113
ぬおおおおおおっ!
お、重いぃぃっ!
ぐらついたかと思ったら、全体重をかけて俺を押し潰しにきたヤーズイルの体を、全力で支える!
つーかコイツ、マジで重すぎるだろ!
五メートル程の巨体とみっしり詰まった筋肉で重いだろうなぁとは想像してたけど、これは洒落にならない!
何キロあるのか考えたくもないが、少しはグラム単位で体重を減らそうとする世の女性達を見習ってほしいものだ。
「ぐぬぬ……」
このまま奴の下に居ては埒があかない。
「うおらあぁ!」
一か八か、俺は全力を込めてヤーズイルを上には押し出すと、奴が重力にしたがって落ちて来る前に危険地帯から飛び出す!
間一髪、地響きを立ててヤーズイルが地面に倒れ込む寸前で、俺はなんとか奴の体の下から脱出することに成功した。
一息つきたい所だが、そんな暇はない!
ヤーズイルが体勢を整える前に、叩き付けられて半分地面に埋まっていたレイとティーウォンドを引っこ抜いて距離を取る。
「レイ!無事か!?」
「も……申し訳……ありません……不覚を……取り、ました……」
俺の呼び掛けに、レイは弱々しく応えた。
なんとか無事そうだが、その身体のあちこちにヒビが入って平気と言うわけではなさそうだ。
ティーウォンドの方は完全に白目を向いて意識を失っている。
僅かに呼吸はしているから死んではいないが、こちらも戦力としては数えられる状態ではないだろう。
くっ……。
自分を殺傷できそうなのは神器持ちのこの二人と判断して最優先で排除しにかかったんだろう。
まるっきり類人猿っぽい姿のくせに、冷静な判断力まで備えているなんてまるで詐欺じゃないか。
……いや、あえて魔神パワーを六割程に押さえているとバロストは言っていたんだから、四割の人間部分に思考能力が残っていると読むべきだったのかもしれない。
なんにしても、形勢はかなり悪い。
早くラービを助け出し、イスコットさんと協力して一時撤退も考えないと……。
そんな事を考えていると、突然何かの塊が投げつけられた!
思わず受け止め、それに目を落とすと……。
「イスコットさん!」
思わず叫んでしまった。
手足を何か刃物の様なもので貫かれ、立ち上がる事も出来なさそうな状態のイスコットさんが苦しげに呻く。
「す、すまない……僕の読みが甘かったようだ……」
まさかイスコットさんまでやられてしまうとは……。
いや、まだだ!
「イスコットさん、これを!」
俺は腰のポーチから黄金蜂蜜の回復薬を取り出してイスコットさんに飲ませる。
普段は限定解除の反動を消したり、体力の回復にしか使っていなかったが魔法薬であるからには怪我の回復にも役立つかもしれない。
実際、普通の魔法薬でも細かい傷は治ったんだから、この特製の魔法薬なら……。
「!!」
自分でも驚いたようにイスコットさんが立ち上がる!
やったぜ!まるでどんな怪我でも即座に治るチートな豆みたいだ!
「すごいな、マーシリーケの作った魔法薬は……。全快とはいかなかったが、まだ戦えそうだ」
さすがに、イスコットさんの限定解除の反動解消と、怪我の回復の両方を解決するのは無理だったか。
しかし、頼れるこの薬もあと……俺が一本にラービが一本の計二本か……。
「ほう、面白い物を持っているな」
興味深そうにバロストが回復したイスコットさんを眺める。
「もう少し楽しめそうだが……コルノヴァ君もヤーズイル殿も少々お疲れのようなんだよ」
むっ!
これは所謂、「この場は見逃してやろう、強くなって再び挑んでくるがいい」なフラグか!?
ラービもそれを期待したのか、ヤーズイルに捕縛されながらも一瞬だけ表情が明るくなる。
だが、バロストはそんなラービをチラリと一瞥して、ニヤリと禍々しい笑みを湛えた。
その笑い顔に、ゾッとする寒気と嫌な予感が止まらない。
「お前……何を考え……」
言いかけたその時、俺の身体に激痛が走る!
限定解除のタイムリミット……こんな時に……。
あまり間を置かずに限定解除を使ったせいか、二回目の反動はさらに痛みが激しくなっていた。
骨が軋み、筋肉が千切れそうな痛みに耐えつつ、なんとかイスコットさんにポーチから魔法薬を取り出して飲ませてほしいと伝える。
「ふむ……カズナリ少年も回復しようとしているから事だし、我々もここいらで回復しておこうか」
ぐっ……少しはダメージを与えていたみたいなのに、ここで回復されたらまた振り出しじゃないか!
