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すでに暴力と破壊の化身となったコルノヴァとヤーズイルは、自分の力を存分に振るう快感と弱者を蹂躙する下卑た悦びに染まった笑みで俺達を品定めしている。
これが蛇に睨まれた蛙ってやつか……。
できれば一生、味わいたくなかった気持ちをなんとか押さえ込んで、どうやってこの場を切り抜けるかを考える。
三択で思考すると「③全滅。現実は非情である」が自動的に選択されそうだから、とにかくギリギリまで……僅かでもいいから隙、もしくは抜け道を見つけなければ。
「カズナリ……向こうの黒い方を任せたい。皆を率いて、あの黒い方を倒してくれないか」
不意に、イスコットさんがヤーズイルを指差して提案してきた。
率いてって……俺が指揮を取るって事ですか?
無理無理!
そりゃ、今まで何度かラービやレイに指針は示したけど、あれはまだこちらが優位というアドバンテージがあったからで、劣勢をひっくり返すなんて事は……。
「いえ、今までの御主人様の指示はかなり的確でした。あの強敵に対して、何かしらの対抗策があるならどうか!」
「ヌシの立てた策になら、ワレらも賭けよう」
決意の籠った瞳で俺を見つめる二人の美少女。
やめて、プレッシャーかけないで……。
なぜかシャシャリ出てこないティーウォンドも不気味だし、責任の重さに胃が痛くなりそうだ。
「っていうか、コルノヴァの方はどうするんですか?」
「あっちの白い方は、僕が一人で足止めする」
んな、無茶な!
ヤーズイル一体にだって、イスコットさん以外の全員で攻めても勝てるかどうか解らないんですよ!
「白い方は魔法による攻撃と防御がメインのようだ。なら、僕の武器や防具は誰よりも有効的と言える」
イスコットさんの武具……何が材料なのかは知らないが、とにかくすごい自信だ。
考えてみれば、この人は元の世界でリアルハンティングゲームみたいな事をやっているんだよな……。
そんな人が、根拠も無しにコルノヴァに対して挑むとは思えないし、ちゃんと勝機はあるのかもしれない。
そうだよ、それほどの人が「任せる」って言ってくれたんだ。
漫画やゲームで知った程度の戦術しかないけれど、ちゃんとやれる可能性が高いって事じゃないか?
なら、ここは俺も腹を括って覚悟を決めてやろう!
こんな所で死んでられないしな!
「……ざっくりとだけど、作戦を考えた。聞いてくれ」
はっきり言って作戦なんて言えるレベルじゃないけれど、ただバラバラに攻めるよりはマシといったフォーメーションを説明して、皆の確認を取る。
「よし、ヤーズイルは任せて下さい。コルノヴァの方……お願いします!」
「ああ!任せろ!」
返事と共に、イスコットさんが『限定解除』を発動させる。
今まで必要に応じてオンオフを切り替えていたというイスコットさんだが、今回は全力全開みたいだ。
陽炎のようなオーラで大気が歪み、まるで二回りくらい身体が大きくなったみたいに見える。
……俺の限定解除とは随分レベルがちがうなぁ。
多少、図に乗っていたけど、やはり上には上がいるもんだ……。
「行くぞ!」
『応っ!』
その場に居た全員が一斉に行動を開始した!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ヤーズイルとコルノヴァはあえて一成達が行動を起こすまで動こうとはしなかった。
彼等は、追い詰められた鼠がどのように猫を噛もうとするのか、好奇心を持って見てみたかったのである。
だがそれは、学者然とした考え方からではなく、圧倒的な強者となった彼等の「弱者の無駄な抵抗」を楽しみたいという余裕と、悪趣味な思考から出た行動であった。
だから、動き出した一成達からの攻撃に意表を突かれてしまう!
「はぁっ!」
気合いの声と同時に、ティーウォンドがヤーズイルの眼前に氷の壁を作り視界を塞ぐ!
