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「若さの特権かもしれないけどね、やりたい事と出来る事は区別しなきゃならないよ」
説教じみたバロストの声が聞こえる。
流石に一日で三回の『限定解除』には無理がありすぎたみたいで、時間切れはいつもより早くに訪れた。
で、身動き出来なくなった所をこれだ……。
ついでに言えば反動も酷くて、激しい頭痛に止まらない鼻血、倦怠感もすごいし目も霞む。
痛みを通り越して麻痺したような身体といい、正直な所このまま意識を失ったら死ぬんじゃなかろうか?
殺意と勢いに乗った俺達の攻撃は、魔神達にそれなりのダメージは与えはしたが命を取るまでには至らなかった。
無念ではあるけれど、全て吐き出したかのような虚無感もある。
自暴自棄とは少し違う、どうにでもなれ的な感情に支配され、なにやらペラペラと喋っているバロストをぼんやりと眺めていた。
これが「諦めの境地」というやつだろうか……それとも、単にダルいだけか……。
「君達は魔神の力を知った時点で全力で戦線離脱するのが正解だったんだよ」
うるせー、ばーか!
上から目線で言ってくるバロストに悪態のひとつもついてやりたかったが、口から出てくるのは荒い呼吸だけだった。
しかし、いまいち薄い反応の俺に物足りなさを感じたのか、バロストはこっそりという感じで声のトーンを落として語りかけてくる。
「実を言えばね、先程のラービという少女は魔神に食わせる必要はなかったんだ」
……何?
興味を示した俺に、にんまりとしながらバロストは続ける。
「ただ、回復させるためならあっちの神獣の死骸を食わせた方が効果的だからね。しかし、予想以上の力を発揮した君達が、仲間を食い殺されたらどんな底力を見せてくれるか観察したかったんだ」
……ほんとコイツはクソ野郎だな!
興味本意でラービをアイツらの餌にしたっていうのか!
ふつふつと怒りが沸いてきて拳を握ろうとしたが、感覚の無い身体は反応してくれなかった。
ちくしょう……。
「そうだ、私に対して怒れ。死ぬことを望まず、いつか殺してやると生き抜いてみせろ」
刺すような視線を受けたバロストが、励ますように声をかけてきた。
「私に刃を突き立てる日を夢見つつ、実験に付き合ってくれ!いやぁ、きっと楽しいぞ!そう思うだろう、実験動物!」
怒りで熱くなっていた思考に、冷や水をぶっかけられたような寒気が挿す。
コイツ、絶対に「実験動物」と書いて「カズナリ」と読んだよな……。
快楽主義者のサイコパスが現実にはこんなに怖いもんだとは……想像よりも遥かに酷い。
「ああ……でも、ラービ少女も惜しかったなぁ。生け捕れれば、魔人辺りと交配実験が出来ただろうに……」
何気なく奴が漏らした一言。
それが俺の逆鱗に触れた!
「ふざけんな、キ○ガイ野郎!そんなに交配したけりゃ、テメェのケツでも掘られてやがれ!」
腕が自由だったら中指を立ててかましてやるところだった!
自分等でラービを殺しておいて、仮に生きてたら魔人の慰みものにする気だっただと!
そんな事を計画していただけでも、アイツの尊厳と、全世界の「女の子が不幸だと使えない」派の男たちに代わって絶対に許すことは出来ない!
突如、激昂した俺に反応して、ヤーズイルが押さえつける手に力を込める。
「ぐっ……」
強くなった圧迫感に苦しげな息を漏らしながらも、俺は細やかな反抗としてヤーズイルの手に噛み付いた!
痛くも痒くも無さそうだが、それでも精一杯、抵抗の意思は示す!
そんな俺を見て、何かを納得するようにバロストは「ふむ…」と呟いた。
「なるほど、この辺りが君の怒りのポイントか……。なら、あの槍の姿になったレイという少女に実験を施したら、君は同じように怒ってくれるかな?」
チラリと転がる槍を見ながら俺の様子を伺う。
んんっ!このロリコンが!
変態的探求心もいい加減にしろ!
激情に任せてブチリとヤーズイルの手の一部を食いちぎり、バロストを睨む!
与えたダメージこそ皆無だろうが、食いちぎった肉の一部をあからさまに咀嚼して見せる事によって、奴等の「強者のプライド」を逆撫でしてやる!
「食う立場の奴が食われるのはどんな気分だよ?」
はっきり言ってクソ不味い地魔神の肉を無理矢理飲み込んで挑発してみる。
ニヤついていたヤーズイルの顔から笑みが消え、奴等の視線が俺に集中したその時!