しかし、イスコットさんが怪訝そうに呟く。
「どうやって回復させるつもりなんだ……魔神達には魔法が通じなさそうだが」
え?そうなんですか?
「アイツらは体表面が強力な魔法防御処理をされている。あれは攻撃魔法だけでなく回復魔法も受け付けなくなるはずだ」
へぇ、流石は様々な魔物を狩って武具を作っていたイスコットさん。そういった特性を見抜くのはお手の物か。
でも、てっきり回復魔法は別腹って感じで効くのかと思ってたが、考えてみれば当たり前か。
世の中、そう都合よくはいかないもんな。
「だからこそ解らない……バロストみたいな自動回復でも持っていないと、体力と引き換えにダメージを消す位しかないと思うんたが……」
なるほど、怪我は治るけど疲労が蓄積してしまうのか。
だが、実力が拮抗しているならともかく、戦えるのが俺とイスコットさんしかいない現状ではハンデとしてそれくらいしたほうが楽しめるとバロストが考えていてもおかしくない。
しかし、イスコットさんが俺のポーチから回復薬を取り出したのと同時に、バロストがまたラービに目を向けた。
あ、もしかして……!
「アイツら……まさか、ラービの持ってる回復薬で!」
俺の言葉にイスコットさんもハッとする。
神獣の蜜から作られた魔法薬が魔神に対してどれだけの効力があるのかは知らないが、だからこそバロストなら試しそうだ!
ぬうう!イスコットさん、早く薬を……。
だが、慌てる俺達の耳に届いたのは全く予想外の提案。
「それじゃあ、コルノヴァ君にヤーズイル殿。その娘さんを食べましょうか」
…………………………は?
いま、なんて……?
聞き間違いだろうか、ラービを……食う?
「人に擬態しつつ高いコミュニケーション能力と、戦闘力を持つ軟体系の魔物……魔力も高そうだし、きっと良い滋養になるだろう」
ウソだろ、マジか!
本気でラービを魔神に喰わせる気だ!
「じょ、冗談ではないわっ!」
ラービも血相を変えて、ヤーズイルの手から逃れんともがき出す!
しかし、ラービを捕まえているヤーズイルの手から魔力の波動が流れ出すと、彼女は苦悶の表情を浮かべて身動きが出来なくなってしまった。
「カズナリ、すまん!薬は自分で飲んでくれ!」
俺の手に回復薬を渡して、イスコットさんはラービを助けるために飛び出していく!
しかし、そんな彼の前にバロストが立ちはだかった!
「食事の邪魔をするのは不粋というものだろう」
食事内容が真っ当ならその通りだが、猟奇的な真似をしようとしている奴が言うことかよ!
「くっ……」
やはりまだ回復しきれていないのか、イスコットさんは次々と放たれるバロストの魔法に足止めをされてしまう!
くっそおぉぉぉ!
筋繊維がブチブチと切れるような激痛に耐えながら、俺は薬を口に運ぼうとする。
しかし、たった数十センチが果てしなく遠い!
「うあっ!」
ラービの悲鳴が響く!
顔を上げ、そちらを見れば、コルノヴァとヤーズイルが鎧の隙間を縫うようにしてラービの身体の一部を食いとったようだった。
くちゃくちゃと咀嚼した二体は、ニヤリと邪悪な笑顔を形作る。
「やめろ、てめえらぁぁ!」
少しでも注意をこちらに引き付ける為に、俺は大声で叫んだ!
しかし、奴等はそんな俺を無視して、食べるのに邪魔だと言わんはかりにラービの鎧を剥ぎ取っていく。
全裸にされ、怯えたラービの表情に食欲をそそられたのか、コルノヴァとヤーズイルの口が耳元まで裂け、涎をだらだらと流す巨大な顎がぐぱぁ……と開かれた。
やめろ……やめろ、やめろ、やめろおぉぉ!
我を忘れてラービに向かって手を伸ばす!
そしてラービも目に涙を浮かべながら、俺に向かって手を伸ばした。
「かずな」
俺の名を呼ぼうとしたしたその声が言いきる前に
彼女の頭がコルノヴァの口の中に消え
ヤーズイルの手の中で、残された身体がビクンと大きく跳ねた。
「あ……ああ……」
俺に向かって伸ばされていた手がだらりと垂れ下がり、抜け殻のように力を失ったラービの身体に、ヤーズイルとコルノヴァがかぶりつく。
「うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
信じがたい悪夢のような光景を前に、俺はただ……絶叫するしかなかった……。