邪魔な氷壁をヤーズイルが砕こうとしたしたその時、突っ込んできた一成が『鉄山靠』で一瞬早く氷壁を打ち砕く!
爆散した氷壁は氷の弾丸となってヤーズイルに襲いかかる!
無論、その程度で大したダメージを負うわけではないが、一成達の姿をヤーズイルは見失った。
「オラァ!」
いつの間にかヤーズイルの足元にぴったりとまとわり付いた一成は、『震脚』による踏みつけや肘での『頂心肘』、肩口や背中で当たる『靠撃』などでヤーズイルの下半身を重点的に攻めまくる。
『限定解除』の超パワーから繰り出されるそれらの打撃は、地魔神となったヤーズイルを持ってしても耐えきる事は出来ずに、バランスを崩して動きが止まる!
さらにそこへレイとティーウォンドが神器で持って攻め立てた!
斬られ、突かれて少しずつヤーズイルにもダメージが蓄積していく。
反撃を加えようとしなかった訳ではないが、体勢の崩れたデタラメな反撃は、全てレイ達の護衛に回ったラービに弾かれ、反らされてしまった!
意外にも一成達が優勢に進める一方、孤軍奮闘するイスコットもコルノヴァを押していた。
彼が自信ありげに言っていた通り、魔法によるコルノヴァの攻撃は激しくはあるものの、鎧の効果でイスコットに届く前に軽減し弱体化されて、まともにダメージを与える事ができていない。
しかし、イスコット振るう戦斧はコルノヴァの魔力による防御を切り裂いてダメージを与えていた!
初期の絶望感とは裏腹に、まともに魔神達を押している感触を感じ、このまま行けると皆の心に希望の火が燃える!
だが……
その様子を眺めていたバロストは薄笑いを浮かべていた。
「いやぁ……思ったよりもやるものだ。だけど、彼等だって学習するし対処もするんだよ……」
抗う一成達を道化者を見るような目で見下ろしながら、バロストは魔神達の打つ次の一手を興味深々で待っていた。
そしてそれは始まる。
「ギャオラッ!」
叫び声と共にヤーズイルが全身に力を込める!
その瞬間、彼の身体はあらゆる金属以上の硬度を越え、一成達からの攻撃を全て弾き返す!
思いも依らなかった反撃とほぼ同等の防御姿勢に、攻撃を弾かれた皆が逆に体勢を崩してしまう。
その隙を逃さず、ヤーズイルはレイとティーウォンドを捕まえ、大地に向かって振り下ろした!
爆発のような轟音と土煙を上げ、叩きつけられた二人は動かなくなる。
その光景にほんの僅かに気をとられたラービも、次いでヤーズイルに捕縛されてしまった!
「ラービを、離せやぁ!」
ヤーズイルの下半身に一成が強烈な回し蹴りを放つ!
その一撃にぐらりと巨体が揺れ、一成は確かな手応えを感じた。
しかし、ヤーズイルは倒れ込むようにして一成にのし掛かる!
「しまっ……」
一成の言葉は、押し潰すような巨体に書き消されてしまった。
イスコットと対峙するコルノヴァにも変化が訪れる。
魔法一辺倒だった攻撃手段が一変し、彼女自身の身体を変化させて武器として振るう事でイスコットを圧倒し始めた。
腕だった箇所が枝分かれし、無数の鞭となって襲いかかる!
厄介な事に、その鞭は時に拘束しようする縄となり、時に鋭く突き刺さる棘となってあらゆる方向からイスコットを攻め立てた!
「くっ……ぐ……」
ひたすら防戦となるイスコットだが、やがて限界は訪れる。
「ぐあっ!」
鎧の隙間をつくようにしてコルノヴァの鞭がイスコットの四肢に、槍の如く突き立てられた!
戦斧を取り零し、立つこともままならなくなったイスコットが地面に放り投げられる。
「まぁ、こうなるよね……」
魔神に立ち向かった戦士達の惨状。その当たり前の結末に、バロストは満足そうに呟いた。
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