「オォォォッ!」
雄叫びと共に突然、飛来したイスコットさんの戦斧が、俺を押さえ付けるヤーズイルの腕に深々と突き刺さる!
「ギアァッ!」
思わず奴は腕を浮かせ、身体が圧迫感から解放された。
その一瞬の隙を縫うように、何かに首根っこを掴まれた俺と転がっていたレイは、釣り上げられた魚よろしく後方に引っ張り上げられる!
訳がわからず目をぱちくりさせていると、俺達はイスコットさんの近くに転がり落ちて、ようやく動きを止めた。
そして、視界に入ってきたのは……俺達を見下ろす涙目のハルメルトの姿。
どうやら彼女のスライムが俺達を引き上げてくれたらしい。
「お、お前……隠れてろって……」
イスコットさんの工房に匿われている筈のハルメルトに助けられて、少し混乱してしまう。
だが、彼女は問答無用と言った感じで、俺とレイをペチペチと叩く!
「ちゃんと隠れてましたよ!でも、カズナリさんとレイちゃんが死にそうになってたら、ジッとなんてしていられる訳ないじゃないですかっ!」
グスッと鼻をすすって涙声で訴えてくるハルメルト。
うう……なんだかこっちが悪いことをしてるみたいじゃないか……。
「カズナリさん達を元の世界に帰す責任が私にはあるんです!だから、絶対に死んだりしないで下さい!」
「は、はい……」
顔を歪め、えらい剣幕で食って掛かるハルメルトに、迫力負けした俺は思わず素直に頷いた。
責任感が強いと言うか、真面目過ぎると言うか……言葉の裏には気遣いと優しさがあるのは解っていたが、その物言いについ笑ってしまう。
初対面の時はテンパったりしていたけど、本質は熱い娘だな。
「悪かったよ、ちゃんと死なないように気を付ける」
どう気を付けるのか、自分で言っていてよく解らなかったが、とりあえずハルメルトは納得してくれたみたいだ。
ホッと一息着いた所に、イスコットさんが声をかけてきた。
「カズナリ……ラービの事だが、奴等に食われたのは依り代のスライムだろう?君の蟲脳に彼女の意識は戻っていないのか?」
少し冷静さを取り戻した俺の様子を見て、イスコットさんが問いかけてくる。
ラービの正体を知っていれば、まぁその可能性は考えるだろう。
しかし……。
「……スライム体が奴等に食われた時、繋がっていたアイツの意識と言うか……魂的な物が抜け落ちるような感覚を味わいました」
そう……あの時に感じた喪失感……そして、ラービの消滅を本能的に確信したからこそ、俺はあれだけの怒りと殺意を持ったのだと思う。
いや……今でも腹の底にそれはマグマのように吹き溜まっている。
「そうか……」
言葉少なに、イスコットさんはそこで話題を切った。
これ以上は俺が辛くなると察してくれたんだろう。
まったく……イスコットさんといい、ハルメルトといい本当に良い人達だ。
あのサイコ野郎に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。
しかし……形勢が全くもって改善されていない現実はどうしたものだろう。
ボロボロの俺とレイに、全快ではないイスコットさん。
スライムは通じない上に本人は非戦闘員のハルメルトと、今だ失神中の英雄。
このポンコツパーティで、なんとか奴等の目を欺いて……。
ドクン!
考えを巡らせていた時、突然、心臓が弾けるように脈を打った!
「う……ああっ……うぅ……」
内蔵が焼けるように熱い!
鼓動とシンクロするように、頭が疼く!
突然、体調を崩した俺に、イスコットさんとハルメルトが大丈夫かと呼び掛ける。
うう……意識はある……だが、それ故に苦しみをハッキリと感じてしまう……。
「内蔵からきているのか……?何かおかしな物を食べたんじゃ無いだろうな!」
ああ、そうか。離れていたイスコットさん達からは見えなかったか……。
「ち……地魔神の……肉を少々……」
呻くように声を振り絞った俺に、二人は呆れを通り越した、なんとも言えない表情を浮かべた。
「何を考えて……ああ、いや!説教は後だ、とにかく吐き出せるか?」
イスコットさんが一生懸命、吐かせようと背中を叩いたり擦ってくれるが、一向に異変は収まらない。
ドクドクと鼓動は早さを増し、発する熱が身体の内を焼く!
それは押さえきれない激流となって全身を駆け巡り、やがて……
「『苦しいわ、ボケェェ!!』」
口から飛び出す絶叫と、身の内に響く絶叫!
二つの叫びが、ぴったり同時に体外と頭内に木霊していった!