟲脳の人物はいないだろうか……」
いたらどうするつもりなんだよ……。
どうせ録でもない事を考えているであろうバロストは完全に一人の世界に入っている……今のうち、槍で串刺しにしてしまおうか……。
だが、奴は再び不可解な行動を取る。
虫の息になっているコルノヴァに、またも覆い被さるようにして大声で呼び掛け始めた。
「コオォルノヴァァくうぅん!起きたまえぇ!まだ研究は終わっていないぞおぉ!」
バロストの狂気を含んだ呼び掛けに反応して、コルノヴァの目がうっすらと開く。
「今、私達は大ピンチだ。しかし、私が死ぬ訳にも、君達を失う訳にもいかない!それ故、君のやるべき事は解るな?」
その問いかけにコルノヴァは小さく頷いた。
それと同時に、胸元から勢いよく先端が鉤爪のようになっている触手が飛び出し、標的に向かって襲いかかる!
だが、その標的は俺達ではない!
獲物に食らいつく蛇を思わせる動きで触手が狙ったのは、真っ二つになった地魔神の首!
狙い通りにその首を叩き落としたコルノヴァの触手は、胴から離れた頭を器用に絡め取って収縮し、バロストへとその頭を届ける。
バロストはそれを満足そうに受けとると、一言。
「では、次は君だ」
言葉の意味を正しく理解したコルノヴァは、その触手を操って自分の首を自ら切り落とす!
マジかよ!そこまで従うの!?
コルノヴァとヤーズイルの生首を愛しそうに抱え、バロストは俺達に向かって別れの挨拶を告げる。
「さらばだ諸君、また会おう!」
転移の魔法を使い、空間に穴を開けて先に生首を放り込む。
だが、お前は逃がさん!
バロストが穴に入る前に仕止めようと……ようと……。
不意にグラリと視界が揺れる。
とてつもない疲労感に襲われ、俺は方膝をついて立ち上がれなくなってしまった。
くっ……野郎、俺に何かしやがったのか……?
「……どうやら体力の限界が来たみたいだね。まぁ、あれほどの力を使ったのだから無理もない」
ぐっ……そうか……『限界突破』の時間切れ……。
『限定解除』の激しい筋肉痛とは違う
、強制的に意識を失いそうになるこの感覚……。
状況によっては、こちらの方がはるかにヤバい事になりそうだ。
「んん、いまなら捕獲出来そうだが……」
少し迷いながらバロストは俺に向かって手を伸ばしてくる。
だが!
突如、俺とバロストの間に飛び込んできた人影が、伸ばしていたバロストの腕をへし折り、さらに返す刀で奴の顔面に一撃を叩き込む!
その影は……イスコットさん!
いつの間にか、愛用の戦斧からメイスに武器を持ち変えた彼の攻撃は、バロストの顔半分を吹き飛ばす程の威力を見せる!
「ぶばっ、ぶははばっ!」
スプラッタな顔面になりながらも、バロストは笑みを浮かべて平然としている。
やはり逆再生のように骨が形作られ、肉が盛り上がって吹き飛んだ部位が再生していった。
「くくく……そうだな、欲張るのはやめておこう。だが、カズナリ少年!」
俺を名指しにして、奴は決意を固めたように言い放つ!
「君が見せたあの力……三位一体とやらの条件は私も満たしている筈。必ず君と同じ領域に立ってみせるからな!」
まるで爽やかなライバル浅間ともとれるセリフを残して、バロストは転移魔法の空間に姿を消した。
……お、お前みたいなサイコ野郎に、なんで俺が狙われなきゃならないんだ!
ふざけんなよ!本気で泣きたくなるわっ!
「えらいのに目をつけられたな……まぁ、僕も協力するから元気を出せ」
ポンと肩を叩いてイスコットさんが慰めの言葉をかけてくれる。
うう、そう言ってもらえるとありがたいです……。
しかし、バロストが最後に言い残した言葉……確かにあいつも、俺と同じように「異世界の人間」であり「蟲脳」で「神器」を操るのだから、『限界突破』の領域に至ってもおかしくはない。
『なあに、奴等がワレらの域に達するなど早々あり得んよ』
『ラービ姉様の仰る通りです』
俺の心配に、やたら自信満々でラービとレイは大丈夫だと言い張る。
なんだ?何か根拠はあるのか?
『だって奴の蟲脳は、ワレのように覚醒しておらんしの』
『神器も同じです。人格も無く忠義心もない物に、三位一体が成せるとは思えません』
ああ、なるほど。二人の言い分を聞けば確かに。
個として覚醒した蟲脳(神獣)と、人格を持つに至る神器が無ければ、俺だって『限界突破』に届かなかっただろう。
つまり、いくつもの偶然が重なった奇跡みたいなもんだな。
「奇跡は叶わないから奇跡って言うんですよ」
元の世界で父さんがプレイしていたゲームを横目で眺めていた時、そのゲームのキャラがそんな事を言っていたのをふと思い出す。だからどうしたと言うわけではないのだけれど。
まぁ、油断は禁物だが、心配しすぎても仕方がない。
ここはひとつ、バロストが実験に失敗して勝手に死んでくれる事を祈りつつ、現実的な手段としてアンチェロンの王都に戻り次第、バロストを全国指名手配にしてもらおう。
なんせ、魔神が絡む危険人物だ、神獣警報よりも各国で情報の共有と対策してもらわないとな。
各国それぞれ思惑はあるだろうが、それくらいの協力体制はとれるってワタシ信じてる!
そんな風に今後について簡単に検討していたが、いよいよ意識が朦朧としてきた。
うう、これは本気でヤバいぞ……。
いかに「神獣の死骸を盗んだ英雄とケリをつけることに目をつぶる」事にしてもらっているはいえ、ここは敵地のど真ん中。
決着がついた後に捕縛されればどんな目に会うか解らない。
さっさと『女帝母蜂』の骸を回収して離脱しなけりゃならんのに、このザマでは……あ、そうだ!
パッと思い付いた俺は、イスコットさんに頼んでラービが身に付けていた装備から最後の回復薬を取ってもらい、それを一気に飲み干す!
回復薬がスーッと効いて、これは……ありがたい。
やはり完全回復とはいかなかったが、それでもだいぶ楽にはなった。
体をほぐしながら立ち上がり、調子を確める。
…………ん、問題ない。
よーし!それじゃあ、さっさとやることやって撤収しましょうか!
神獣の死骸回収やラービの再生など早急にやる事は色々ある。
俺達はそれぞれ手分けをし、慌ただしく動き出した。




